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サイハテの国  作者: ヤブ
第二章
15/93

出発1-1

 時計塔から出た二人は、一度家に帰ることにした。何も持たずに行くのは、途中で何かあったときに何もできなくなる。最低限必要なものは持っていくのが普通だ。

 だが、それはライトだけの話で、リティアは今すぐに行きたくてたまらない。リティアは帽子だけ手に取ると、すぐに椅子に座った。

 二人が暮らしている家は小さく平屋で、中央から遠く離れたところにある。ほとんど端と言っても良い。国自体はそれほど大きいというわけではないため端でも辛くはないが、中央に住んでいる人間にとって、この辺りは田舎だ。老人が野菜を育て、少し森を入ったところには果樹園もある。すぐ近くが森というだけあって、野生の獣が出てくることはよくある。

 リティアは椅子に座ると、背筋をゆっくりと伸ばす。

 キッチンとリビングは一つになり、円状になっている。ドアは二つあり、一つは風呂場に、もう一つはリティアとライトそれぞれの部屋に繋がっている。

 リティアは窓の外を見る。

 どこまでもある高い空。

 ゆっくりと流れる白い雲。その空は、どこまでも続いているのだろうか。


「この世界には、サイハテが存在する……」


 リティアはそう呟く。

 もしそう仮定すれば、空にもサイハテがあることになる。地上や海の上には必ず空があり、それがなければ空もない。

 ならば、流れる雲は一体どこへ行くのだろうか。

 サイハテの国があるのなら、世界には限りがあるということになる。サイハテの国より先は、どうなっているのだろうか。

 地面がない?

 どこまでも続く谷がある?

 それは、誰にも想像が出来ないだろう。

 誰もそんなものを見たことがないのだから。

 サイハテの国に住んでいる人であっても。


『サイハテの国はね、世界を恐れた人間が作り出した、幻の国なんだよ』


 リティアは昔、祖母が言った言葉を思い出す。聞いた直後は全く分からなかったが、少し時間が経つにつれ、その意味がうっすらと分かるようになってきた。

 しかし、どういう意味か説明しろと言われれば、今はもう出来ない。何故なら、その理由を思い出せないからである。

 世界は、どこからどこまでなのだろうか。もし世界が四角なのならば、サイハテは四つあることになる。直線ならば二つ。

 サイハテは、一つではないはずだ。サイハテの国があるのだから、あと三つサイハテの国と呼んでもいい国が存在するはずだ。

 ならば、他のサイハテはどこに――?

 そこまで考えて、リティアは立ち上がった。

 考えるのが面倒になったのだ。こういうことは、いつも賢いライトに任せている。

 それに、ライトの準備が遅い。あまりにもたくさんの物を持っていくと、却って動きにくくなる。


「ライトー? ちょっと遅くない?」


 そう言いながら、ライトの部屋へ近づく。

 そして、何も言わずに扉を開ける。


「……は?」


 その光景に、リティアは言葉が出なかった。ライトの部屋が、考えられないような姿をしていたから。


――ごみ屋敷だ。


 リティアはそう思った。床には教科書やごみが散乱し、机の上にも食べかけのりんごが置かれている。足場はほとんどなく、踏んでいくしかないだろう。

 鼻が、妙に酸っぱいにおいを感じとる。

 布団の上を見ると、洗っていないズボンや靴下が脱ぎ捨ててある。いつから洗っていないのか、少し黄ばんでいる。

 ドアの音に気づき、ライトは振り返った。


「リティア、もうちょっと待ってくれ。今絆創膏と包帯が見当たらないんだ。リティアが怪我をするかもしれないからな。ちゃんと持っていっておかないとな」


 ライトは汚い部屋を見られても何も言わない。まるでこれが普通だと言っているようだ。

 リティアは何も言えない。


「……ん? どうしたリティア」


 立ち尽くしているリティアに、ライトが問う。

 リティアの顔はまるで、彼氏が浮気をしている真っ最中を目撃したときのような顔だ。あんな光景を見れば、怒鳴り付けることがあほらしく思ってしまうだろう。リティアなら、きっとそうなる。

 しかし、彼氏どころか好きな人まで出来たことのないリティア本人には関係のない話である。

 ふと床に目をやると、りんごの食べかすを見つけた。

 親指と人差し指でいやいやな顔で掴むと、ライトに言う。


「ライト……。こりゃなんぞや」

「んー? ……りんごのかす」


 それだけ言うと、また探し出す。

 リティアは苛立ち、手に持っていたそれをライトに向かって投げつけた。


「うおっ! 何でこんなもん投げるんだよ!」

「こんなもん床に捨てるな! この部屋にゴミ箱は無いのか?」

「いや、あるよ? ……多分」

「多分てなんや」


 リティアはため息をつきながら、ゴミ箱を探し始めた。

 ゴミ箱は机の下に、本の山で隠れていた。それを無理矢理引きずり出し、その中を覗いてみる。


「うっ」


 主に生ゴミが入っているゴミ箱からは、キッチン独特の臭いを放っていた。


「もう! 何で生ゴミを放置するんだよ」

「後から出そうと思っていたら、長引いたんだ」

「こんなのさっさと出しといてよ。捨てなきゃ汚いだろ?」


 近くにあった小さな袋に、ゴミを全て入れる。何故かりんごの食べかすが多い。

 袋のなかに入った空気を抜くと、それが鼻の中に入ってくる。少し咳払いをする。

 口を縛る。中を見ると黒っぽいものだらけで、見ただけで悪いものが入っていると分かる。


「よくこんな部屋で勉強していたね」

「慣れれば使いやすくなる」

「うん。理解できない」


 リティアは扉を開け、出る直前ライトに向かっていった。


「早く見つけてよね」


 部屋を出て数秒後、背後から「あった!」という声が聞こえた。

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