婚約の理由3-1
その後、ライトとリシャンは食事を急いで終わらせた。
「あらリシャン。今日は食べるのが早いのね」
リシャンは頷くだけで返事を済ます。食器をキッチンに置くと、二人は早速玄関へ向かった。
「あれライト? この後サイハテの国を案内してもらうんじゃなかったの?」
「ああ。リシャンにしてもらうことになった」
それだけ言うと、二人は出ていった。
いつ話したのか分からず、どうやら二人は先程の数分の間に仲良くなったようだ。リティアからすれば、リシャンの声が聞けなくて残念である。
リティアとマーガレットも食事を終え、食器を持っていく。
「あら?」
マーガレットが置いてある食器をみて言った。
「どうしたの?」
「リシャン、いつもなら水につけておいてくれるんだけど……。今日はどうしちゃったのかしら」
積まれた食器は置いてあるだけで、水についていなかった。これではご飯が茶碗からとれにくくなるのだ。
マーガレットが不思議そうな顔で水を出し、食器を洗い始める。
「あ、マーガレット。私が洗うよ」
「え?」
「朝ごはん食べさせてもらったし、お礼にさ」
「そう? じゃあ、遠慮なく」
リティアはマーガレットと代わり、食器を洗い始めた。マーガレットは布巾を取りだし、皿を拭く用意をしている。
キッチン回りのことはリティアの担当であるため、皿洗いも手慣れたものである。いつもなら石鹸を使用するが、ここでは水が汚れるのを防ぐためにあまり出回っていない。
「リティア上手ね」
「まあな。家で毎日やってるからな」
洗い終わった皿をマーガレットに渡すと、優しく水を染み込ませる。
水回りが綺麗なのは、毎日マーガレットが掃除しているからなのだろうか。リティアはそんな暇がなく、ついつい怠ってしまうと水垢が出来てしまっている。そうなると時間の合間をぬって掃除している。
「ライトのやつ、いつの間にリシャンと仲良くなったんだろ。仲良くないと二人でいるなんてこと、リシャンには難しいんじゃないか?」
リティアがそう言うと、マーガレットも頷いた。
「それ、私も思ったの。リシャンは人と関わるのが苦手で、あまり人と仲良くなろうとはしなかったの」
「人と関わるのが苦手なのか?」
「ええ。何でなのかが分からなくて、けど聞くのも失礼じゃない? だから聞いてはいないの。あと、話すのも苦手なの。だから、ライトくんと仲良くなるなんて……。もしそうなればいいなとは思っていたけど、実際にそうなると不思議に思うわね」
リシャンの話を聞いて、リティアはリシャンについて思い出してみる。
マーガレットのそばにずっといて、人と関わることと話すことが苦手。確かにマーガレットの後ろにいたことは思い出せるが、他のことはさっぱりだ。
「……私って、リシャンと二人で遊んだことあったっけ?」
リシャンとの記憶がないため、聞いてみることにしたリティア。マーガレットなら何か覚えているかもしれないと思ったのだ。
「あら、私は直接見たことはないけれど、リシャンがリティアの所へ一人で行ったことはあったわよ?」
「そうなのか? リシャンと遊んだ記憶がないから、よく分からないんだよな」
「そうなの。そういえばあの後、リシャンにどうだったって聞いても答えなかったわね。リティアを見つけられなかったのかしら」
「そうかもね」
皿を全て洗い終わり、掛けられていたタオルで水気をとる。
マーガレットによって綺麗に拭かれた皿が積まれている。いつもより皿の数が多いだろうに、手際よくそして綺麗に皿を拭いている。
この家にはマーガレットとリシャンが住んでいる。サイハテの国では大きい方の家だ。人を増やすために、二人が子供を作ることは国の期待だろう。余りの部屋はあるため、人数については困らないだろう。
「マーガレットって、まだ結婚はしていないのか?」
「ええ。祠の祭りが終わってからするつもりよ」
祠の祭りの後ということは、二週間は先ということになる。
「すぐにはしなかったのか?」
「実は婚約したときにリシャンが利き手を怪我していたの。この国では新郎新婦の聞き手の指紋がとれないと結婚できない決まりだから、すぐには出来なかったの。治った頃には祭りの準備が始まってきていたから、まだ最近なの。それで、落ち着いてからにしようってなったの」
国それぞれで違う結婚の形に、リティアは頷くことしか出来ない。
サイハテの国では、人数が少ないため国民の全てがしっかりと管理されている。生年月日、性別、名前、家族の名前まで、全てが管理されている。もしそれらが漏洩しても、焦らないのがこの国だ。全員の顔を知っている人たちにとって、焦ることが出来ないのである。
ちなみにミマーシ王国では、新郎新婦の名前を書くだけでそれが成立される。結婚についての認識が甘いあまりに、勝手に結婚させられていたというケースがあるのだが、離婚すればいいと軽い考えで済まされている。
そうなると、マーガレットとリシャンの婚約は同意の元でとなる。この国では当たり前なのだが、リティアはそう考えてしまう。
幼い頃からずっと一緒にいた二人が結婚するとなると、それはロマンチックである。産まれたときから死ぬまで一緒にいる相手とは、誰しもにいるわけではない。
リティアは、なぜ二人が婚約に至ったのか気になってきた。
「なんでリシャンと婚約したんだ? ずっと一緒にいて、恥ずかしくなったりとかしなかったのか?」
マーガレットは首をかしげながら考える。その間に、二人はさきほど自分が座っていた椅子に着席する。
「ちょっと恥ずかしい話なんだけどね……。小さい頃に約束したていたの」
マーガレットは頬を少し赤らめながら言った。
「ほら、『大きくなったらこの子と結婚するんだ』とか、言ったことない?」
その言葉に、リティアは顔を歪ませた。幼い頃から結婚だなんて考えたこともなかったリティアにとって、意味が分からない質問である。
それを察したマーガレットは、質問のしかたを変えた。
「周りで、そんなこと言っていた子とかいなかった?」
幼い頃を思い出すが、みんなとはおいかけっこをした記憶しかないため、そんな可愛らしいことは分からない。
「あ、例えばでもいいよ? この子なら言ってそうだなーとか」
そう言われ、リティアの頭に真っ先に浮かんだのはライトだ。あの女好きなら幼い頃から女の子を口説いてそうだ。リティアがライトと初めて会ったのは、小等部に入っていない頃だったがライトのことはあまり知らない。だがそんな感じがする。
想像すれば、ライトが女の子に小さくて可愛い花を、口説き文句と共に言っているのが想像できる。
だが、それは今思うのであって、幼い頃に考えればそうはならないだろう。ライトがああなったのは、中等部に入って女子にちやほやされ始めてからである。
「例えなら、分からなくもないな」
マーガレットは頷く。
「小さいころ、リシャンに私が言ったのよ。『大きくなったら、お嫁さんにもらってね』って。そしたらリシャン、頬を赤らめながら頷いたのよ。照れながらぎこちなく何度もね。それを見たら私、リシャンが可愛く見えたの。
それでこの間、リシャンに言われたの。『僕のお嫁さんになってください』ってね」
照れた顔を隠すように、手を顔に添える。
「じゃあ、それが婚約の理由か?」
「ええ」
そう言うリシャンの顔が想像出来ないこともないが、それはライトが言うような台詞とはまた違う。
誰でもという考えのライトと、照れているが真剣であるリシャンに差はある。
「へー。何というか、可愛らしいな」
マーガレットはまた照れる。
それを隠すように、マーガレットは別の話題をふった。
「そういえば、さっき国を案内してもらうって言ってなかった? 誰かに案内してもらうつもりだったの?」
「ああ。時間が合えばマーガレットとリシャンにしてもらおうと思っていたんだ。忘れていることもあるし、ライトはなにも知らないからな。何か役に立つことがあるかもしれないし」
「そうなの? だったらリティアは私が案内してあげるわ」
マーガレットは胸に手を当てて言った。
「え? いいのか?」
「ええ。それに、リティアとはいろいろ話したいと思っていたから、外を歩きながらすれば一石二鳥でしょ?」
マーガレットの言うことは、一理ある。
もしマーガレットが家事でしなければいけないことがあるとなると迷惑だと思ってリティアは言わなかった。国が分からないのはライトだけだし、リティアの方は何とか出来る。それが無理ならばリシャンとライトの二人と、他の誰かを連れていけば良いと思った。そのため、リティアはマーガレットに頼まなかったのだ。
それが、今はマーガレットの方から案内してくれると言っている。これを受け止めないで、どうしろというのだ。
「じゃあ……頼もうかな」
そう言うと、マーガレットは笑った。
「何だかわくわくしてきたわ。じゃあ、早速行きましょう」
マーガレットが立ち上がるのをみて、リティアも立ち上がった。




