伝達1-1
「リティア、ライトくん」
何度もそう言いながら、ジュンは二人を揺らし続けた。二人が反応したのは、三回目の時だった。
真っ先に目を覚ましたのはライト。ずっと腕を組んで座ったまま寝ていたため、腰や尻が痛くなっていた。膝にはリティアが眩しそうに目を強く瞑りながら、まだ寝ている。
「おはよう、ジュン……」
そう言った後、辺りの景色を見て口を閉ざした。
ライトは急いでリティアを起こそうとする。
「おいリティア! 起きろ!」
揺さぶられても、リティアは瞼を開けようとはしなかった。唸り声は上げるも、まだ寝たいようでしつこい。ライトは仕方なく、リティアの頬を交互に叩いた。心地よい音が何度も鳴る。
さすがにそれでは寝れず、リティアは仕方なく瞼を開ける。
「何だよライト……」
「見ろよ!」
目を擦るリティアを無理矢理起こす。寝起きのリティアにとって、まだ太陽は眩しい。
手の隙間から見える景色に、リティアは胸が高鳴るのを感じた。
見覚えのある景色。
リティアは擦っていた手をゆっくりと下ろす。
そこには前と変わらない、サイハテの国の姿があった。
「着いたのか……サイハテの国に」
何一つ変わっていない。海を一望出来る高台も、砂浜から陸地へ上がる階段も残っている。まだ人の気配はない。砂浜が輝いている。
朝日が三人の後ろから上がってきている。まだ日の出から時間はそれほど経っていない。
リティアの頭が完全に覚めるのを待たず、二人は船から降りた。砂浜の感触はライトにとっては初めてで、泥のように沈む砂が何とも言えない感覚だった。リティアは、来たという感覚と懐かしい感覚で心が落ち着く。
「じゃあ……楽しんできてね」
「おう。ジュン、ありがとな」
ライトはそう言うが、リティアはあまり口を開く気にはなれない。それは、寝起きだけが問題ではなさそうだ。
それを察したジュンは、リティアに声をかける。
「リティア、気を付けてね」
「……心配すんな」
ライトにはよく分からないが、何かがあったことだけは分かる。しかし、それを聞こうとは思わなかった。
ミマーシ王国へ帰っていくジュンを見送ると、二人はサイハテの国を見る。
砂浜の真ん中の辺りに、陸地へ続くコンクリートで出来た階段があった。二人はそこへ向かって歩く。
靴が汚れるのを防ぐため、靴を脱いで歩くことにした。
「何だこの砂は……。歩きにくくてしょうがない」
「そこら辺にある砂とは少し違うからな。触ったらさらさらしていていいぞ。手につくけどな」
砂浜は二キロ先まで続いており、その先は森になっている。
サイハテの国は、ミマーシ王国と同じで森に囲まれている。東側には海があり、暑い日には海で遊ぶことが多い。
リティアも昔、よく遊んでいたものだ。運動神経が良かっただけあってすぐに泳げるようになり、溺れることも一度もなかった。
朝のため砂浜には誰もおらず、二人の足跡だけが残っている。波が打ち付け、二人の足を濡らす。冷たくて気持ちいい。
ライトは辺りを見渡して言う。
「サイハテの国っていうのは、結構小さいんだな」
森で囲まれているため、国をこれ以上大きくできないのである。森の中には果樹園があり、森を有効活用している。それに人口の半分は高齢者で、木を伐採出来ないのも理由にある。
「まあな。前々から人口が減っていて、いつか無くなってしまうんじゃないかって言っていたような」
「じゃあ、リティアの知っている年寄りの人とかはもう死んでるかも知れねえってことか」
「五年だしなー。どうだろう、生きてる人はまだぴんぴんしてると思うなあ」
コンクリートの階段を上がると、そこにはサイハテの国の町が小さく静かに置かれていた。
畑で汗をかきながら作業をしている人、広場で走り回っている子供達。それくらいしか人は見られない。
リティアは懐かしの光景に、心が暖まる。幼い頃の記憶が、徐々に浮かび上がってくる。
「ここが、サイハテの国か」
初めての地に、ライトは好奇心と戸惑いを抱いている。
ミマーシ王国とは違う景色だ。中部へ行くと赤レンガや黄レンガで作られているものが多く鮮やかな景色が広がっているのに対し、ほとんどの家が木造で質素を感じさせる。中部から外れた二人の住んでいるようなところは、このような建物が多いが、これだけ一色に染まっていると、まるで絵の中に入っているような感覚になるのがライトの感想だ。
「よし、じゃあ早速人を探そう」
そう言ってリティアは歩き出す。いつもより歩く早さが早いのは、誰かに会いたくて仕方がないからなのか。
「え、あの辺にいる人じゃだめなのか?」
「当たり前だろ。長老を起こしてこないと」
「長老?」
「ああ。ミマーシ王国でいう、王みたいなやつだ。この国は見ての通り小さいからな、王はいないんだ。その代わりが長老だ」
サイハテの国の朝は早い。ほとんどの住民は日の出と共に起きる。
畑を持つものは畑の状況を確認し、朝の作業をする。鍬で形を整え、病気にかかっていないか様子を見る。農薬はなく、少しでも怠ると全て駄目になってしまう。
子供は朝から元気に遊ぶ。早く起きた人が勝つというような遊びをしていたようで、子供達の声からは「お前、はえーなー!」「何でそんなに早いんだよー」と聞こえた。
リティアが向かったのは階段を上って左、国の北東部にある長老の家だ。高台の近くにあり、上から見ると長老の家の屋根が見える。
長老の家は平屋で、一人で住むには十分の広さだ。長老の家の近くに畑はない。
リティアが扉を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。
「くっそ。あのじじい、鍵をかけてやがる」
「普通かけるだろ。誰かが入ってきたらいけないし。家だってそうするじゃん」
「あっちとここは違うだろう。あっちは知らないやつが結構いるけど、ここは全員知り合いだ。泥棒をしたって、顔を隠していても誰か分かるさ」
何度か扉を開けようとしたが、やはり開かなかった。開けようとする音で寝ているであろう長老が起きると思ったのだが、そう簡単にはいかないようだ。
リティアはため息をつく。
「寝てるんじゃね?」
「いや、もう起きてるはずだ。出るのが面倒なだけだ。老人は起きるのが早いからな、絶対に起きている。まあ、見てろって」
そう言うと、リティアは今まで以上に扉を揺らし始めた。
「おーい、長老? 何で出てこねえんだよ、死んだのか?」
リティアは手を止める。すると中から足音が聞こえ、扉が勢いよく開いた。
「誰が死んでおるか! まだぴんぴんしとるわい!」




