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雪の雫の花束を  作者: 鏡田りりか
第一章
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第1話 ~白と黒~

 目をあけると、ゆっくりと体を起こす。ぱちぱちと瞬きをし、ぼんやりと目の前を眺める。

 ようやく焦点が合った。窓のほうを見てみると、眩しい光で満ちていた。

 もう起きる時間のようだ。ベッドを下り、バスルームへ向かう。湯浴みを終えてから、いつもの服に着替える。


 着替えを終え、確認のために鏡を見れば、いつも通りの私の姿が映る。

 肩に着くくらいの長さの紺色の髪に、青い目。青色のローブを着ているのは、紛れもない、私の姿だ。

 問題はない。鏡の前から移動する。


 小さな家だが、一人暮らしでは十分すぎる。物がないせいかもしれないが。

 自分のためだけに朝食を作るのは億劫だ。とりあえずお湯を沸かして紅茶を淹れ、適当にパンを口に入れる。

 それだけ済ませると、特に何も持たずに家を出る。案の定、外はとても眩しくて。溜息を吐きつつ道を進む。


 此処は『ジプソフィラ』。いつでも色とりどりの花が咲き乱れる、美しい街だ。

 この街に住んでいるのは、皆、白魔族と呼ばれる種族の人だ。

 白魔族というのは、光を好み、善を求める種族といわれている。

 比較的穏やかな人が多く、魔法は得意で、ほとんどの白魔族は魔法が使える。

 寿命は恐ろしく長く、千年近く生きる。それが、白魔族という人種だ。

 もちろん、私も白魔族である。木の葉型の大きな耳がその証拠だ。


 街の中心にあるのは、噴水広場。目を引く大きな噴水がある、みんなの憩いの場だ。

 いくつものベンチが並ぶが、私が向かうのは一つ。なのだが、そこには先客がいた。ここ一年ほど、そんなことはなかったから、私は驚いて足を止めた。

 このベンチは、私と『彼女』のものだ。この街の人はみんな、そのことを知っているから、普通、誰も座ることはない。


 その先客というのは、薄紫色の長い髪を持つ、綺麗な女性だ。紫色の日傘を片手に、誰かを待っているのか、辺りを見渡していた。

 何故だか、おかしな感じがした。この場にいてはいけない存在というか、なんというか。

 そんなことを考えながら、ぼんやりと彼女を眺めていると、後ろからトン、と肩をたたかれた。


「おはよう、フラン。どうしたのぉ、こんなところに立って」

 桃色の長い髪の少女。牡丹色の大きな瞳で私を見ている。この少女こそが私の待ち人だ。

「あ、おはよう、ロズ。あのね、ベンチ」

「取られちゃったの? 珍しい。んー、あの人見たことないなぁ」


 この街のことならすべてを知り尽くしているような彼女が言うのだ、今までこの街にいなかったことはほぼ間違いないだろう。

 となれば、引っ越してきたばかりなのかもしれない。どうする、と隣を向くと、彼女はもう隣りにはいなかった。


「えっ、え?」

「すみません、引っ越してきた人って、貴女ですか?」

「そ、そう、だと思います」


 彼女は既に女性に声をかけていた。本当に行動力がありすぎる。

 毎度、振り回されるのは私なのだから勘弁してほしい。と言いつつも拒絶しないだけれど。

 慌てて向かうと、彼女は女性に笑みを向け、小さくお辞儀をする。


「私はローズマリー・グリーンフィールドといいます。この子はフランシス・レインウォーター」

「は、初めまして……」


 誰が相手でも臆さない彼女、ロズと違って、私は人と関わるのがあまり得意ではない。そのため、私は軽く俯いたままだったが、女性は特に気にすることもなく、私たちに笑みを向ける。


「私は、そうね、ヴェラ、と名乗っておきましょう」

「ヴェラさん、ですか。お母さんから伝言です。今日は予定が入っちゃったので、また別の日にするか、もしよければ、娘の私が聞きます」


 一体何の話をしているのやら。おいてけぼりの私は、二人を交互に見ることしか出来なかった。

 ヴェラさんはロズの言葉を聞くと、小さく頷いて立ち上がった。思っていた以上に背が高い。私が低いというのもあるのだが、見上げるほどだ。


「では、お言葉に甘えて。ローズマリーちゃんといったかしら? 私の家にいらしてくれる?」

「はい。フランも一緒でもいいですか?」

「構わないわ。せっかくだから、おもてなしさせて戴くわね」


 よくわからないまま、二人にどこかへ連れて行かれた。

 郊外のほうへ歩いて行くこと、約三十分。目的地に着き、唖然とする。

 そこには、大きなお城が立っていたのだ。


 黒い壁に紫色の屋根。周りが高い塀で囲われているが、目の前の門の隙間からは中が覗ける。

 中庭は、驚くほどに綺麗に整備されている。

 石で作られた道。その真ん中を噴水が飾っている。

 周りの植物も整えられていて、別の世界へ移動してしまったのかと思うほどになっている。


「え、ええ……」

「今、門を開けてもらうわ。少し待って頂戴」


 ヴェラさんは両手を二回叩く。すると、上から何かが降ってきた。

「お呼びですかい、御嬢」

 降ってきたのは、女性だった。濃紺の髪をポニーテールに纏めた、蝙蝠のような羽をもつ女性だ。長い前髪によって、右目が隠れている。


「門を開けて頂戴」

「わかった。そら、開け!」


 ポニーテールの女性が指を鳴らすと、門はひとりでに開いた。ヴェラさんは軽く礼を言い、門をくぐる。私たちもそれに続いた。

 石畳の長い道を進むと、お城の扉に着いた。ヴェラさんは大きな扉を押し開け、私たちに入るよう言う。


「おかえりなさいませ、御嬢様……、と、お客様でいらっしゃいますね」

 中には、深緑色の髪をしたメイドが立っていた。自らの主人の姿を確認し、頭を下げる。

「只今帰ったわ、ルクレー……、ツィア。お茶の準備を御願い」

「畏まりました。ベアトリーチェ、聞いていたわね?」


 メイドが振り返ると、一本の柱から、一人の少女が顔を出す。ウサギの耳を持つ、白い髪の少女だ。

 彼女はこくりと頷くと、大きな人形を抱えたまま走ってどこかへ向かっていった。


「丁度、彼女に紅茶の淹れ方を教えたばかりなのです。もしかしたら失敗するかもしれませんが、おそらく大丈夫だと思いますので」

「あら、そうだったのね。一人で出来るかしらねぇ」

「……心配ですので、行ってまいります」


 メイドは一礼すると、足早に、少女が走って行った扉へ向かっていった。

 ヴェラさんはくすくすと笑い、私たちをみる。


「さあ、じゃ、私たちは部屋に行きましょうか。本当に、あの子は心配性ねぇ」






 コンコン、とノックの音。ヴェラさんの返事に、ゆっくりと扉が開き、少女がカートを押して入ってきた。

 ポットからカップに紅茶をいれ、私たちに渡す。

 危なっかしいうえに私たちが怖いのか、少し震えているのだが、最後まで失敗せずに終え、お辞儀をして帰って行った。


 ヴェラさんはカップを持ち上げ、一口啜る。カップをソーサーに戻すと、扉のほうに声をかける。

「ふふ、ちゃんと出来たわね、ルクレツィア」

「まったく、本当にひやひやしますよ……」

 先ほどのメイドが部屋に入ってきて、そういった。どこからか見ていたようだ。


「紅茶の味は、どうでしょうか」

「美味しいわよ。さあ、お客様、召し上がって?」

 私とロズは、同時にカップを手に取る。

「いただきます」


 確かに、とても美味しい紅茶だ。私が淹れたら、絶対にこうはならない。いや、比べる対象がおかしいんだろうけれど。私と、見習いとはいえ貴族のメイドじゃ全然違う。

 顔を上げると、メイドが不安そうに私たちを見ていた。先ほどのヴェラさんの言葉は本当のようだ。


「美味しいです、とても。あの子、いいメイドさんになれるんじゃないですか?」

 ロズが笑ってそういうと、メイドは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「はああ、よかった……。では、私はこれで失礼いたします」


 メイドが出て行くのを見届けてから、ヴェラさんは私たちのほうをじっと見る。

 目を見るのは怖いので、ちょっと逸らす。ロズに任せきりじゃ悪いけれど、こればっかりは仕方ない。

 彼女は優しげな笑みを浮かべ、口を開く。


「さて、ちゃんと自己紹介をするわね。私はヴァレンティーヌ・スカルフィオッティよ」


 その言葉に、私たちは絶句した。想定内だったようで、ヴェラさん、ではなくヴァレンティーヌさんはふっと眼を細める。

「気持ちはわかるわ。でも、本当なの。流石に、あの広場で名乗るのはまずいでしょう?」

 それはもちろんだ。おおごとになっていただろう。


 ヴァレンティーヌ・スカルフィオッティ。ある有名な貴族の一人娘だ。

 住まいはずっと遠くだったはずだが……。一体、どうして、それも彼女だけが引っ越してきたのだろう。


「家出なのよ、これ。家に帰りたくないの。というわけで、ここに住ませてもらうわね」

「え、あ、はあ。その、何故、此処なのでしょう」

「迎えが来ないと思ったから。だって、遠いでしょう?」


 しれっとそういう彼女に、価値観の違いを感じざるを得ない。まさか、家出でこんなに立派な家を建てるか、普通。

 なんというか、ロズ並みに行動力があるようだ。


「えっと、黒魔族、ですよね?」

「ええ。そうよ」

「お母さん、貴族の娘さんが越してきたって言ってたんですが、まさかこんな有名な方だとは思っていませんでした。それも、黒魔族だなんて」


 この街は白魔族の街だ。黒魔族というのは、闇の魔法が得意な種族。白魔族とは正反対だから、相性が悪い。

 お互い、会うと大体喧嘩になるので、会わないようにすることが多い。わざわざ引っ越してくるなんて、前代未聞だろう。


「まあ、気持ちはわかるし、だからローズマリーちゃんのお母さんは私から話を聞きたがったのね。でも、向こうが会いたがってるのに予定が入ったってなんなのかしら」

「あー、いや、実はあれ、嘘でして。お母さんだと多分喧嘩になるから私に行けって」

「え。そうだったの」


 ロズが話しかけに行ったのはそういう理由があったのか。

 となると、あのベンチに座っていたのも指定されていたのかもしれないな。何も知らなかったのは私だけか。


「まあ、折角だし、仲よくしてくれないかしら?」

「もちろん。フランもいいよね?」

「う、うん」


 ヴァレンティーヌさんは嬉しそうに微笑み、この館の住人について教えてくれた。


 まず、主はヴァレンティーヌさん。薄紫色の髪は長く、腰を優に超す。一切絡まっていなくて、とてもさらさらだ。頭には桃色のリボンを付けていて、前から見ると猫耳っぽくてかわいい。

 瞳はアメジストのような濃い紫色。長い睫毛にぱっちり二重。何処となく優雅さを感じさせる。

 透き通るような白い肌をしていて、いかにも『お嬢様』だ。


 続いて、門で会った濃い紫色の髪を持つ女性だ。彼女はコンツェッタというらしい。

 紺色の髪はやっぱり長く、ポニーテールにして腰のあたりまである。量は多い。

 右目は前髪で隠されているが、左目は髪と同じ濃い紫色をしていることが確認できる。きりっとした大きな目だ。

 はっきりとしていてカッコイイ感じの女性だ。


 それから、緑色の髪のメイド。彼女はルクレツィアという。

 深緑色の長い髪。髪が細いのか、風が吹くとさらさらとよく揺れる。

 瞳は髪と同じ色だ。切れ長の綺麗な目。大人っぽくて、女性らしい。

 礼儀正しく、優雅な仕草の、完璧なメイドだ。


 最後、うさ耳を持つメイド。ベアトリーチェちゃんだ。

 雪のような白い髪。よく見れば、ほんのり水色だ。やっぱり髪は長い。

 水色の瞳は大きく、光を反射してキラキラ光っている。

 人見知りが激しく、私たちのことが怖いようだ。そんなところがとても可愛らしい。


「まあ、うちの住人はこんな感じよ。仲よくしてやって頂戴」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 それから、ヴァレンティーヌさんは私たちについての質問をしてきた。

 年齢や私たちの関係など。大したことではない。


「ふぅん……。十五歳にしては、十分すぎる魔力の量ね」

 そういうヴァレンティーヌさんに、ロズはにやりとほほ笑む。

「えぇ、私たち、相当訓練していますから」

「あら、少し興味があるわ」


 この街には、『アスティノミア』という施設がある。

 此処では、この街の治安を守るための仕事が集められ、時間や力のある人たちが解決していく、という流れになっている。

 私たちは時間も力もあるから、たくさんの仕事をこなしてきた。

 そうしているうちに、どんどん強くなっていったし、知名度も上がっていった。

 今ではローズマリーとフランシスという名前を知らない人はいないし、難しい仕事については、私たちに向けて依頼を出すことさえある。


「へえ、そんな仕事があるの。楽しそうね」

「楽しいですよ。魔物を倒したり、悪い人を捕まえたりするの。どんどん強くなっていくのも実感できますし」

「そう。なるほどねぇ」


 ヴァレンティーヌさんはそういうと、一瞬だけ魔力を開放してみせた。それだけで。私たちは、痛いほどよくわかる。彼女がどれほど強いのか。

 肌を刺すような、攻撃性の高い魔力。それに、質が違う。濃縮された、いい魔力。あれは、間違いなく強い。


「私も戦うのは好きよ。でも、コンツェッタも強いの」

「ああ、彼女の魔力もよさそうでした」

「あれだけでよくわかったわね」


 門を開けるとき、一瞬だけ感じ取れた、彼女の魔力。

 あれは、悪魔の持つ魔力だ。人を蝕むような、嫌な魔力。

 なんというか、白魔族とは正反対の力を感じた。相性は悪そうだ。


「今度、戦ってみない? コンツェッタも、きっと喜ぶと思うわ」

「そう、ですねぇ。やってみたいという気持ちは、もちろんありますよぉ」

「ふふ、やはり貴女も戦士ね。いいわ、気に入った。次に来たとき。必ず戦ってあげるわ」


 そう言って口角を上げるヴァレンティーヌさん。美しい笑みなのだが、どこか、恐ろしい。

 これが、黒魔族。私たちと正反対の人、か。


(なるほど、ね)


 暫くは、退屈しなくて済みそうだ。

誤字脱字がありましたら、教えていただけるとありがたいです。

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