最も歴史深い国1-1
太陽が真上にさした頃、剣と剣が交じる最後の音が聞こえた。
それと同時に、歓声が沸き上がった。太陽の光とたくさんの人の熱気で、応援や見学をしていた観客も額にうっすらと汗をかいている。
司会者席にいる、このミマーシ学園の生徒会長は頬を流れる汗を拭い、マイクを掴むと長机に手をつき前のめりになる。
《決まりましたー! 今年度の剣使い大会優勝者は、リティア・オーガイト選手に決定いたしました! なんという事でしょう、三連覇です!》
マイクを通して聞こえる生徒会長の声に負けじと、歓声と拍手の音が大きくなる。
リティアは、地面から腰の辺りまである長剣を手のひらで軽々と二回転させてから腰につけている深い青色の鞘に納める。
銀色に輝くその剣は、リティアが幼い頃から持っているものである。幼い頃は重くて持てなかったが、今では軽々と持つようになった。
対戦相手は、この学園最年長の男。この男にとってこの大会は最後だ。来年には卒業してしまう。最後の大会で優勝できず、また年下の女に負けてしまったのは悔しいの気持ちしかないだろう。
男はそのどうにもならない気持ちに苛立ち、何度も拳を地面にぶつける。剣士にとって手や腕は大事だが、この大会に全てをかけていた男にとってはもうどうでも良いことだろう。
そんな気持ちを察して、リティアは倒れこけている男に手を差しのべた。男はゆっくりと顔を上げ、リティアの顔を見た。リティアの顔は大会を終え喜んでいる顔ではなく、その男の気持ちをまるで今感じて共に耐えているような表情だった。
ここで手をとるのはプライドが許さないかもしれないが、男はリティアの顔を見てその険しい顔を緩め、リティアの手をとり立ち上がった。男の顔が緩んだのを見て、リティアも顔を緩めた。
「お前、強いな」
「伊達に二科に入った訳じゃないからな」
そう言うと男は笑いながら、「そのようだな」と言った。地面に落ちた男が使い込んでいる剣を手に取ると、鞘を納めた。
そして、リティアの肩を一回叩いたあと、会場を後にした。男の大きな背中を見送り、リティアはありがとうございました、と心の中で言う。それが通じたように、男は右手を上げて左右に揺らした。
二科というのはリティアのクラスで、ミマーシ学園には一科と二科の二つがある。一科は学問中心のクラス、二科は運動や戦闘を学ぶクラス。二科に入ると週の半分の時間は外での授業となり、体力がないと、入れたとしても途中でくたばってしまう。それで毎年、数人の退学者が出ている。
リティアの対戦相手も二科で、三年の中で五本の指に入るほどの実力で、今回の優勝者はこいつではないかと噂されていたほどである。この男の敗北を知った生徒たちは、改めてリティアの強さを知ることになるだろう。
この後、会場の整理をした後に閉会式が行われる。それまで三十分ほど時間が余る。観客席にいた生徒はぞろぞろと去っていく。リティアは行かなければならないところがあるため、会場を後にする。
会場を出ると、リティアを待ち構えている観客で溢れかえっていた。大会史上初の三連覇を果たしたのだ。むしろこの騒ぎ方が普通だろう。
リティアの姿を見た途端、一人の生徒が指で指す。
「あ! オーガイトさんが出てきた!」
それと同時に、群がっていたかんきゃくたちがリティアの顔を見て騒ぎ始める。
「三年生に勝つなんて、今年の入学生の中には最強といって良いほどの女戦士が入ってきたもんだなあ」
「かっこいー!」
リティアは群がる人混みをするりと通り抜ける。
少し離れてから振り返ると、いるはずのないリティアの姿を探して人々が群がっていた。人混みからは「オーガイトさん!」「どこにいるのー?」「見てみたーい!」という声が聞こえた。
それを見てリティアは一回、舌打ちをする。
「見たいんならちゃんと探せよな」
そう吐き捨てると、リティアは大会が開催された学園の格技場の近くにある森の中へ入っていった。
少し走ると木が生えていない小さな地に着き、その中央には上の方に時計がついている時計塔に辿り着いた。
この学園が作られる前からあるため、いつからここに存在するかは分からない。
円筒のその建物には緑色のつたが巻き付き、赤レンガで作られているはずが緑色に見える。先端はとんがり帽子のようになり、赤色の壁が見えている。
リティアはポケットに手を突っ込む。手を突っ込んだまま塔の扉に近づき、左手で南京錠を手のひらに置く。そして、ポケットから小さな鍵を取り出した。
鍵穴に入れ回すと、心地よい音がして南京錠が外れた。鍵をまたポケットに入れると、重たい扉を体重を使って開ける。耳障りな音が鼓膜を触るが、何度も聞けば慣れてくるものである。
一歩足を踏み入れると、コツンという音が止まることなく鳴る。それは、終わらない何かのようだった。突然始まり、だんだんと弱くなり、そして消えていく。強く、だか淡い何かに似ているように思える。リティアには、その重みがよく分かる。
中は窓がほとんどないため光があまり入らず、真っ暗に近い。
リティアは鍵をポケットに入れ、螺旋階段を駆け足で上がっていく。
鉄で作られた階段に足を置く度に、カンカンという音が出て、時計塔の一番上まで響いていく。
階段を上りきると、目の前に扉が現れた。リティアは錆びたドアノブを握って回すと、蝶番が鳴らないようにゆっくりと開ける。
そこが眩しかったため、リティアは少し目を閉じる。しかし、すぐに慣れた。
そこには開き放たれた窓があり、ちょうど格技場が見える。
そして、その窓の前には一人の男が座っていた。
「……いいのか? 期待に答えなくて。みんな、お前の名前を呼んでるぞ」
「いいんだよ、別に。……っていうかお前こそ、こんなところにいていいのか? ライト」
そういうと、ライトはリティアの方を向いた。
その瞬間にリティアは先ほどポケットに入れた鍵をライトに投げつけた。ライトはいつものことで慣れ、余裕で受けとる。
「ふっ。もしかしてリティア、ようやく俺の魅力に気づいたのか?」
ライトはいつも通りのナルシストぶりで、リティアはすかさずライトの頭を平手で叩いた。
「やめろ。自分が女子にモテているからって、調子に乗るな」
「ったく、自分がモテないからって俺に当たるのはよしてくれよ。俺の魅力に嫉妬してるってところかな?」
そう言いながら、ライトは親指と人差し指を立てて間に顎に当てた。このように冗談風に言うのは、いつものことである。少し目を細めてリティアを見るが、リティアはそんなライトを睨み返す。
ライトはリティアにへこたれず、しばらくその状態でいたが、外から「ライトくーん」という声が聞こえ、急いで立ち上がった。
「その声は、ティアラちゃんかい?」
窓から体を乗り出して、目をキラキラと輝かせながら言う。
ティアラと呼ばれた女は時計塔の前におり、ライトが顔を見せると、ティアラは大きく手を振る。
「どうしたんだい? ティアラちゃん」
「あのね、今日この後に用事が出来てデートにいけなくなっちゃったの」
「え、そうなのかい? それじゃあしょうがないね」
「うん、ごめんね。また今度行こうね」
「そうしよう。また誘うよ」
ライトが手を振ると、ティアラも手を振って去っていった。
リティアはその様子をため息をつきながら見ていた。
「ティアラって、また別の子?」
「おう。今日デートしようって言ってたけど、振られた」
「見てたから分かってる。いい加減それ止めたら? 最低だよ」
「いやいや。相手もこれを承知で俺に付き合ってくれてるんだって。それに、俺はモテ男だから一人を選んだら残りの子が悲しむだろ?」
ライトは椅子に座り直し、足を組んだ。
「てか、相変わらずライトって目が良いよな。ここから戦ってるところ見えた?」
「ああ、ばっちりだぜ。お前が初っぱなから剣を使い損ねて左腕に傷をつけたところもな」
リティアは舌打ちをしながら左の二の腕に巻かれた包帯を摩る。
ライトはリティアの血が繋がらない姉弟だ。同い年であるため姉弟だというと、双子と勘違いされる。親はおらず、二人暮らしをしている。
二人はこの学園で結構有名で、「オーガイト姉弟」と言えば必ずリティアとライトが出てくる。リティアは先程の大会の通り、腕の良い剣使い。ライトは学力一位の優秀な生徒。一科と二科の一位をこの二人が独占しているのだ。
「なあリティア。この塔に閉じ込めるのはやめてほしいんだけど。ここの扉、南京錠だから中からは開けられないんだよ」
「ごめんごめん。中にお前がいること忘れてたんだよ」
「普通忘れるかなー?」
ライトは鍵を近づけたり遠ざけたりしてまじまじと見つめる。その様子は、老眼でピントが合わずに苦労している老人のようだった。
「ところでリティア」
ライトは先程までの冗談風な顔から、家にいるときの顔に戻る。緩んでいた目元を鋭くのばし、睨むようにして見る。
「今年も、サイハテには行かないのか?」