出発1-3
少し落ち着いた後、二人は家を出てリティアのいう知り合いのところへ向かうことにする。
このミマーシ王国は森や山に囲まれ、横長の楕円形をしている。リティアとライトの家は南の方にあり、今二人が向かっている知り合いの家は、西側に存在する。森へと続く川があるのだが、それはミマーシ王国の中央から水が湧き出ている。そのため、この国は水で困ることは当分ないとされている。
サイハテの国へ向かうときだけでなく、他の国へ行くときもその川を利用する。川を下っていくのだが、途中急なところがあるため、よく振り落とされることが多い。
船は小さく、十人ほどしか乗れない。今はまだこれほどの船しかないが、もしもの時は混乱を招くと少し不安が募っている。もしこの国で戦争が起きれば、回りが森で囲まれているため逃げ場が分からないのである。船にのり川を下っていけば安全なのだが、それが小さいと一度に運べる人数は限られてくる。
なんとか課題を解決したいところである。
しばらく歩くと、水の音が聞こえてきた。
「おっ、もうすぐだな」
そう言うと、リティアは駆け足で音の方へと向かう。ライトはそんなリティアの姿を見てため息をつく。
普段運動をしないライトにとって、この道は辛いかと聞かれれば辛い。学園に行く道のりとおなじほどだが、道が整備されていなかったため歩きにくく、よけいに体力を消耗したのである。
リティアは川の先に家を見つけ、「あった!」と指した。
その声を聞いたライトは、もう一踏ん張りと走った。
近づくにつれて水の音が大きくなる。
少し勢いよく流れる川は、ジャムル川と呼ばれる。上流はいつでもゆったりと流れているため、暑い季節になると子供たちが集まって水遊びをする光景をよく見かける。リティアは、その中に入って子供たちと遊んでいる。
向かい側の岸には十人ほど乗れる船が流されないように紐でくくりつけられている。
橋を渡り、二人は家の戸を叩いた。
「すいませーん」
すぐに中から返事がした。
少し扉が開くと、そこから男が顔を軽く出した。
「え、リティア?」
「うん、久しぶり」
男は二十代中頃の青年で、スポーツ刈りの髪の毛がピンピンに立っている。金髪の髪は太陽の光を浴びて、よく輝いている。
「久しぶりだね。ど、どうしたの?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだ。中に入ってもいい?」
「あ、ちょっと待ってて」
そう言うと、男はドアを閉めた。
この家は家と言うか小屋のような見た目をしている。十八歳の弟と二人暮らしをしている。弟もリティアとライトと同じミマーシ学園に通っており、一科である。
「さっきの人がそうなのか?」
ライトが問う。
「ああ。ジュンっていうんだ」
「へー」
「最後に送ってもらったのはまだ成人してなかったな」
「あんな若いやつに船を操れるのか?」
「大丈夫だよ。結構腕がよくて、弟子が結構いるらしいし。お祖父ちゃんとお父さんも船乗りだったし。今はどっちとも亡くなったけどな」
ライトは納得のいかないような顔をして、「ふーん」と拗ねたように言った。拗ねている様子はリティアにも分かったが、なせそんな顔になるのかは理解できなかった。
ふたたび中から青年ジュンが現れ、「どうぞ」と言って中へ入るように促す。それに従い、二人は中へと入る。
中はほとんど二人の家と変わらなかった。
「そこの椅子に座って」
「ありがとう」
リティアとライトは真ん中に置いてある机の回りにある椅子に座った。四つ椅子が置いてあり、二つはジュンとその弟で、残りの一つは母親の、もう一つは亡くなった父親のものだろう。机の上には一つ、コーヒーの入った。カップが置いてある。先程までジュンが飲んでいたのだろう。
キッチンを見ると、台にひとつ、洗い立てのカップが置かれていた。
ジュンは棚から二つカップを取り出すと、冷蔵庫からお茶を取り出した。
「リティアはお茶だよね」
「うん。よく覚えてるね、コーヒーが飲めないこと」
「そりゃあ覚えてるさ。リティアが初めてコーヒーを飲んだ時の顔は今でも忘れてないよ」
「そうなの?」
「ああ。すっごくブサイクだった」
「失礼なー。今はれっきとしたレディなんだから、ブサイクなんて言っちゃダメよ」
そう言うと、ジュンは軽く笑った。
「えーと、そっちの子は?」
「あ、ライトだよ。ライトはコーヒー飲めるよ」
「オッケー。たしか、弟だよね?」
「うん」
コーヒーの臭いが部屋中に広がる。
リティアは久しぶりに来たこの家に、何故か興奮していた。サイハテの国に行かなくなってから、ここにも来ていない。ジュンにも久しぶりに会い、あまり変わっていない後ろ姿に安心する。
一方ライトは少しそわそわしている。あちらこちらを見て、じっとする様子はない。何かに警戒しているのか、それとも初めて来る家に落ち着けないだけなのか。
「はい、どうぞ」
ジュンが持ってきたカップをそれぞれ受け取る。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
ライトは一口飲むと、机の上に置いた。リティアは喉が乾いていたのか、喉をならして飲んでいる。
ジュンはカップが置いてある椅子の前に座ると、リティアに言う。
「で? リティア。頼みたいことって何だい?」
リティアはカップの影から目を覗かせる。
そして全てを飲み終えた後、一つ息をはいてから言う。
「サイハテの国に連れていってほしいんだ」
ジュンはそう言うことを分かっていたかのようにゆっくり二回、頷いた。
「いいよ。でも、急にどうして? おばあちゃんが亡くなって、もうあまり行きたくないと言っていたのに。何かあったのかい?」
言うべきなのか、悩んだ。
リティアはライトの方をみた。ライトは首を横に振ると、コーヒーを飲む。顔が見えなくなり、少し不安になる。
また、ジュンの顔を見る。
「ちょっと、それは言えない……。けど、大事な用があるんだ。連れていってくれないか?」
リティアは必死で頼んだ。
突然で申し訳ないとは思っている。しかし、ジュンしか頼れる人がいないのだ。これを断られたら、二人はサイハテの国へ行けなくなる。
ジュンはしばらく目を閉じて考える。それを二人はじっと見つめる。
そして、ジュンは目を開けると微笑んだ。
「よし、分かった。連れていくよ、サイハテの国へ」




