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魔法使いの3つの約束  作者: うえのきくの
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万引き・3

 



 亀井が出した被害届により警察が捜査を始めたらしい。しばらくすると家宅捜索、任意同行などが行われるだろう。

 その前に、おれと一ノ瀬は亀井がもらった名刺の住所に忍び込んでいた。


「これって、不法侵入?」

「まあね。でも、まあ、弱者が立ち向かっていくにはこのくらいの反則技使わないと対等に戦えないし」


 何日か、ビルの前のファストフードで粘りながら見ていたら、そこは奴の会社しか使用しておらず、出入りしているのは名刺の男だけらしいということがわかった。

 ということは、そいつが出掛けた隙を見計らって侵入すれば、中を調べることができるということだ。


 おれの狙いはふたつ。動画や画像を警察が来るまでに削除できないようにすること。

 これさえしておけば、奴が警察の動向に気づいて証拠を隠滅することはできない。

 もうひとつは間違いなく奴が使うものに力を使い、まるっと自供してくれるよう、魔法をかけておくこと。時限爆弾みたいだな。


 証拠があっても、管理は他の人物がしているだの、頼まれただけなどと言い逃れされては、真実は葬られてしまう。

 あああああーー、おれ、こんな大事件に顔突っ込むような器じゃねーんだよ。

 大体、鈴鳴ってねえし。ペナルティ恐ええし。そのよくわかんない肩書きの男も恐ええ。

 でも、その恐さがあっても一ノ瀬の濡れ衣がそれで晴れるなら頑張れるような気がするんだよな。

 もちろん、自分の力を過信している訳じゃない。落とし穴はどこにでもあって、ぱっくり口を開けておれが落ちるのを待ってるかもしれない。

 だけど、一人じゃない。

 一ノ瀬が一緒にいてくれる。

 俺だけが一ノ瀬だけを守っている訳じゃない。おれが、一ノ瀬が走るところを見たいんだ。その邪魔をさせたくないだけなんだ。



「じゃあ、見張っててくれよな。行ってくるから」

「スマホ、バイブにしてあるか?」

「抜かりねえ」


 誰かが来たときの合図はコール一回分のバイブ。おれは、当然かかっている鍵を開け、中へと侵入した。

 パソコンは三台。もしかして、自宅やノートを持ち歩いているかもしれないけれど、まずはここのデータだけでも飛ばされなければ、十分証拠になるんじゃないか。

 一台いち台、データをロックしていった。

 あとは、何に自白を促す魔法をかけたら確実で効果的か、だけど。

 椅子やデスクでもいいけど、コップとかの方が確実だろうか。コップは紙コップのディスペンサーが見えたので念じようとしたその時。


 ブブブッッブブブッ


「……」


 マジかよ。さっき出ていったばかりじゃないか!

 おれは、机の下にさっと身を隠し、一ノ瀬のメールを見た。


『こんびにいっただけみたい  もどっときた』


 緊張感のないNO変換うっかり誤字メールは今に限って笑えない。


『絶対来るな 戻らなければ警察読んで』


 あああ、おれも凄い誤字メール送っちゃったよ!

 ってなこと言ってる場合じゃない!


 入り口からの死角になるところを探しながら逃げ道の経路を模索する。一番出口に近いデスクの影で、扉が開くのを待った。

 階段を上がる音が近づいてくる。なにもしていないのに上がる呼吸を押さえるのに必死だ。

 一ノ瀬はうまく隠れているだろうか……


「おい、てめえ。なにやってんだよ、こんなところで?!」

「なにって……えへ?」



 …………えへじゃねーよ。そいつじゃないけど、ほんとに何やってんだよてめえ!!


 男が引きずって事務所に連れてきたのは、まごうことなく一ノ瀬でした。


「何してんだって聞いてんだよ、このガキ!!」


 男が一ノ瀬を床に叩きつけた。あのバカ!どっか怪我したらどうすんだ!

 一ノ瀬は床を転がりながらそれでもヘラヘラとしている。どこか痛めてはいないようだ。

 おれのスマホが着信を告げる。なんだよ!こんな時に!

 相手も音をたてて動いているから気づかなかったようだが焦る。


『すきをみてにげろ おれはあいじょうぶ』


 捕まる前に打ったのか?

 愛が丈夫でどうすんだよ!という突っ込みもむなしく、一ノ瀬は床で引き倒された上から足に乗られてホールドされていた。

 全然大丈夫じゃないだろうが!

 ところがおれは一ノ瀬が次に放った言葉に目を剝いてしまった。


「ごめんなさいってー。俺、階段のチラシ見てきたんですー。男優募集って……AVとかでしょ?」


お ま え は ど こ ま で ば か だ !


 その場がひんやり固まったのを見て、これは解放されるだろうとホット胸を撫で下ろす。だって、いくら私服だとはいえ、一ノ瀬は学生にしか見えない。バカ言ってんな!で帰してくれるだろうと脱出ルートの再確認を始めたおれの耳にとんでもない台詞が飛び込んできた。


「俺んとこのは男同士専門なんだけど、お前、いいかも」


 お ま え も バ カ か !


「へえ……顔もいいしな、体も鍛えてんのか?」

「う……わ」


 服 の 上 か ら な で 回 す な !


「なあ……ちょっと、味見してもいい?」

「んな!」


 言うが早いか、男が一ノ瀬のシャツのボタンを引きちぎった。

 男は身長こそ一ノ瀬とどっこいだが、ウエイトははるかに重い。一ノ瀬の抵抗もどこまでもつだろう。

 そうこうしている間に、男は一ノ瀬のからだの上をずり上がり、今や腹の上に馬乗りになっている。

 男は上半身を倒し舌を伸ばす。それが一ノ瀬に触れるのを見ていられず、おれは後ろから飛びかかった。


「な……!なんだてめえは!」

「くっっ……」


 男の振り向き様に、おれの脇に相手の肘が入った。一瞬呼吸が止まり、尻餅をつく。

 男はゆらりと立ち上がり、おれに向かって歩いてきた。頬を殴られたと気づいたのは、遅れてきたしびれるような痛みが顔半分に広がったから。

 動けなくなったおれに、男は馬乗りになり思わず顎を上げてしまった首を易々と掴んだ。


「殺されてえのか!」


 完全に絞められた喉に、もう一刻の猶予もない。目の前が白くなり、おれはもがき苦しむ両手を、自分の首を閉める男の手にかけた。


「伸!!」


 バッと白かった視界に色が戻って、おれは自分の手を引っ込めた。からだが震える。苦しくて苦しくて目の際から涙がこぼれた。


「伸!しっかりしろ!!」


 一ノ瀬が男の後ろから引き剥がそうとしているのが見えた。びくともしなかったけど怯んだのか、一瞬喉に空気が入って遠ざかりそうだった意識が戻ってきた。

 一ノ瀬がおれを呼んだ。自分のいるところに呼び戻してくれた。死にそうだから恐かったんじゃない。

 物凄く大きな間違いを犯しそうになった自分が恐かったんだ。

 でも、もう間違えない。一ノ瀬が俺を呼んでくれたから。


 震える指に力を込め、ふたたび男の腕をつかむ。目を見開き男を睨み付けた。


 ────お願いだから、警察が来たら知ってることをみんな話してください。おれたちがここにきたことは忘れて。それから……しばらく眠っててください!!────


 思わず敬語。

 ぐぐっと指に力がこもり、次の瞬間にはぐにゃりと横に倒れ、眠ってしまった。おれは急に肺に入ってきた空気にむせ、さっきよりも涙が出た。


「大丈夫か!伸!!」

「げほっ……くはっ……だ、いじょうぶじゃねえよっ、何でお前入ってきてんだよ!」

「だ、だって、俺が気を引いてる間に伸が逃げられるかと思って……」

「だからって……げほっ、げえっ……」

「とにかく伸、ここ出よう?ビルの上の方で少し休もう?」


 おれは一ノ瀬に抱きかかえられるようにして部屋を出た。一ノ瀬はこのまま歩けないと判断して、ビルの上の方へおれを運んだ。

 二階上の廊下におれを寝かせると、走って階段を降りて行き戻ったときには冷えたペットボトルを持っていた。


「飲んで」


 キャップをはずしたボトルを持たせ、おれの上半身を起こしてくれる。ボトルの中身はただの水なのに物凄く美味しかった。


「まだ震えてる」


 一ノ瀬が立てた膝のなかに囲いこまれるように座らされた。シャツがはだけられ直接感じる暖かい体温に安心しながら、おれは震えが止まらなかった。


「恐かったよな……もう大丈夫だから」


 もたれていた広い胸がおれを包むように湾曲している。おれは定まらない指先で一ノ瀬のシャツを掴んだ。そうでもしないと恐くて叫びだしそうだったんだ。


「お、れ…………さっきあの男を、殺そうと、思った」

「……え」

「し……死ねばいいって……願いそうになった……」

「しん?」


 言いながらおれの声はみっともないくらいに歪んでいる。


「え、だって、それはしてはいけないって約束事なんだろ?」

「し、してはいけないのと、出来ないは、違う。おれにはそれができる……お、おれ、人を殺しそうに、な……」


 一ノ瀬がおれをしっかり抱き締めた。おれの手のひらもあいつのシャツを精一杯つかんでいる。

 涙が出た。もうなんだかわからないくらい、泣けてきた。


 あの男が憎かった。

 亀井の妹は被害にあっているかわからないけど、似たような年頃の子供たちを食いものにしていること。

 亀井がいい兄さんであることを利用して金を巻き上げていたこと。

 一ノ瀬に暴行しようとしたこと。本気かどうかは知らないけれど、おれを殺そうとしたこと。

 誰かをこんなに憎いと思った覚えがない。

 死ねばいい、と本気で思った。


 でも


 一ノ瀬があの時おれの名前を呼んで目を覚ましてくれた。憎しみにかられて、取り返しのつかないことをしてはいけない。

 おれのことを、正しい世界に連れ戻してくれた。


「大丈夫だ、伸。誰にでも間違えちゃうことはあるよ。でもお前は間違えなかった。それで大丈夫だよ」


 おれの髪を子供にするみたいに撫でながら、言い聞かせるように一ノ瀬が言う。

 一ノ瀬の背中にしがみつきながらおれは壊れたみたいに泣き続けた。





「良かったな」

「先輩たちのお陰です。ありがとうございました」


 男は逮捕され事務所は閉鎖された。亀井の妹の動画は、存在しなかった。

 妹と一緒のところを偶然見た男が、学校や住所を調べありもしない動画を餌に恐喝に及んだらしい。被害者は亀井だけではなかった。

 亀井の一件も学校側が事情を考慮してくれて、一ヶ月の構内清掃を言い渡されただけですんだ。それに関してはおれたちも先生たちに大分掛け合った。

 表面上は感謝してほしいのはここだけだ。


「(目に見えるところでは)何にもしてねえから、別にいいよ」

「いいえ……あの時警察に行って被害届を出せって言ってもらえて本当に良かった。」

「お前に勇気があったからだよ。妹ちゃんのことも、何でもなくて良かったし」


 例のビデオ屋も業務改善を余儀なくされたようだが、営業は続けている。たまに見かけると睨まれるけど、こちらの事情も警察から連絡してもらったから、わかってほしいなあ。



「それにしても、お前ら学校に任せておけって言ったよな?」

「……任せてましたけど?」

「嘘つけ。亀井がお前らに相談にのってもらったっていってたぞ」

「……まあ、先輩として常識内では」

「お前の場合、一般常識じゃねえだろ!」

「……」


 すっかり事件が片付いたある日の放課後。おれは、松島に捕まっていた。

 ……一般常識じゃないって……それはどういう?


「ほんとにお前見てるとひやひやするわ」

「……先生は……何か知ってるの?」

「……お前が人の注意を聞かない無鉄砲なやつってことか?」

「何で疑問形」

「それくらいしか知らないからだな。とにかく!面倒ごとに首を突っ込むな!」

「……はーい」

「あと、お前も一緒に校内清掃な」

「……っは?なんで!」

「わかってんだろ?そういうことだよ」


 ペ、ペナルティ……?


 なんなんだろう松島は。おれの力のことを知っているにしてはなんか、直接聞いてこないし。そもそもわかっちゃう奴が一ノ瀬の他にいるとも考えにくい。

 どうして知ってて、何で黙っているんだろう。




「それはお前、伸の力が弱くなったときに助けてくれる救世主なんじゃね?ゴールドレンジャー的な」

「知らねーよ、そんなの」

「バッカ、本気でピンチでどうしようもなくなると今までライバルキャラだった奴が急に変身して助けてくれんのはお約束だろう」


 日曜の朝のテレビを見すぎです。


 あの、古いマンションの廊下でおいおい泣いた日。一ノ瀬はおれを家まで送ってくれた。たまたま誰もいなかった家のキッチンにまさに勝手知ったる何とかで入り込み、ビニールと氷で即席氷のうを作って、顔にのせてくれた。

 そのときになって初めて男に殴られたことを思いだし、もう一度震えがきた。

 とにかく一ノ瀬はかいがいしく、首についた男の手形部分に湿布を貼り、コンビニでスポーツドリンクや冷えピタを買ってきて枕元におき、熱が出るかもしれないからと布団でぐるぐる巻きにして俺が眠るまでそばにいてくれた。

 起きたらもう一ノ瀬はいなくて、帰ってきていた母親に聞いたら、『ずっとそばについていてくれたみたいで、夕飯一緒にって誘ったんだけど、失礼しますって帰ってたのよ。礼儀正しい格好いい子だったわねー』としきりに誉めていた。


 しばらくは、なんかこっ恥ずかしくて、顔をあわせてもなにも言えなかった。

 だって、だってさあ。いくら非日常的な恐怖の後とはいえ、男の胸でおいおい泣くってどうよ?

 しかも向こうはだけてるし

 それなのに向こうはおれの気持ちなんてまるで無視でいつもの通りになついてきた。

 

 今思えば、完全に無視、だったわけじゃなくて、よくわかってくれたのかもしれない。

 人の運命を、一生を、完全に変えてしまうかもしれない力を自分が持っていることに初めて気がついた戸惑いや恐怖を。


 あいつなりに一緒に戦ってくれているのか。

 憎しみとか恨みとか、マイナスの感情が攻撃に向いてしまいそうなとき。例えばなにかを守るために誰かを犠牲にしようなんて考えるとき。

 最後には自分で自分に打ち勝たなきゃいけないんだけど、そのそばに、今は一ノ瀬がいてくれる。

 あの、どこまでもまっすぐで人を疑わない優しい男が、間違いそうな時には名前を呼んでくれる。きっと。


「俺がゴールドになれたらよかったんだけどなー」

「まだ言ってんのか?」

「えー、だって俺結局手伝うなんて言ってなんも出来ないからさー」

「そんなことないよ、充分。」


 一緒にいた時間はこんなに少ないのに、もう十分俺は一ノ瀬に頼ってる。

 どうしてだろう無条件に安心する。

 本当はあの時一ノ瀬が来てくれてどんなに心強かったか。

 調子に乗るから、言わないけどな。


「ゴールドが駄目ならブラックでもいいや」

「……俺は一ノ瀬がいいよ」

「え、何?なんて?」

「なんでもねえよ」


 一ノ瀬が一ノ瀬なら、おれはいつでも頑張れる気がした。これって、すげえことだと思う。




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