伝達1-3
既に人々は起きていたようで、ロジが無線を入れるとすぐに人が集まってきた。リティアは人が集まってくるまで、広場で遊んでいた子供達に混じって一緒においかけっこをしていた。リティアの方が断然年上なのだが、小回りのきく子供達に苦戦してしまう。
ロジは無線を入れた後、軽く朝食を済ませ服を着替えた。
ライトはここの土地勘がないため何もできず、ただ突っ立っていることしか出来ない。見慣れない景色になれるには時間がかかりそうだ。
集まってきた人はやはりほとんどが年寄りで、若者はほとんどいない。広場で遊んでいた子供達を含めると、十人ほどだ。過疎化が進んでいるのだろうか。名が世界に知れ渡っていても、この様では人も寄り付かなくなるのだろう。
ロジが家から出てくる。先程と確かに服装は変わっているのだが、あまり変わっていないように見えるのはライトの気のせいだろうか。
「おはようさん、長老」
集まった人が口々に言う。
「おはよう」
「長老、今日は何かあったんかいな? 無線で呼び出すなんて何があるんかと思うてたんや」
ロジは親指と人差し指で顎を掻く。明後日の方を向いて、ゆっくりと顔をリティアの方へ向ける。
あんなに真剣に、ロジに言っていたのにも関わらず、リティアは子供達と声をあげて遊んでいる。あの時の面持ちは今ではまるでない。
「おい、リティア」
ロジが呼ぶも、リティアは遊んでいて聞こえなかったのか返事をするどころか顔も向けない。
「リティア!」
もう一度言うと、リティアは顔をあげた。ロジはこっちへ来いと、手をあげた。
リティアは人が集まってきているのを見て気づく。子供達に何かを言って頭を撫でた後、ロジの方へと走っていった。
「ごめんごめん」
リティアは頭に手をやりながら言った。
「おや? その娘さん、もしかしてカローナのお孫さんかい?」
リティアは声のした方を向いた。
見覚えのある老婆だ。
「あ、おばちゃん!」
その呼び方に、老婆は懐かしさを感じる。
「やっぱりリティアかえ。随分と大きなっとるけど、やっぱり雰囲気はあるもんやのお」
「五年くらい来てないからな。どう? いい女になっただろ?」
リティアは笑いながら言う。
「ああ、ああ。ええ女になりよった。こりゃあ、嫁に貰うんも早いことやろなあ」
老婆はリティアの肩を何度も叩く。
この老婆はリティアが幼い頃からおり、カローナの次にいろいろ教えてもらったものである。今年でもう九十になるのだが、まだまだ農家として働いており、笑顔は全く九十歳だと思わせない。
リティアはロジに肩を叩かれ、いよいよ本題に入る。ライトは先程からずっと同じ場所で突っ立っている。話が始まるとわかり、ライトはリティアの隣へ移動する。
いよいよ始まる話に、二人に緊張が走った。
「あの。私はカローナの孫のリティアです。五年前に来たのが最後なので、覚えてない人や知らない人もいるかもしれません。隣にいるのはライト。私の弟ですが、ここへ来るのは初めてです。
今回、私たちがここへ来たのは、あることを伝えるためです。ライトや長老には、やめておいた方がいいみたいなことを言われたけど、伝えることに罪はないので、言うことに決めました」
集まった人たちは、小声で話をしている。みんなが知り合いであるため、静かになることが難しいのだ。それはミマーシ学園ではなく、小さな国の良いところと言ってもいいだろう。
リティアは一息吐くと、続けて言う。
「私たちの住むミマーシ王国が、この国への攻撃作戦を練っているんです」
こう言うと、静かになるのが普通なのだろう。だが、少し静かになったと思ったらすぐに話し声がし始めた。
リティアの予想は大きく外れた。
少しはあせると思ったのだが、そんな様子は一切ない。ただ、意味がよくわからない子供達がざわつくだけだった。
――それで何かが変わるとは限らんからな。
長老の言葉はこういうことだったのだ。長老には、あの時からこうなると分かっていたのだ。しかし、それでもと言ったリティアを止めなかった。それは、リティアにこの国のことを分かってほしかったからなのだろうか。
こうなってもリティアは後悔していない。
自分がここへ来たのは、これを伝えるため。伝えられなければ、目的が達成できない。
「それなら、言わんといて欲しかったなあ」
ぽつりと聞こえた。
リティアは声がした方を見る。目があった。
「長老が止めとけって言うたんやろ? ほんやったら止めといたらええのに。そんなこと言ったて、わしらにゃどうにも出来ひん」
「でも、知らないより知っておく方がその……心の準備とか。何も出来なくてもそれくらいなら出来るだろうと思って」
「そんやったら、知らんかった方がええわいな」
その言葉の意味がリティアにはよく分からない。
自分が死ぬかもしれないのに、心の準備がいらないとはどういうことなんだ。
「あんな、わしらはもう年なんや。いつ死んでまうか分からへん。いっつも、ああわしはいつ死ぬんやろなあって考えながら生きとる。そやのに、あんたらの国が攻撃してきよってそれで死んでしもたってどうも思われへん。そんな話聞いたって、ああわしらはそれで死ぬんかゆうて、軽う考えるだけや。若者には分からんかもしれんけど、年取ってくるとこうなんねん」
考えは分かったが、リティアにはそうは思えない。死をただ待つというのは、どれほど恐ろしいものか。年を取ってくると分からなくなるのだろうか。
「それにな、わしにはどうもお前さんの言うことが信じられへんのじゃ」
「なっ……! 私が嘘を言っているっていうのですか?」
その人はその後、何も言わなかった。
リティアは悔しくてたまらない。嘘でこんなことを言いに来るわけがない。こんな嘘をついて、一体何になるというんだ。
「だから、言ったじゃろ」
後ろにいたロジがリティアの前へと出てきた。
「何も変わらんと。おぬしの話はこれでおしまいじゃ」
ロジは睨み付けるようにリティアを見る。それは、除け者扱いをしているわけではなく、リティアのためを思って睨んでいるのだ。
だがそれが分からないリティアは、睨み返した。
ライトは何も出来ず、ただそれを見ているだけだ。リティアがそう簡単に足を引くわけもなく、ここに長居することは分かっている。
それに、ライトはこの国について知りたいことがある。モーテルが言っていた、秘密について。それを知れない限り、ライトもここから帰る気にはなれない。
ロジとリティアの間にはなお、誰も寄せ付けない空気が漂っている。
「あれ……リティア?」
その可愛らしい声は、二人の空気を完全に吹き飛ばした。




