決断5-3
リティアはまっすぐにライトの目を見つめる。
そのぶれない瞳は、リティア本人の意思の強さを表していた。
少し赤みがかった紫色をしたその瞳。ライトは以前に一度だけ見たリティアの姿を思い出す。幼かったライトにとってそれは心に深く刻まれる程の恐怖、それでいて勇者のように見えた。
いくら否定してもリティアは引き下がらない。そのことはよく分かっているのだが、否定せずにはいられない。
リティアの気持ちは本物だ。それは、瞳を見た瞬間から分かっている。
「……っ」
分かった、と言いかけたが、ライトは口を閉ざした。
もしかしたら、この選択は生死をわけることになるのかもしれない。サイハテの国に行けば、国を裏切ったという罪に問われ、最悪の場合は死刑も考えられる。もしくは戦死と国民に伝え、故意に殺すかもしれない。特別部隊に入っても、必ず生きてかえって来れるとは限らない。だが、こちらの方が生存確率は高い。
部隊には入らない方がいいと言っていたが、入った方がリティアの生存のために良いのかもしれない。
しかし、止めることができない。止めても、変わらないから。それに、もしそれで最後になるというのなら、むしろ行かせてあげるのが良いのだろう。
「……どうしても、行くのか?」
「ああ。例えお前が否定しようとも、一人でも、私は行く」
「……そうか」
もう、答えは決まった。
止めることができないのなら、好きにさせればいい。
自分で決めたことなら、最後までやり遂げるんだ。
ライトは顔を上げる。リティアの顔は、ライトの決断を待つように、しかしどうしても認めてほしいと言っているようにみえた。
ゆっくりと口を開ける。
「じゃあ、行けよ。自分がしたいようにすればいい」
そう言うと、リティアは強張った顔を緩め、微笑みながら言う。
「ありがとう。ライトなら分かってくれると思っていた」
ライトは自然とため息が出た。
これしか、選択肢はなかった。それなのに、ライトはあるはずのない選択肢を探していた。
ライトはふと思い出したように口を開ける。
「なあリティア、その代わ……」
「ライトも、行くよな?」
リティアの顔を見ると、彼女は笑っていた。
ライトは苛つくことを忘れ、リティアの言葉に少し微笑んだ。
「ああ、行くよ」
二人は手を出すと、パチンと音を響かせる。そして、互いに相手の手を握った。
すると、二人は先程までの空気を一変させ、何もなかったかのように声を出した。
「さあて。なあライト、これからどうする?」
「お前、サイハテの国がどこにあるのか分かってるんだろうな」
「そこは大丈夫だ。向こうの方に川があるだろう? その近くに家があるんだ。昔はそこの人にサイハテの国まで連れていってもらってたんだ。その人の所へ行けば、きっと送ってくれるはずだ」
「なるほど。川を出て、海を渡るって訳か。どれくらいの時間がかかるんだ?」
「さあな、分からん。何せ、寝て起きたらサイハテの国に着いていたからな。どうやら夜も漕ぎ続けているようだぜ」
「なるほどな。もしそうだとすれば、お前は寝過ぎだな」
ライトがそう言うと、リティアは一呼吸あけてから笑った。
「まあ、そうなるな。けど子供だったからいいじゃないか。寝る子は育つっていう、どこかの世界の言葉があるんだから」
「はいはい。で? 向こうに着いたらどうするんだ? おばあちゃんがいない今、頼れる人がいないと何も出来ないだろ」
「そこも大丈夫。よく遊んでいた子がいるから」
「そうか、なら良いんだけど」
「それがさ、またその子が可愛いんだよ。ライト、惚れるなよ?」
「こんな一大事の時に恋愛なんかしてられっか」
「まあそうか。こちらとしてもそんなお遊び、されたら困るけどな」
二人はまるで台詞でもあるかのように、止まらずに話し続けている。
そのお陰か、話は数分で終わった。
「さてリティア、早めに動かないと兵士が追ってくるかもしれないぞ」
「そうだな」
リティアは動きやすいように腰から鞘をはずし、左手で持った。その姿を、ライトはじっと見る。
それに気づいたリティアが、声をかける。
「何だ?」
ライトは少し黙ってから言う。
「……サイハテって、あると思うか?」
突然の質問に、リティアは少し戸惑う。そして、少し顔を緩めた。
「さあな」
そう言うと、リティアは背を向けた。
「早く行くぞ!」
それに続いて、ライトも螺旋階段を下りていった。




