出発1-4
ジュンがサイハテの国へ連れていくことを了承してもらい、早速ジュンは船を出す準備をしに、外へ出ていった。
手伝おうかと言ったがすぐに終わると言ったため、二人は家の中で待っていることにした。
リティアは冷蔵庫を開け、空になったカップにお茶を並々注いだ。そして、それをまた一気に飲もうとする。
「おいリティア、そんなに飲むなよ。船に乗ってるときにトイレに行きたくなっても知らねえぞ」
「大丈夫大丈夫。私、いっぱいためとけるし」
「……あっそ」
リティアのどうでもいい自慢を、ライトは呆れるような顔で見る。
外から水の音が聞こえてくる。ジュンが船をいじっているため、船が少し動いて水を跳ねているのだろう。
リティアは半分ほど残っているカップを置くと、辺りを散策し始めた。
母親と弟と三人暮らしをしているだけあって、食器はほとんど三つのものが多かった。一部四つのものがあるが、それは父親が亡くなる前に買ったものなのだろう。父親が亡くなる二年前以上から持っているとなると、大切に使っていることが分かる。
ライトは子供のような目でものを見ているリティアが、成長していないようなリティアの精神年齢に疑問を感じる。普段から子供たちと一緒に遊んだり、虫を見つければはしゃぎ回る。逃げようとすればそれを追いかけ、それはまさに子供のようだった。
見た目は変わりつつも、中身は幼いままのようだ。
そんなリティアに、ライトは言った。
「おい、お前いやしいぞ」
「はあ? いやしいって何さ」
「いやしいって言ったらいやしいんだよ。盗みの下見をしている泥棒みたいだぜ」
「失礼だぞ」
ライトはため息をつくと、話を変えた。これが、今一番話したかったことだ。
「なあリティア。キッチンに一つ、濡れているカップが置いてあるだろう?」
それを聞き、リティアはキッチンの方を向いた。
「うん。あるね」
そう言いながら、リティアはそこに近づく。
逆さまに置かれているカップは、まだ水滴が垂れ続けている。
「……」
「さっきここに来たときさ、あいつちょっと焦ってたように見えなかったか? ドアもあまり開けなかったし。入ってきたとき、机の上に飲みかけのカップが置いてあったのに、そこにもカップが置いてあるんだ。つまり、それはあいつが使っていたカップじゃないってことだ」
リティアはカップの縁に薄く付いている赤い何かに少し触れる。それはすぐに取れ、リティアの指先についた。それを近くで見たり、匂いを嗅いだりする。親指と人差し指でこねてみるが、特にこれと言って分かるものはない。
「……」
「もしかしたらさ、俺たちが来る前に、他の誰かが来ていたんじゃないのか?」
リティアはしばらく考えると、ライトの方に振り返った。
「そうかもね」
その顔は、笑っていた。それを見たライトは、なぜ笑っているのか分からなかった。思わず顔を力が抜けてしまう。
「え? ちょ……。他に誰かが来ていたのかも知れないんだぜ? 何で笑っていられるんだ? 俺たちにとって都合の悪い人だったら……」
「誰かって、もしかしたらジュンのお母さんかもしれないじゃん」
その言葉に、ライトはむっとした。
「そんなの分かんねえじゃん」
「分からないけどさ。てか、『俺たちにとって都合の悪い人』って、例えば誰?」
「学園長室に来ていた、モーテル・アルカイダ」
「……もしいたとしても別の部屋の窓から出れば、私たちとは遭遇することはないってことか」
リティアは少し考える。
「ふーん……」
興味の無さそうなリティアの声に、ライトはもう話す気が無くなってしまった。
「別にさ、大丈夫だって。私たちはもうすぐサイハテの国へ行こうとしているんだ。もう止められないし、いまから何かしようとしても何にもならないだろ? あの作戦を練っているのに、突然サイハテの国へ私たちを追ってきたら、台無しになるだろ? だから、大丈夫だって。考えすぎなくても、恐らくやつらは追ってこない」
その時、扉が開いてジュンが入ってきた。
「二人とも、準備が出来たよ。今すぐ出るの?」
二人はさっきの話が聞かれていないか、少し焦る。扉の前で耳をすましていれば聞こえるだろう。
「ん?
どうしたんだい」
しかし、特に変化のないジュンの姿を見て、二人も何も聞かないでおくことにした。
「ううん、何でもない。そうだよ、今すぐに出る」
「分かった。じゃあ、早速乗ってくれるかな?」
そして、二人は外へ出た。
リティアはあることに気づく。
「あれ? これって最近出来たっていう、『ジェット噴射機』だよね?」
「おっ、よく気がついてくれたね。スピードアップするために買ってきたんだよ」
「へー。これって結構高いんじゃないの?」
「まあね。けど、早速使えるとなると、買って良かったって思うよ」
ジュンはそう言いながら、親指を立てた。
ライトはそんな二人の様子を、何か疑うように見ていた。
リティアが船に乗ると、突っ立っていたライトに言う。
「ほらライト。早く乗りなよ」
「ああ」
揺れる船に警戒しながら、ゆっくりと乗る。
三人で乗るには十分の広さだ。もともと十人乗れるだけあって、むしろ広すぎて寝転んでも平気だ。
「よし。じゃあ行くよ」
ジュンが色々いじくると、後ろにつけてあるジェット噴射機が音をたて始めた。
そして大きな水飛沫を上げ、二人を乗せた船は進みだした。
船はすぐに森のなかに入る。森の中を船で通るというのは中々無い。森が出す音と水飛沫の音が混じって、心が落ち着くような感覚になる。走っていると、森の匂いが体全体を包み込む。
久しぶりの感覚。
幼い頃、ここを通ったときの光景と重なる。小さい頃とは少し違う光景。全てが大きく、太陽の光を浴びて輝く木の葉たちは幻想的に見えていた。今では大きくなりそのような景色には見えないのが、むしろ心を和ませる。謎の安心感に包まれ、船は森を抜けた。
森を抜けると辺り一面、輝く空色の海が広がっていた――。