船の上で3-2
突然の言葉に、リティアのまだ寝惚けていた頭が急に目を覚ました。
リティアは何も言わないまま、ジュンをじっと見つめる。
「ジュン……? どうしたんだ、急に」
「ミマーシ王国へ戻ろうと言っているんだ。ライトくんは今寝ているし、引き返してもばれないだろう」
ジュンの考えが、リティアには分からない。
何故ここで、そんなことを言い出すのか。既に進んだ時間は到着までの時間の半分をきっている。そんな中でこんなことを言うのは、全ての時間が無駄になるということ。
あの時、森を抜けたときから、いやサイハテの国へ行くと決めたときから、これは引き返せないのだ。引き返そうと思っても引き返せない、それほど、この行動は大きなことだ。リティア自身、ちゃんと分かっている。
急に言われても、簡単に変えられるような決意ではない。
「なっ……何で今から戻る必要があるんだ? これからだって時に……。そう、これからなんだ。サイハテの国へ行って、それで……」
「リティアは、何で急にサイハテの国へ行くと言い出したんだ?」
「それは……言えないって言ったよな? 特別な用事なんだ今行かなければ、きっと後悔してしまう」
ジュンは拳を握る。
「お前が……サイハテの国へ行けば、死んでしまう」
「え?」
リティアは驚く。
ジュンは予言者でなければ、占い師でもない。そんな彼に、リティアの運命が分かるはずがない。
「死、って……。何でそんなことが分かるんだよ」
「分かるからだ。例えお前が剣使い大会で三連覇をしていたって、三年生が相手でも勝っていたって。お前は、どう足掻いても勝つことなんで出来ないんだ」
「何で勝てないって分かるんだよ。分かんねえじゃん。勝つかもしれないし」
「いいや、お前は必ずと言っていいほど死んでしまう。お前の勝率はほぼゼロに近い」
ジュンは首を横に振るだけで、縦に振ろうとはしなかった。
リティアは訳が分からなくなっていた。
サイハテの国へ行けば死ぬ。勝率はゼロに近い。
何も知らないジュンに、何が分かるというのだろう。
サイハテの国は祖母が暮らしていた国。そのことはジュンもよく知っている。それなのに、サイハテの国へ行くというだけで、何故死ぬと言い出すのだ――。
その時、リティアは大事なことを思い出す。
勝率、死ぬ、勝てない。
リティアがサイハテの国へ向かう目的は、攻撃から守るため。こうなるとやはり、無傷で帰ることはないだろう。ライトも危険を感じていたように、これは命に関わること。
ジュンは、サイハテの国へいく理由を知らないはずだ。それなのにジュンは、死ぬと言った。まるで、理由を知っているかのように。
目的を知らないジュンから、『勝率』という言葉が出てくること事態がおかしい。
リティアは、ジュンの家のキッチンにあったカップを思い出す。
ライトの言った通り、二人の前に誰かが来ていたとしたら。それが、王家に関係する人間だったら。
ジュンが知っている理由は納得がいく。
恐らくその人物は、モーテル。
カップについていた赤いものは、口紅だ。男っぽい見た目と声をしているも、やつは女だ。口紅をしていてもおかしくはないだろう。
そうなるとジュンは、リティアとライトがサイハテの国へ向かう理由を知っているということになる。
これで理解できる。
「……ジュンは、心配をしてくれているのか?」
ジュンに問うと、即答する。
「ああ。もし何かがあったら、俺は二人を連れていったことを後悔する。国の人も悲しむだろう」
リティアは、ジュンの言葉を胸の奥にしまう。
「そうか……。だけど、私は戻らない」
リティアの返事に、ジュンは小さくため息をついた。
「ここで戻れば、私は一生心を痛めながら生きていくことになる。ジュンが心配してくれるのはありがたい。けど、これは私が決めたことだから。決めたことは、最後までやりつくす」
その真っ直ぐな瞳に、ジュンは言う言葉がなかった。
――止められないか。
分かっていたことだか、悔しい。
自分の気持ちを、わかってほしかった。
ジュンは、噂でリティアのことは知っていた。剣使い大会で二連覇したと聞いたとき、リティアは凄いと思った。
あの時は、祖母が亡くなって四年だ。四年も経てば悲しみはなくなるだろうが、唯一の血族だった祖母を亡くしたのは、心に深く傷を負ったものだろう。励ましてやろうと思ったが、どう言えばよいのか分からなかった。
そんな中で、リティアは剣を握り戦っていた。格上の相手でも容赦なく、そして自分が下だとは思わせないような動きで周りを圧倒させる。
ジュンはその時、船乗りとして迷っていた時期でもあった。何代も続く船乗りは、昔と違って利用する人は減少している。ほとんど仕事は成り立たないだろう。そんなときにリティアの話を聞いて、船乗りを続ける気になったのだ。
彼女は、自分が辛いなかにいるにも関わらず、強くなっている。
リティアを想像すると、自分の考えがただ逃げているだけなのではないかと思い知らされるのだ。
こうして続けられているのも、リティアのおかげと言っていい。
「……そうか。そうだよね」
ジュンは、エンジンを入れた。
「じゃあ、行こうか」
ジュンの笑顔はリティアにはよく見えなかったが、はっきりと笑顔が見えたような気がした。
もう、誰にも止められない。ライトにも、リティアにも――。