伝達1-4
その声に聞き覚えのあったリティアは、すぐに振り返った。
姿を見た途端、リティアは笑顔を見せる。
「マーガレット!」
それは、リティアがここへ遊びに来たときに仲良くしていた少女――マーガレットだった。
金髪でウェーブををしている髪はセミロングで、光り輝いている。他の人と同じような服を着ているはずなのに、別物のように見える。小さな顔におさめられた大きな瞳は、太陽を浴びている緑のように美しい。
リティアはマーガレットに駆け寄った。
「久しぶりだな!」
「そうね、リティア。どう? 元気にしていた?」
他の人とは違う、訛りのない口調で話す。
「ああもちろん! いやー、相変わらずマーガレットは可愛いなー。ますます美人になってるね」
「ありがとうリティア」
女であるマーガレットにもかかわらず、その笑顔にリティアは心を打たれる。
思いきり笑うリティアに対して、マーガレットは柔らかく微笑むのが特徴的である。幼い頃イライラしたときにマーガレットに言うと、その笑顔だけで心が和むのである。
マーガレットはリティアの癒しである。
ふと目を逸らすと、マーガレットの後ろに誰かがいた。
無表情と言うべきなのか、無愛想と言うべきなのか、その男はリティアはただ見つめていた。
はたからみれば、クールと言えるだろうか。マーガレットやリティア、ライトよりも背が高く、細く伸びた目のラインが印象的である。
先程まで気づかなかったため、マーガレットと一緒に来たのかは分からない。だが、明らかにマーガレットを見ているため、一緒に来たと思っても間違いなさそうだ。
「マーガレット、後ろの人は誰?」
「忘れちゃったの? リティア。リシャンよ」
忘れちゃったの、という言葉が引っ掛かる。
マーガレットがそう言うのならば、リティアはリシャンという男を知っているということになる。しかし、未だ探し続けるがリティアの記憶にはいない。
「どうやら本当に忘れちゃったのね。ねえリシャン、あなたは覚えているでしょう?」
リシャンは頷く。
「ほら、小さい頃は私とリティアとリシャンで時々遊んだじゃない。本当に覚えてないの?」
「うーん……。どうやらそのようだなあ」
マーガレットとリシャンは目を合わせる。
リシャンの横顔を見た瞬間、何かを思い出したような気がした。
「ま、待って! 今何か思い出した感じがする!」
「本当に?」
「何だろう、これ……」
幼い頃の記憶が浮かび上がってくる。
今までリティアとマーガレットの二人しかいなかった思い出の一部に、誰かが浮かび上がってくる。マーガレットの後ろに、隠れるようにしている男の子。それは、リシャンと目元がそっくりだった。
「あっ、あの子か!」
リティアは思い出した。
「あれだろ? いつもマーガレットの後ろにいた全然話さなかった男の子」
「そう、その子よ。思い出した?」
「ああ。マーガレットの影に隠れていたから、全然覚えていなかったよ」
「恥ずかしがり屋だからね、リシャンは。小さい頃から私がいないと駄目だったから」
マーガレットは少し笑う。
リティアは思い出したように言う。
「そうだ。弟のライトが来ているんだ」
リティアは少し離れたライトを呼ぶ。先程から位置は全く変わっていない。
「これが、弟のライト。どう? 一度会ってみたいって言ってたよな?」
「ええ。とても整った顔をしているのね」
ライトは話そうとはしない。
「リティアからよく話は聞いていたわ。リティアの幼い頃はよく知っているから、何でも聞いてね。マーガレットよ、よろしくね」
白くて細い指がライトの前に出される。
ライトはそれを見た後、マーガレットの顔を見る。優しく微笑んでいるマーガレットの笑顔に、ライトは顔を少し歪めている。
「……ライト、よろしく」
返事はしたものの、手を合わそうとはしなかった。マーガレットはゆっくりと差し出した手を下ろした。
どういう状況なのかリティアには分からず、聞こうと思い声を出そうとする。その時に視線を感じ、その方を向く。
リシャンがこちらを向いていた。始め見たときと変わらない表情だが、何かをリティアに伝えているように見える。
意味は分からないが、何となく行動がよまれているような気がした。
――聞くな。
目がそう訴えているようだ。
リティアは聞くことを止めた。
「そういえばリティア、どうして急にここへ来たの? おばあちゃんが亡くなってから来なくなったじゃない?」
「そうだ。マーガレット、実は私の住む国がこのサイハテの国に攻撃をしようとしているんだ」
マーガレットは口に手をやる。そのわりに、顔はそれほど驚いていないようだった。
「そうなの?」
「ああ。まだ作戦を練っている段階だから、すぐとは限らない。けど、攻撃してくることは間違いないんだ。それを伝えに来たんだ」
目を逸らし、何か考えるマーガレット。
マーガレットなら信じてくれる。リティアはそう信じる。集まった人々は、すれ違ったら話していたものの、相手のことはほとんど知らない。急にこんなことを言って信じてもらえないというのなら、仕方ないかもしれない。
だが、マーガレットはリティアのことをよく知っている。会わなかった期間が広いものの、あの記憶は嘘ではない。マーガレットなら、リティアがこんな嘘をつかないと分かってくれる。リティアはそう言い切れた。
「みんなは信じてくれなかったんだ。マーガレットなら、信じてくれるよな?」
「……ええ、信じるわ。リティアはこんな嘘をつかないってことくらい、ちゃんと分かっているわ」
「ありがとう、マーガレット!」
リティアは喜びしか込み上げてこない。やはり、マーガレットは優しいままだ。
「そうだ、しばらくここに泊まったらどうかしら?」
「え、でも泊まるところが……」
「うちに空き部屋があるの。一つしかないけど、それでも良いならどう?」
久しぶりにきたのだ。このまま帰るわけにはいかない。それに、ライトもここに興味がある。マーガレットの案にのらないわけにはいかないだろう。
「本当? ありがとう! なあ、ライトも泊まるだろ?」
ライトは頷く。
しかし、そのままマーガレットの家に行けるはずがなかった。
「リティア、待て」
ロジは呼んだ。リティアは振り返る。人々の視線が降り注ぐが、今はなんともなかった。
「ここに留まることはええ。だが、わしらが信じなかった以上、もうわしらの前でそのことは話さないようにしてほしいんじゃ」
ロジは顔を緩め、少し悲しそうな顔をしていた。
リティアは笑顔で頷く。
「分かった、約束するよ」
ロジは笑顔を見せた。
リティアたちは、マーガレットの家に向かうことにした。




