最も歴史深い国1-2
リティアは、高い位置でまとめた腰辺りまである黒髪を一回、手でとく。ライトがリティアを見つめるが、リティアは目を合わそうとはしなかった。
「……毎年、行きたい行きたいって駄々こねてたくせに、やっぱり行かねえのか」
リティアは一向に目を合わせようとせず、ずっと明後日の方向を向いている。ライトに言われ、悲しい過去を思い出しているのである。
五年前、サイハテの国に住んでいたリティアの祖母が亡くなった。リティアがサイハテの国に来ていたときに亡くなり、リティアは最後を看取った。リティアにとって祖母は唯一血が繋がっている人物であるため、その祖母が亡くなったのはリティアにとって悲しい以外の気持ちはなかった。
それから、リティアはサイハテの国に行かなくなった。毎年、行くのを楽しみにしていたリティアにとって、それは大きな変化かもしれない。
ライトは、祖母が亡くなった日が近づくにつれて、リティアが独り悲しんでいることを知っている。
「……だって、おばあちゃんはもう死んだし。私がサイハテの国に行く理由なんてないだろ」
「理由どうたらじゃねえだろ。行きたかったら行けばいいんだよ。なんたって、サイハテの国はこの世界で最も歴史深い国なんだ、別に行ったって誰もどうも思わねえよ。それに、まだまだ謎があるって言われているし、興味を持つやつなんてたくさんいるだろ」
ライトがそう言うが、リティアは納得しなかった。
ライトは、リティアがサイハテの国に行けば、少し元気が出るのではと考えているのだ。祖母が亡くなったといっても、向こうに知り合いはいるだろうし、会えば悲しいことも乗り越えられるだろうと思うのだ。
元は他人と言えど、今は共に暮らす家族。二人で暮らし始めて既に八年が経とうとしている。意見が合わずに言い合いになることが多々あった。しかし、今は本当の姉弟のようになり知らないことはほとんどないくらいである。だから、助けてやりたいのだ。共に助け合いながら生活しているだけあって、やはり相手が困っていたら手を差しのべたいものである。
それに、一緒に暮らしている家族がうじうじしているのも、ライトからしたらうざったいものだろう。そういう気持ちも、どこかにあるかもしれない。だが、助けてやりたいと思う気持ちの方が強いだろう。
「おばあちゃんが死んだからって、そこに行ったらだめっていうわけじゃねえし。あそこは、お前の故郷でもあるんだ。帰りたいときに帰ればいい」
ライトは一向に目を合わせないリティアを見つめながら言い続けた。
ライトは外からの風を感じ、窓の外を見る。
格技場の入り口は既に人が散らばり始め、リティアを見つけられなかった生徒たちはため息をつきながら帰っていく。格技場の中には生徒会に入っている生徒が少し荒れた会場を綺麗に掃除している。
地面が砂だったため、試合中は動く度に砂が舞い踊っていた。今日は風があり、観客席の方まで砂が飛んでいたのだ。
この剣使い大会は、学園が建設されたときから行われていたという。外部からの客も多く見学し、王都関係者も来ているという噂もある。学園の中で最も優秀な剣使いを見極め、その生徒は学園卒業後の就職先が確定していると言われている。
特に三連覇を果たしたリティアの進路は、既に確定済みだろう。
卒業後に学園長室に呼ばれ、ぜひ雇いたいと言ってきた複数の剣に関する就職先に、自分で選んで行くことができるのだ。将来、剣に関する職業に進みたいと思っている生徒にとっては良い話である。
ライトには特に夢はない。せめて学力はつけようと思い、わざわざミマーシ学園の高等部に上がったのだ。ライトには他へ行くという選択肢があったが、この学園は学力の全てを満遍なく知識として取り入れ、どこでも活用できるように勉強していく。夢がないライトは、将来に繋がりそうなミマーシ学園の高等部をえらんだのだ。
それに、ミマーシ学園は高等部までなら授業料・教科書代・制服代など、全て無償なのである。リティアとライトからすれば、こんな美味しい学園はない。
だから、ライトはリティアとともにミマーシ学園の高等部に進学することにしたのだ。
「……でも」
リティアが口を開き、ライトは振り返る。
まだ口答えするつもりかと、ライトは心底面倒だと思っている。
リティアはこの話になると妙に面倒臭くなる。
「剣使い大会で初戦落ちしたライトに言われてもなー」
リティアはライトの顔を見下げ、にやにやと笑いながらライトを馬鹿にする。
確かにライトはこの大会で、呆気なく初戦落ちした。同じ一年生の、 ライトと同じ一科の生徒。ライトの負け方は黒歴史に入りそうなほどの恥ずかしさで溢れ返っている。
ライトも自分の剣を持っているが、今までまともに使ったことはない。大会に備えリティアと腕合わせをしたが、全くと言っていいほど歯がたたなかった。運動能力はいいのだが、相手の動きが全く読めず、基本的な動きしか出来ていない。リティアが応用できる動きかたや技を教えたものの、本番ではそれを発揮することが出来なかった。
緊張し、手汗を多くかいてしまったため、戦っている途中に剣を落としてしまったのだ。そのため、ライトは失格となり、敗北した。
ライトはその時のことを思い出し、勢いよく立ち上がった。
「なっ、それは関係ねーだろ!」
「関係あるよー。あんなだっさい負け方した人に言われても、説得力ないんだなー」
「しょうがねーだろ! 手汗かいてたんだから!」
「あんな負け方、そうそうないよ? 運動神経はいいのに、なんであんなことになるのかなー」
ライトは喉を詰まらせる。リティアの言っていることが本当であるため、言い訳が出来ないのだ。
「ほら、もうあの話は置いといてさ。さっさと下りようよ。この後、私の授賞式もあるからさ」
リティアはライトに人差し指で指すと、長い髪を翻して扉から出ていった。
急に話を変えたのは、やはりリティアの逃げなのだろうか。いや、あれはリティアの気遣いである。あのままずっと暗い雰囲気で話していると、気分までさがってしまう。これから自分の授賞式があるし、ライトもまた外に出ると女子にちやほやされる。そんな時に暗い気分でいるのは、他人にも移ってしまうものだ。
窓の外を見ると、リティアが格技場に向かって走っていくのが見えた。腰に鞘をつけながらは走りにくいだろうから、リティアは鞘を腰からはずし、左手で持ちながら走っている。
その姿を見てライトは柔らかく笑うと、ライトも螺旋階段を下り始めた。