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魔法使いの3つの約束  作者: うえのきくの
8/17

一ノ瀬家事変・2

 

 5日間に渡るテスト期間が終わった。生徒たちはそれぞれ晴れ晴れした顔で部活へ家へと散っていった。

 おれも、とりあえず集中してする勉強は今日で一旦休みとばかりに図書室へと向かった。今日は一ノ瀬の荷物を家に運ぶ手伝いをすることになっている。

 その帰りにファミレスで飯を食おうと約束していた。


 部活が早く引けた一ノ瀬と着替えや参考書の入ったバッグを持って一ノ瀬家へ向かう。

 一ノ瀬の家はおれの家より二駅学校に近く、静かな住宅街の中にある。

 おれたちは学校に持ち込んだ一ノ瀬の荷物を分けて持ち、家を目指す。


「なあ、もしまだ中でギャーギャー言ってたら無視して帰っていいからな。挨拶なんか要らないから」

「ああ。一ノ瀬もおれがいたら嫌だろ?そのときはあらためるからいいよ、気にすんな」


 玄関が開いても想像していたような騒ぎは聞こえてこなかった。一時冷戦ってとこだろうか?

 そりゃそうだ、お父さんだって疲れて帰ってきてまた家でも怒鳴り散らしたくはないだろう。少しお互い冷静になれば、擦り合わせることも出来るんじゃないだろうか。


「あ、よかった。今日はおとなしいや。ただいまー……あれ?留守、ではないよな」

「電気は煌々とついてるな」


 突然、バチン、と何かを叩く音が聞こえた。玄関を入って左のふすまの向こうだ。


「あんなチャラチャラへらへらしたガキ共に何ができる!学校にも行かないで何も考えていない。どうせ下らないやつらに決まっている!お前をそんなところに入れさせるわけがないって言っているのがわからないのか!!」

「そうよ!大体すぐにAVとかエッチな雑誌とかに出させられちゃって街も歩けなくなっちゃうんだから!それから悪い人に騙されてお金とられたり風俗に売られちゃったり覚醒剤に溺れたりするんだからね!!」

「チャラチャラしてたっていいじゃない!あたしはかわいい衣装着て、きれいにメイクしてもらって、テレビに出るんだから!」


 ……なんだと?

 聞き捨てならない


 スパン!


 ふすまはいい音をたてて滑った。おれが開けた。

 八畳ほどの畳の部屋に立派な座卓が置いてあり、それを囲むように一ノ瀬の両親と妹がよもやつかみ合いになりそうな勢いの中腰なのに驚いた顔でこちらを振り返っていた。


「……お帰りなさい。お友だち……ああ、伊澤くん?」

「……おれが誰だかなんて関係ねえ」

「え、伸?」


 おれはゆらりと親父さんの前に進み出て仁王立ちになり、見下ろす形で睨み付けた。そして、人差し指を突きつけると、一息にいい放った。


「アイドルがチャラチャラへらへらしてるだあ?なんにも考えてないだ?何も考えてなかったらな、あんなに複雑なフォーメーションのダンスが踊れるわけないだろうが?!あんたに出来るのか?! 二時間もあるステージで歌詞を飛ばさずに歌うのにどれだけの努力をしてると思ってんだ!あんただって毎日会社で大変で辛くてキツい仕事をしてるだろ!? それと同じだって何でわからない?努力して頑張ってんのは自分だけか?!」

「……」

「それからお母さん!」

「は、はい!」


 母親は、自分の夫が小童にいいように言われているのを見てビビったか、すっかり正座で待機していた。その眼前にずんずんと進み、こりゃしぶきが飛ぶかというほどに顔を近づけ捲し立てた。


「もしもあんたの娘がアイドルになってあんたの言うように、騙されたり薬に手えだしたり犯罪に手を染めるようなことがあればそれは、アイドルになったからじゃなくてあんたたちの教育が悪かったからだ!人のせいにすんな!!それにAVに出ようがヌードを撮らせようが、風俗で働こうが自分が納得して、そこに自分なりのやりがいや意義や意味や誇りがあれば世間に顔向けができないなんてことは決してない!絶対ない!職業に貴賤無しって言葉を知らないのか!!」

「す、いません……」


 すでに半べその妹は、確かにかわいい。うん。

 でも、アイドルなめてもらっちゃ困るんだよ!


「それから、一番悪いのはお前だ!きれいな衣装着てかわいいメイクしてニコニコしてりゃアイドルやってけるなんて思ったら、大間違いだ!あの子たちが一日何時間レッスンしてると思ってるっ?CDを売るためライブへの動員を増やすために、きつい営業や、暑い日や寒い日の握手会や、主旨の違うテレビに出て無茶な企画に振り回されたりしてんだ!何でだかわかるか?裏であの子たちを支えるたくさんのスタッフはあの子たちのCD売り上げでメシ食ってんだよ!グッズの売り上げで家賃を払ってんの!人の生活を支える立派な仕事なんだよアイドルは!お前の父さんが一日中汗水垂らして金稼いで、お前に勉強させたり洋服買ってやったり、飯食わせたりしてるのと同じなんだよ!あの子たちは責任をもって自分の選んだ世界で戦ってるんだ!お前に、その覚悟は、あるのかって、聞いてんだよっっ!」

「…………」


 息が切れる。肩が揺れる。

 おれは、洋服の袖でいつのまにか吹き出した顔中汚す涙や鼻水をこすった。

 悔しくて、悲しくて、情けなかった。

 他人の家族を捕まえて、おれ何やってんだろう。みんな、あきれ返って何も言えないでポカンとしてるじゃないか。

 言いたいことを言って頭が冷えてきたら、もう、自分の犯した失礼千万な態度に顔から火が吹き出しそうなくらい恥ずかしくなってきた。

 何やってんだ、怒鳴り散らして鼻垂らして泣いて。


「……突然飛び込んで、失礼なことばかり申し上げてすいませんでした。でも、彼女たちが毎日毎日、遊びも友達も後回しにしてたくさんの努力をしていることは本当です。お嬢さんの先程の発言が本心なら回りの迷惑にもなりますので加入はおすすめできません。でももし、本気でやってみようと思っているなら、本当に忙しく大変で、でも、やりがいのある仕事だと思います。是非、ご両親が一番のファンになって支えてあげてください。それでは僕はこれで。お騒がせしました」


 もう一度袖で顔を擦り、深く一礼をしておれは外へと飛び出した。あとからあとから涙があふれてくる。

 一ノ瀬の家族にsweet17のことをわかってもらえなかった。彼女たちの努力の欠片が伝わっていなかった。

 こんな顔で電車にも乗れないからおれは、こっちで

あろうと思われる道を歩いていく。

もうすぐ梅雨入りのじっとりとした空も今にも泣き出しそうだ。

 何度も擦った目の回りがヒリヒリして痛い。その頬の上についにポツンと一粒当たった。


 こんなとき、自分の無力さを痛感する。

 魔法なんて使えても、何の役にも立たない。感情に任せて暴言を吐くことを止められなかった。一ノ瀬の家族が丸く収まる手伝いもできなかった。何より妹ちゃんの成功を約束することができない。それが出来れば、ご両親だって安心して送り出してあげられるだろう。

 目先の問題として、雨を止めることもできないわけだ。

 何ひとつできやしない。おれはただ、泣いて喚いて、鼻垂らすしかできないんだ。


「待てよ伸!」


 いよいよ降ってきた雨のなか、一ノ瀬がおれの腕をつかむ。顔はあげられないけど、声でわかる、つかんでくれた腕でわかる。一ノ瀬だったらどこでどんな風に会っても、きっとわかる。


「……ごめんな、一ノ瀬。みんなビックリしてただろう」

「あ、ううん。みんな逆に落ち着いちゃって、すごい冷静に話してた。ちょっと、舞い上がってたみたい」

「そっか、そりゃよかった」


 一ノ瀬は持ってきた傘を慌てて広げた。紺色の傘。一ノ瀬のだっけ?二人で入ったらはみ出た肩が濡れてしまう。


「伸、もっとこっち」


 グイと肩を引き寄せられ、一ノ瀬と密着する。ぶわっと顔が熱くなったけど、急に振りだした雨に傘を持たない回りの人たちはおれたちのことなんて見ていなかった。みんな小走りに帰るところを目指す。


「家まで送ってく」

「……ありがとー」


 もう泣いていてもわからない。きっとみんなの顔も濡れているはず。おれは遠慮なく泣いた。声をあげて、号泣だ。

 何も言わないで一ノ瀬は横にいる。

 雨はだんだんひどくなって、おれたちは夜の中に取り残されたみたいだ。


 ふと、涙が途切れるみたいに止まって呼吸が楽になった。悔しさや悲しさが消えたわけではないし、自分に対しての情けない気持ちは時間を置くごとに大きくなっている。

 でも、一ノ瀬が来てくれた。おれのそばに来てくれた。それだけで心強いのはどうしてだろう。


「……なんにも聞かないのな」

「教えてくれる?約束には少し早いけど」

「ははっ、順位上がる気満々だ」

「当たり前だろ、伸が教えてくれたんだから」


 張り詰めた生糸を弾くような密やかな声が細い道路にころりと落ちる。色のない通りの中でおれたちの声だけが鮮やかなビー玉みたいだ。


「おれさ、中3のとき足怪我してさ、ちょっと不自由にしてた時期があったんだ」


 今もだけど、あのときはもっとガキだったから、それこそ人生の終わりのように感じていた。

 何も知らないし、自分しか見えていないから世界で一番おれが不幸で、幸せなやつはみんな死ね位の。


 入院とリハビリですっかり荒んだおれを、その頃の友達が連れ出してくれた。

 それが、sweet17の握手会イベントだった。

 テレビで見たことがある程度の彼女たちのステージは、キラキラしていて華やかで、何より自由に見えた。軽やかに飛び跳ねる不自由のないからだで、夢や恋を歌う彼女たちに釘付けになった。

 おれはまだギブスがとれなくて、松葉杖のまま出掛けていた。会場の端の方には、車椅子専用の座席もあって、彼女たちがみんなにステージを見てほしいんだという意思を感じた。


 会場を出るまでの間に、テントが張ってある。そこで各々お目当てのメンバーと握手ができるという最後のお楽しみだ。

 テントの外にはメンバーの名前が貼ってあって好きな子のテントに並ぶシステムだ。

 おれは、今日はじめて興味を持ったようなものなので、行列の少ないテントに並んだ。松葉杖で大勢の人の中にいるのがキツかったせいもある。

 あっという間に来た順番で、テントの中に入るとそこにいたのが戸田愛佳だった。


「来てくれてありがとう!ん、怪我したの?」

「あ、はい。階段から落ちて……」

「そっかー、あたしも肩怪我して、これ以上あがんないんだよねー」


 彼女は水平より少し高いくらいにあげた腕でケラケラと笑った。


「ダンスのときもみんなと同じにできなくて、ポンコツキャラとか呼ばれてるんだあ」

「……頭に来ないんですか?そんな風に言われて、ムカつかないんですか?」

「うーん、最初からそれは話してオーディション受けたから、受け入れてもらってsweet17に入れたから、個性かなって思うようにしてるけど。」

「……すごいですね」

「全然。きみも早く治して、またライブで一緒に踊ろう?」

「はい!」

「あたしもセンターになれるように頑張るから応援してね!」


 一人の持ち時間は数十秒と決まっていたらしいけど、このテントのメンバーは加入して間もない子ばかりで、その辺はアバウトだった。


 戸田愛佳は俺よりひとつ歳上だから、来年卒業を迎えるだろう。

 sweet17に興味をもって、ひとつ一つ調べていくうちにその事を知った。彼女たちの輝きにおれは、自分を重ねているのかもしれない。

 おれの魔法使いとしての任期も、20歳までらしい。

 そのあとのおれがどうなるかはよくわからない。

 おれの秘密を知るたった一人の人の記憶を消さなければいけなかった理由と同じように、その間の記憶がなくなるのかもしれない。それともなにもなかった顔をして、普通に生きていくのかもしれない。

 最初に見た手紙のなかにはその事については書いていなかった。

 それでもはっきりしているのは、そこでおれの魔法使いとしての役割は終わる、ということだ。


 おれがただのはたちの男になっても、一ノ瀬はまだ友達でいたいといってくれるだろうか。記憶を消そうとしたあの時のように、関係を続けていきたいと願ってくれるだろうか。


 たとえ、戸田愛佳が最後までセンターになれなかったとしても、やっぱりおれには唯一のアイドルだ。

 拗ねて、殻を被って、頭の先まで不幸に溺れていたおれの眼を一気にこじ開けたのは彼女だ。

 上がらない腕を必死に持ち上げて踊る彼女のことを、逃すことなく見ていたい。

 夢のように輝く世界を、微力ながら支えていたい。


 そんな風に一ノ瀬もおれを望んでくれるだろうか



「カッコ悪いから嫌なんだよ……」

「そんなことない……すごくよくわかった。教えてくれてありがとう」

「……影の努力が光の中で見えなくてもいいんだ。だけど、少し考えればわかりそうなもんじゃん、あれだけのことをちょっと教えてもらったくらいじゃできないことくらい。なんだってそうなんだよ。料理人が何年もかけて修業する。消防士が毎日建物によじ登る練習をする。工場のラインにいる人だって、道路工事の交通整理してる人だって、0.01秒のタイムを縮めようとしてる一ノ瀬だって」

「俺もか」

「当たり前だ。誰でも頑張ってる人は凄いんだ。だから、あんな風に……sweet17のこと言われて、ちょっと我慢できなかった」

「そっか……うん、本当にごめんな」

「今ごろ恥ずかしいよ、おれは」


 誰もいない道路を二人で寄り添って歩く。きっと、明るい太陽の下ならそんなことはできない。

 でも確かにこの瞬間は二人の間にあって、おれはそれを忘れたくないと思っている。


「一ノ瀬」

「ん?」

「ありがとな。追っかけてきてくれて」

「ふふっ、いいよ。伸が今、ひとりじゃなくてよかった」


 駅4つ分は結構あったけど、おれたちは無事歩ききった。

 おれは我も忘れて怒鳴りまくったあとだし、一ノ瀬にしても軽くとはいえ部活終わりで飯も食ってない。

 でもなんかやりきった高揚するような気持ちではあった。一ノ瀬も帰りは颯爽と駅に方に向かって走っていった。タフなやつだ。



 一ノ瀬に、秘密にしてたことがひとつだけある。


 あの日、sweet17の握手会の日。俺は魔法を使った。

 戸田愛佳の腕を、15センチだけ上がるようにしてください、と。

 真上まであげられるよう魔法を使ったら、自分がどうなるか不安だったし、せっかくポンコツキャラを売りにしようとしてるのに邪魔をしても悪い。


 ペナルティは、ギブスをとる前にその中を蚊に刺されたことだろうか。あれは痒くてかゆくて、気が狂いそうだった。



 森本は順位を下げていた。総得点数は上がったのだけど他のみんなも頑張ったということらしい。仕方ない、それが人生だ。

 得点は上がったけれど平均点も上がっているのでギリギリだったが追試は免れた。


「一ノ瀬、お前すごいじゃないか!」

「今度こそマジカンニングか?」

「んなわけねーだろ!じ・つ・りょ・く。実力ですよー」


 一ノ瀬の成績は飛躍的に延びた。30位以内に入ったのは初めてらしい。担任や部活の顧問は勿論、家族もにぎやからしい。


「母さんも喜んじゃって、伸のことばっか話してるんだよねー」


 知ってる。この間無礼をお詫びしに一ノ瀬家へ菓子折を持っていったら、歓待され、なぜかお父さんまで会社から呼び戻され(仕事しろ)すき焼きをご馳走になり、町で一番高価だといわれるケーキ屋のフルーツタルトを出され、家までクラウンで送ってもらった。


 一ノ瀬家では先日の珍事を『一ノ瀬家事変』と呼びおれはレジェンド扱いされているらしいやめてください。


 突然怒鳴り込んできて娘だけならいざ知らず、目上であるご両親にまで暴言、説教をぶちかます息子の友人なんて、おれなら嫌だと思うけど。

 でも、なんかこの家族の空気で一ノ瀬みたいなぼんやりな性格が育まれてきたのか、と妙に納得もするんだよな。


 ……挙げ句の果てに送ってもらう車内でお父さんから、うちの娘を嫁に、等と恥ずかしげに言われ、今はお互い学業第一ですし娘さんのような素敵な方はおれにはもったいない、と丁寧に辞退申し上げました。

 親に言われてバッサリ断るなんて失礼なこと出来るかよおおお。


 ああ、でもそうなると、生涯付き合う相手になるのか、一ノ瀬と。

 ……義兄さんか、嫌だなあ。


 妹ちゃんはあちらの事務所と話し合い、中学を卒業するまではレッスン生として活動することになったそうだ。

 妹ちゃんが加入するとしたら、入れ替わりで戸田愛佳は卒業しているはずだ。


 ────おれはその頃何をしてるだろう。


 妹ちゃんや一ノ瀬みたいに具体的に将来の夢があるわけでもない。それでも出来れば、目標をもって歩いていたいと思う。


 同じ時代にいて夢を見せてくれる、一ノ瀬や愛佳たんたちに恥じないように。









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