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サイハテの国  作者: ヤブ
第三章
31/93

祠4-2

「二人も歩き回ってるのか?」


 駆け寄ったライトは、同じように走ってきたリティアに言う。


「ああ。会うの久しぶりだから、いろいろ話しながら歩こうってなってな。二人は? この辺りにいたってことは、もう一周回り終えたのか?」

「ああ。さっき高台に行っていた」


 ゆっくり歩いていたマーガレットがようやく追いつく。焦る様子はなく、何故か少し微笑みながらこちらを見ている。

 リシャンはマーガレットに近づくと、ごめんと言った。いきなりどうしたのかと思ったが、そのあとの言葉で分かった。


「食器を水に浸けておくのを忘れてしまっていた」


 そんなことなのかと思ったが、どうやらリシャンは深く反省しているようだった。


「案内すると言って、少し緊張してしまった。それで、すっかり忘れていた」


 少し頭垂れて言うリシャンの頭に、細い手がゆっくりとのる。


「いいのよリシャン。仲良くすることは良いことだから。食器くらい、どうってことないのよ」


 リシャンの方が身長が高いため、マーガレットは背伸びをしている。その様子には、まだ恋人時代の余韻が残っている。恋人時代があったのかは疑問だが、もしあるとしたら、である。


「けど……皿の汚れがとれなくて、石鹸を使うことになったら悪いじゃないか」

「あら、そんなこと気にしていたの? 石鹸を使わなくたって、取れる方法はちゃんとあるわ」


 驚いたように顔をあげるリシャン。


「だから、気にしなくていいのよリシャン。けど、気にしてくれることは大切なこと。ありがとう」


 そう言いながら、頭を優しく撫でる。

 リシャンの髪が風とマーガレットの指によって、左右に揺れる。もう少しで真上に上がる太陽が、リシャンの髪を照らし綺麗に輝いている。

 二人の前で頭を撫でられ、リシャンの頬が赤く染まる。

 マーガレットの手を払い除け、少し顔を逸らす。


 リシャンが照れているのにも関わらず、リティアはそれそっちのけでライトに話しかける。


「どこを見てきたんだ?」

「軽く回ったくらいだからな、それも結構早足で。見たっていったら高台くらいかな。それも短かったけど。リティアはどうなんだ? ただ話して終わるだけで、何かを見るつもりはないのか?」

「いや、話しているうちに祠に行こうって話になったんだ。ほら、話していただろ? 聞いていたか?」

「ああ。確か二週間後に祠の祭りがあるって……」

「そうそれ。だから、祠がどんなものなのか見ようかなーと思ってな、ここまで来たんだ」


 話を終えていたマーガレットが、二人に言った。


「祠は、ここよ」


 指を指しているのはリシャンの言った通り、ロジの家と高台の間。

 二人は顔を覗き込ませるようにして、間を見る。すると、小さな木で出来た建物のようなものがあった。そしてその中に、平たい石に何かが掘ってあるものが縦向きに置かれていた。


 ロジの家と高台の間と聞いていただけあって、小さいのだろうとは予想していたものの、それよりも少し小さかった。

 木は少し傷が入っており、白くなっている。古い木の中に新しいであろう木が混じっているところを見れば、何度が壊れておりその度に直していることが分かる。

 だが、周りの手入れはされていないようで、黄緑色の細い草が地面から生えてきている。常に揺れ、自由気ままで自然のままに生きる様子が分かる。


「これが祠……」

「案外、小さいでしょう?」


 心がよまれていたようで、リティアは少し焦る。しかしそれは違和感を感じるだけで、特にこれと言った変化は表れない。


「国の人はみんな、小さいと思っているわ。何たって、もっと大きいものがあるんだからね。リティアの国には、祠はあるの?」

「いや、見たことない。うちの国は神頼みしないからな。王の一族は代々力で何とかしているから、そんなもの必要ないんだろう」


 そうなの、とマーガレットは言った。


「祭りの内容は、どんなものなんだ?」


 そう言ったのは、ライトだった。


「国のみんなが集まって、屋台を出すわ。畑で出来た野菜を浸けたものを出したり、果樹園があるから果物屋も出るわ。いろんなものがあるけど、全部美味しいわ」

「そういえば、一回フルーツアイスを食ったなあ。氷箱のなかにあったのを勝手に食べたっけ」


 氷箱というのは、食べ物を保管しておくものである。常温においておくと痛んでしまうため、冷やしてまたは凍らせて保存するだ。

 フルーツアイスは、その名の通り果物を凍らせたものである。凍らせることで長持ちし、祭りの際には余ってもしばらくは持つので式典の時によく作られる。凍らせる前に塩水に浸ける人もいるが、そんなことをするのは味覚が少し可笑しいロジくらいである。


「そうなの?」

「おばあちゃんの家にあったのをあさっていたら出てきたんだ。美味しそうだったから食べてみたけど、やっぱり美味しかったよ。あれって、祭りの屋台で出ていたものなんだな」

「恐らくそうね。普段からフルーツアイスを作ることなんて、滅多にないから」


 祠の祭りは、みなも祭りという名前がある。しかし、皆が祠の祭りというため、それで伝わってきているのである。

 みなも祭りは、その祠にいるのが水の神であることから水に関連する『水面』が由来である。


「たしか、明日は国の集まりがあるんじゃなかったかしら。ねえ、リシャン?」


 リシャンは頷く。


「だから、明日は夕方から私たちはいないの。ごめんね」

「どこで話すんだ?」

「あそこよ」


 指を指した方を見る。高台の近くに、長方形の建物があった。

 ここでは珍しい白い壁で出来ている。


「ここは市場よ」

「市場?」

「朝一でとれた魚や野菜が売られるの。毎日開いているから、いつでも新鮮なものが買えるのよ。ここの二階に会議室があって、そこで話し合いをするの」


 この国で一番大きな建物は、国の人たちが利用する唯一の売り場だ。市場といえば外に並んでいるのを思い浮かべる。しかし、ここでは潮風の影響を受け、魚や野菜が早く痛んでしまうことが稀にあるため、建物内であるのだ。


「それで、二人には悪いんだけど、明日の夕方は自分達でご飯を作ってくれないかしら?」

「ああ、それくらいなら出来るよ」

「そう、良かったわ」

「マーガレットとリシャンは? 二人の分も作っておこうか?」

「ううん。私たちは会議でご飯が出るの」

「そうか、分かった」

「ありがとう、助かるわ。食材はまだ氷箱にたくさん入っていると思うから、それを好きに使ってくれたらいいわ。帰りは遅くなるから、先に寝ていて。明日はうんと美味しいものを作るからね」


 話を終えると、マーガレットは昼ごはんの準備があると言って、家に帰っていった。リシャンは「じゃ」とだけ告げてその場を離れる。

 残ったのは、リティアとライトの二人だけ。


 リティアは祠の石を見る。

 何かを思い出す気がしたが、何も閃かない。


「なあライト。お前ってこの国、一周したんだよな?」

「ああ」

「じゃあさ、その時に……何か気になるものとかなかったか?」

「いや」


 リティアは考える。

 祠を見る時間が長くなるにつれて、どこかで見たような気がする。それが祠だったのか、それに似たものなのか。

 祠の石が何か引っ掛かるが、何も思い出せない。


「なあリティア」


 ライトが呼ぶ。

 ライトはどこか遠くの方を見ている。


 呼んでも、二人の視線が交わることはない。それぞれ見たいものを見、しかし相手のことを忘れてはいない。


「明日の夜、俺行きたいところがあるんだ。リティアも、来ねえか?」

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