水獣、現る2-2
あと少しで日が沈み始める頃、ジュンは何かの気配を感じ船を止めた。
「ジュン、どうしたんだ?」
ライトが問うが、ジュンは返答しない。しかし、ジュンの目を見たとき、なにかが近づいているんだということは何となく分かった。
辺りの気配を確認する。五感全てを研ぎ澄ませ、静かな海原を舐め回すように見る。
リティアが目を開けた。勢いよく起き上がると、左前の辺りをじっと見つめる。近くに置いていた自分の剣を握る。
リティアは昔から気配を読み取るのが上手い。こうやって寝ていたときでも、素早く気配の先を読み取ることが出来る。
ライトはリティアの姿を見て、自分も同じ方向を見る。
静かな海原には、優しく波が立つ音と風の音しか聞こえない。こうしている間に、雲はどんどんと流れていく。
「……来る」
リティアがそう言った。すると、左前の水面から気泡が数個上がっていた。
それが合図だ。
突然、船が大きく揺れ出す。三人は吹き飛ばされないようにしっかりと船に掴まる。
気泡が出てきた辺りを中心として、大きな波が生まれる。
水が膨らんだと思ったその時、水が重力に反して大きく浮き上がった。水飛沫があちらこちらに飛ぶ。それは、人間の何倍にも及ぶ大きさだ。
水の壁が無くなったとき、その中から水の中に住む獣が姿を現した。
大きな鱗をいくつも体に纏わせ、頭には大きな角が二つある。太く大きな爪を持っているやつは、それで何百、何千ものの敵を仕留めてきた。筋肉で大きく膨らんだ二の腕は、盛り上がっているのが見てわかる。下半身は今は見えないが、足ではなく海の中でよく進めるように魚のようになっている。人魚のようなやつだ。
「これは……!」
「水獣か」
その姿を目にして驚くライトと、冷静に判断するリティア。ジュンは腰を抜かし尻餅をついていた。
「ライト、こいつは何だ?」
「こいつは……ショータムだ。体は大きいけど、それほど強くはないはずだ」
「……なるほど」
リティアは鞘から剣を抜く。鞘を放り投げた音が、小さな船の中で反響する。
「ジュンとライトは下がっていろ。私が殺る」
リティアは水獣を睨み付ける。そんなリティアの姿を見て苛立ちを覚えたのか、雄叫びを上げた。
「元気なやつだな」
そう言うとリティアは大きく飛び、水獣の腕に飛び乗る。水に濡れて滑りやすくなっている鱗の上を軽々と登っていく。
「見事な跳脚力だ……」
「ああ。あいつは結構飛ぶぞ」
リティアは登り、水獣の肩に辿り着く。
水獣がリティアを落とそうと反対の手を上げるも、その跳脚力で頭の上に乗る。
リティアがどこにいるか分からず、思い通りにいかない水獣は苛立ち、また雄叫びをあげる。
「リティア! そいつの弱点は、目だ! 目を攻撃すると逃げていく!」
「了解」
太陽は赤色に燃え始めている。
「ちょっと雰囲気が出てないような気がするけど、しょうがねえかな」
リティアはタイミングをはかり、隙を見て頭から飛ぶ。体勢を整えたまま下り、水獣の目の前に来たとき、持っていた剣で目に突き刺した。
そうすると、水獣は顔を大きく振りながら叫び声をあげる。
リティアは振り飛ばされないように、刺さっている剣を握る。振り回されるが、剣は抜ける気配がない。
タイミングをはかり、目の下に足をつけて剣を抜き取る。それと同時にリティアは船に向かって飛び降りた。リティアの着地で船は大きく揺れたが、何とか堪える。
振り返って見ると、水獣は泣き愚図る子供のように刺された目を手で覆う。そして、リティアを最後に睨むようなこともなく、そのまま水の中へと消えていった。
リティアは剣を鞘に戻す。
「へっ、私の前に二度と現れるな」
リティアは水獣が去った方に向かって下を出した。もしそれを水獣が見ていたとしても、もう一度襲いかかってくるようなことはないだろう。
「リティア、あんな大きな獣は初めてじゃないのか?」
「いや、そんなことないよ。授業で何度か森の中へ行ったときにあれくらいのやつは相手をしたことはある。そいつに比べたら、屁でもなかったけどな」
ライトは二科について知っていることはほとんどない。リティアから今日の授業の内容やどんなことをしたか、話していることもなく、話すことと言えば課題のことだけである。
リティアは中くらいの学力。しかしそれはテスト前に毎回ライトにみっちり教えてもらっている、いや教えられているからであって、それがなければリティアは余裕でビリをとるほどだ。
ライトは姉が馬鹿となると俺の印象も下がるから、と言って熱血で教えている。
「凄いなー、リティア」
ジュンが拍手をしながら褒める。
「ありがと。でもあれくらいどうってことないよ。てか、あれくらいで腰が抜けていたジュンに私はびっくりしたけどな」
「いやあ、見られていたか」
「船乗りなら水獣に会うことはあるんじゃないの?」
「あるよ。けど、俺は会ったことないんだ。初めて会ったのが、リティアが居るときで良かったよ」
「まあね。私に任せれば、どんな敵もいちころさ」
そう言って親指を立てる。
ジュンは頼もしいね、と言いながら笑った。
先へ向かうため、三人を乗せた船はまた進み始める。静かになった海にエンジンの音が混じる。
サイハテの国までの距離は、正確には知られていない。ジュンでさえどれくらいの距離なのかは分からない。ジュンの父や祖父はかかった時間帯でどれくらいの距離なのか分かっていたのだと言う。ジュンは船乗りにしてはまだ短く、人を運んだのは十人程度だ。それも、ほとんど同じ所であったため、あまりどこやかいに行ったことはない。
リティアはしばらくするとまたライトの膝の上で寝始めた。ライトは抵抗するのを諦め、素直に膝の上にリティアを寝かした。
夕日が輝き始める。海の沈むように見える。その光が海に反射し、赤い道が夕日まで続いている。
「もう日が暮れるね」
「ああ」
ライトは夕日を見ているうちに、夢の中へと入っていった。




