すべての作戦6-2
「なにい! リティア・オーガイトを取り逃がしただあ?」
王カジュイは怒りを半分露にしながら、座っていた上半身を前のめりにした。
目の前に頭を下げ、膝を立てて座っているのはモーテル。つい先程、ミマーシ学園への訪問を終えて帰ってきたところである。
リティアを特別部隊に入れることを出来なかったという報告をし、捕らえることさえ出来なかったと言うと、カジュイは先程までの余裕のある笑みを一変させたのだ。
入れることが出来ると思っていたカジュイは、怒りしか露にしない。
「何故だ、何故逃げられたのだ」
「はい。学園長室で学園長に話をしていたところを本人のリティア・オーガイトに聞かれてしまったのです。どうやら入りたくないようで、怒りを露にしておりました。逃走した用に兵士を数名、用意させておいたのですが、不覚ながら開いていた窓から逃走させてしまいました。リティア・オーガイトの他に、弟のライト・オーガイトも確認いたしました」
「学園長はすぐに了承を出さなかったのか?」
「はい」
「むう……。少し血を受け継いでいるからといって、調子にのりおって……」
カジュイは話を聞き、上半身をゆっくりと背もたれに持たれかけさせる。
カジュイお気に入りの家具屋から特注で作らせたひとりがけの椅子。赤色の布に金色の糸で縁取られたその椅子は、価値にすると庶民では買えないような値段になる。カジュイ以外の誰一人として座ったことのないその椅子は、常にメイドによって綺麗に保たれている。
高い天井には王の間であるのに大きなシャンデリアがぶら下がっている。天窓から差し込む光によって、シャンデリアは輝きを部屋全体に反射させる。
天窓は手前から奥まで両側にはめこまれており、朝でも夕方でも太陽が出ていれば常に日が入るようになっている。
ドアの上には、画家が描いた男と女の絵がある。カジュイの椅子に座っていれば、必ず目に入る。
カジュイは体を椅子に沈み込ませる。
「ふうむ……。なあ、モーテル」
「はい、何でしょう」
王は頭を下げ続けるモーテルを下に睨むようにして見る。
「お前は、私がそんなことで満足するとと思っているのか?」
「いえ、全く思っておりません」
「じゃあ、何故なんだ!」
カジュイは手置きを叩いた。モーテルは顔を上げず、肩を少しびくつかせる。
「何も得られずに、何故帰ってきた? わしが何も言わずにお前を帰すと思ったのか?」
「いえ」
「だったら、手ぶらで帰ってくるな! わしは今回、お前が必ずリティア・オーガイトを連れて帰ってくると信じておった。なのにお前は……」
カジュイは怒りを抑える。
「なあモーテル」
「はい」
「わしは、この作戦をどうにか成功させたいのだ。だから、慎重に丁寧に、しかし素早く手際よく。この作戦は、特別部隊によってほとんどが成り立つ。弱ければ負け、強ければ勝つ。ただそれだけなのだ。なのに、リティア・オーガイトが特別部隊に入らないとは……。わしがぜひ入れたいと言っておるのに、何故あいつは入ろうとせぬのだ……」
カジュイは膝を握りこぶしを置く。
二人はしばらく動かず、話そうとはしなかった。
振り子時計が鳴る。その音は、沈黙と共に部屋の中を駆け回った。
日は傾き始めている。
リティアとライトの捜索に相当な時間をかけてしまっていたのだ。あれほど探しても見つからないとなると、もうほかのどこかへ行ってしまったのだろう。
しかし、モーテルとてその時間を無駄に使ったわけではない。兵士たちが探している間の隙を見て、探偵の話を聞き、ほかの場所へ行っていた。
そう、全ては無駄ではないのだ。
「……王」
「何だ?」
「私は、少し前から探偵を雇っていたのでございます」
「ほお」
「その探偵に、リティア・オーガイトについて調べてくるように命じました。そうすると、一つだけ、ある情報が入ったのです」
「ふむ、言ってみよ」
モーテルは一呼吸あけた後、言った。
「リティア・オーガイトは昔、一年に一度、サイハテの国に行っていたようです」
その言葉に、カジュイは目を少し輝かせた。
「ほう……」
「サイハテの国には祖母が暮らしていたようですが、五年前に他界。それからはサイハテの国には行っていないようです」
「つまり……。リティア・オーガイトはサイハテの国に思い入れがあったということか」
「はい。そのため、サイハテの国を守るために、何か行動を起こすことも考えられます。そう、例えば……サイハテの国にこの作戦のことを伝える」
モーテルはカジュイの顔を見る。
声を出そうと思ったが、カジュイはそれを止めた。攻撃する国にそのことがばれれば、作戦の意味がない。何とか止めなければならない。カジュイはそう思ったが、その先を考えると、あることに気づく。
「……リティア・オーガイトは、サイハテの国に向かっている……?」
「ええ、その通りです。サイハテの国への伝達手段は、サイハテの国に向かう以外、何も見当たりません」
モーテルはカジュイを目を睨むようにして見る。
カジュイは顎に短くはえている白髭を親指と人差し指で触る。
「その話、確証はあるのか?」
「いいえ、残念ながら。しかし、どれだけ探しても見つからない二人、サイハテの国に思い入れのあるリティア・オーガイト。可能性はあると思います」




