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魔法使いの3つの約束  作者: うえのきくの
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万引き・2

 


「問題はあの制服男が誰か、だよな。」


 おれたちはその事を松島に話した。何しろ学年も名前もわからない。一瞬ぶつかっただけの男を300人超えの男子生徒の中から探しだすのは容易ではない。

 松島がとりあえず校門で見張ってみることにしたおれたちに付き合ってくれることになった。何かあっては困るのだろう。


「いないなぁ」

「だなー……」

「どんな感じの生徒だったんだ?」

「うーん、背格好は一ノ瀬かなぁ、痩せぎみだったけど。髪の色も似てる。ただ、もう少し色が白くてキツい顔立ちだったなぁ。」

「見ればわかるか?」

「たぶんね。」


 結局その日、その生徒は登校してこなかった。つまり。今日登校しなかった者の中にそいつがいるってことだ。恐らく数人に絞れるだろう。

 もしかしていきなり一人にぶち当たるかもしれない。確認のために呼ばれるまでは松島にお任せしようとおれたちは決めた。


「しかしさあ、なんであんなえげつないのだったんだろうね?」

「うん」


 そこはおれも気になっていたところだったんだ。今時あんなDVD、ネットで買えば恥ずかしいこともない。高校生のバイト代で買えないほどの代物でもないはずだ。

 わざわざ学校の近くの店で万引きなんて危ない方法で手に入れようとするものだろうか?

 転売目的ならもっとポピュラーな方が売りやすいのではないだろうか。欲しがる人だって多い方が買い手もつきやすいと思う。

 自分で見るためじゃない、転売でもない。そして常習者である。

 ──何が目的なんだ?


 3日が経った。

 3日間休んでいるのはひとりだけだそうだ。ソイツが例の男で間違いないだろう。おれと一ノ瀬は松島に呼ばれた。近日中にそいつの担任が家庭訪問をするらしい。

 その前に学生名簿の写真で確認してほしいといわれたのだ。


「………」

「どうなんだ?伊澤」

「いや……彼です、彼に間違いないんですけど……」


 まるで別人なのだ、先日一ノ瀬にぶつかった男と、この写真の奴。俺が見たのは青白く、線の細い虚ろな男。でもこの写真ではハキハキとした明るい少年に見える。

 この生徒は1年生。たったひと月で、何が彼をあんなに変えてしまったのだろう。


「彼は、具合でも悪かったんですか?」

「いや?そういった報告はない。ただ入学してからこのかた日に日に顔色は優れなくなったそうだ。健康診断の結果も良好だったから特には心配もしていなかったようだが」

「それにしても」


 あんなに細いのに、かなりの勢いで走り一ノ瀬を吹っ飛ばす。その時一瞬見えた彼はそれこそ死人のような顔をしていた。

 病的な容貌と何か狂気に近い意志。

 その際どさが、この写真の彼からは見えない。


 おれは首を捻るがこの写真はなにも教えてくれない。


「ねえ、先生。この子におれたち会うことはできる?」

「や、それはどうかな」

「同じ学校に通う仲間としてさあ、相談に乗るって言うんじゃないけど。悩みがあるなら先生より話しやすいかもしれないじゃん」


 松島は眉間にシワを寄せて考えている。頼む、いいって言ってくれ。

 おれは、腹が立っていた。もっと言うと怒り狂っていた。

 その、1年の生徒がぶつかった日から自分の中にある激しい感情に振り回されないよう押さえつけているのは至難の技だった。

 なんでみんなして一ノ瀬を陥れようとするのだろう。今問題が起こったらこいつの高校生活はがらりと色を変えてしまう。

 自分がしたことの償いならばいい。

 でも、みんな逆恨みだの、冤罪だの。こいつがどんなに頑張っているのかを知らないんだ、知らないからみんな自分の都合で人のいいこの男になすりつけようとするんだ。

 誰かを守れるなんて、おこがましいことは考えていない。誰しもがみな、自分の力で自分を守らなければいけない。

「君を守るよ」なんていう歌の歌詞を聞くたびに首をかしげてしまう。24時間365日そばにいてあらゆる不都合から誰かを守ろうと言うのだろうか。

 それが例え出来たとして、それで守られている方は幸せなのだろうか。

 きっと違う。それは、エゴだ。

 みんなみんな、自分の人生を自分の力で漕いでいくのだ。時には支えも必要だし、協力は不可欠だ。

 でも、誰かの腕に守られて、転んだり間違ったりすることからガードしてもらうなんてとんでもないことだ。


 一ノ瀬を甘やかして悪意から守ろうとしているわけではない。おれの事情を知っている仲間として一緒に闘っているのだと思う。

 きっとおれが同じ立場になった時、あいつも闘ってくれると信じている。

 何でだろう。自然とそう思えるのはやはり、生涯付き合っていける友人だと、おれが知っているからなんだろうか。


「一度、先生たちが面談するから。それから考えよう。もし、必要なときは相談に乗ってやってくれ。」

「……わかりました。」




「なあ、伸。お前、そいつに会ってなんの話するつもりだったんだよ?」


 部活にいく一ノ瀬と一緒にグラウンドまで出た。ならんで歩きながら奴に聞かれた。

 不思議と一ノ瀬の声はささくれだった気持ちを宥めてくれるような気になる。

 自分の中の押さえ込めないような煮えたぎる思いも、すうっと安らぐ感じがする。


「……本当のことを言えば、よくわからない。だけど、まずあんなもの盗んだ理由が知りたかった。

 あの、入学してすぐの顔、見ただろ?どう見てもあんなDVD見るような、ましてやそれを万引きしたりするような奴には見えなかった。

 お前は、とっさのことで顔なんか見えなかったと思うけど、本当に別人だったんだ。やつれて、虚ろで、でも目だけはギラギラしてて。何かあるような気がしたんだ。

 ……それとは別に、お前に擦り付けようとしたことが、許せなかった。どんな理由があったって、それは、ダメだ。」

「……そっか。あー、ありがと。でも、俺は大丈夫だよ?取り合えず俺じゃないって信じてもらえたし。な?」

「……」


 おれは、無言で頷いた。

 お人好し。おればっかり怒って、馬鹿みたいじゃないか。

 でも、そこがこいつのいいところだっていうことも、もう知っている。人を疑ったりしない、真っ直ぐな優しいやつ。

 ……なんだそれ。

 2年の時の記憶はないのに、ここ数週間でそこまで理解するって、どういうことなんだろうな。


 部活に行く一ノ瀬を見送ると、おれは図書室に寄った。

 何となく帰りたくなかった。図書室からはグラウンドがよく見えた。やっぱり野太い声がこだましている。

 いつもなら、キリリと髪を結った女の子達に目を奪われるのに、今日は走る一ノ瀬から目が離せなかった。

 オレンジが濃くなる太陽を浴びて走る。時々チームのやつらと笑いあう。

 悔しそうな顔、嬉しそうな顔。そのコロコロと変わる表情を、おれは確かに見ていたはずなのに。


 夕日に染まっていくグラウンドを見下ろしながら、心か頭か、どこかに引っ掛かって思い出せない記憶と格闘しているうちに閉館時間になってしまった。

 気がつけば野太い声も聞こえなくなり、校庭は静かになっていた。

 おれも帰り支度をして外に出た。一ノ瀬じゃないけれど、さすがに腹が減った。

 帰りにコンビニにでもよっていこうかと歩き出したおれの背中から、声もかけずにタックルをかますアホ。


「しーんーーー!一緒帰ろうぜええーー!」

「……んの、ドアホ!!急に飛びかかってくるな!」

「ゴメンゴメン。な、なんか食って帰ろーよー」


 はあ、死ぬかと思ったぜ、ほんとに。

 まあ、腹が減っていたのはおれもなので、一緒にファストフードにでも寄っていこうかと、駅までの道を行く。

 ふと、ある家の庭先に、見覚えのある横顔が見えた。


「……」


 アイツだ。あの、一ノ瀬に濡れ衣を着せようとした1年野郎。その家の庭で垣根の向こうからチラチラと顔が見え隠れする。

 こんなところに住んでたのか。あのビデオ屋からそう離れていないじゃないか。一端収まった怒りが再び爆発しそうになった。

 だって、アイツは笑っていたんだ。一ノ瀬は笑えなくなったかもしれないのに。


「……一ノ瀬、アイツだ。お前にぶつかった奴。」

「へ?そうなの?」


 一言、言ってやらなきゃ気がすまない。おれはズンズンとその家に向かって歩いていく。

 おれの胸くらいの垣根の向こうを睨み付け、怒鳴ってやろうと息を吸い込んだその声は、発せられることなく腹の中に落ちていった。


 だってそいつが垣根よりも小さい女の子と、ボールを投げ合って遊んでいたのだから。






「お前さ、どういうつもりなわけ?自分が何したかわかってんの?」


 討ち入りに失敗したおれたちは、なぜかそのあと庭に出てきたそいつの母親に見つかって、お友だちが来てくれたと勘違いされ、歓待され。

 今はそいつの部屋に通され、お茶とお菓子を振る舞われているという間抜けな状況な訳で。


「伸、あんまり大きい声出すとお母さんにも聞こえちゃうから。まだ先生、来てないんだろ?」

「……はい。」

「お前だってなんかいってやれよ!万引き犯にされるところだったんだぞ!」

「それは……すいませんでした。」

「うん、もういいんだけど、なんでそんなことしたのかな?あんなDVDが欲しかったの?」

「ま、まさか!」


 よくねーよ、心で突っ込んでみたものの頭に血が上っちゃってうまく言葉にならない。おれってもう少しクールな奴だと思ってたんだけどなあ。


「………言えよ。おれたちならお前の力になれる。先生も警察もできねー方法で力になる。」

「……」

「言っとくけどお前のためじゃねーぞ。犯人がわかんなきゃ、こいつの容疑が晴れねーんだ。」

「オレ……」

「ん、言ってみ?信じろ」


 そいつは固く握りしめた手を膝の上におき、唇を噛んでいた。そして一気に顔をあげるとおれと一ノ瀬を見て、ガバッと頭を下げた。


「おおうっ!」

「……た……助けてください……!」


 おれと一ノ瀬で目を見交わす。任せろ、お互いの目がそう言っていた。



「3週間くらい前、学校から帰るとき呼び止められて。そいつ、オレの名前も学校も知ってて。それで……それで、妹の動画を持ってるって……店で売ってるのをお前の親に見せたらびっくりするよねー、って」

「な……」

「外に出したら、どうなるだろうなあって、お、脅されて……」

「金か?」

「………」


 無言でうなずいた。

 あったまキタ。なんだよそれ、あんな小さい子を巻き込んで何が楽しいってんだよ!?


「小遣いとか、本やゲーム売ったりしたお金はすぐ底尽きちゃって、そしたら本当に妹のDVDがあるんなら、探せばいいんじゃないかって思って。万引きして、ネカフェで見て、違ったら売って、それで……」

「もういい、わかった。」

「オレ、気持ち悪くなっちゃって……怖くて……眠れないし、飯も食えなくて……」

「もういい!大丈夫だ、おれたちが何とかするから!」


 青い顔、小刻みに震えるからだ。ひとりでそんな秘密を抱えたんじゃ、そら、病的にやつれるわ。


 鈴の音は聞こえなかったけど、オレはそいつの頭に手をのせた。忘れてもらっちゃ困るけど、せめて今日、ゆっくりと休めるように強く願った。


 一ノ瀬と帰りに寄ったハンバーガー屋でなぜかおれだけピクルスが10枚ぐらい入っていたのがペナルティーかと思えば、まあ……いいことにしよう。





 とは言ったもののおれたちに出きることなんて限られてんだよな。

 その少ない選択のなかでいかに効果的な攻撃ができるかっていうのが今回のツボ。しかも、鈴の音はまだ聞こえてこないしね。


「で、何をどうしたらいいわけ?」


 作戦会議の名のもとにおれと一ノ瀬、それに件のあいつ、亀井がテーブルを囲む。場所は亀井の家。登校拒否を続ける後輩を励まし学校へ誘う優しい先輩作戦だ。

 学校から亀井が呼び出しを食らってからじゃ遅い。今だ対応に迷いを見せる学校を出し抜いて先手を打つ。


「要は、そのDVDを持ってるってやつを引きずり出したい。そして妹ちゃんの動画が存在するのかしないのかを探る。あとは、警察に任せる。でもなあ」

「ん?」

「2年くらいの懲役にしかならないみたいなんだよな」

「そんなもんかー」


 本当に理不尽だ。何年経ったって、恐い思いをした人の記憶が薄まるわけないじゃん。

 そっちのケアはあんまりしてくんないのに悪いことした人だけ税金でご飯食べさせるって、どうかね?


「ねえ、金の受け渡しってどうやってたの?」

「えっと……連絡が来て、場所と金額を伝えられて、金作って持っていってました」

「相手の会社の場所とかは?知ってる?」

「名刺を……あ、これです」


 名刺にはここから近い住所が記されていた。


「ここは潰したいよな……」


 映像クリエーターとか嘘臭い。

 それにしても、なるべくおれたちが動かないで、妹ちゃんや亀井やその家族にダメージが少ないってどんな方法が……


「亀井、お前まず警察行け。ご両親と妹連れて」

「え……」

「え、伸。ちょっと……」

「うん。少し乱暴なんだけど、やっぱりご両親が知らなくていい話じゃないんだよな、これって。だって、娘の危機だぜ?なにも知らないで兄貴の方だけが色々犠牲にしていたなんて、後から聞かされてみろ」

「それは……」


 そうなんだよな。最初っからそうするべきだったんだ。

 ぶっちゃけ、実際に動画が存在していたとしたら、流出は避けられないだろう。ネットに乗っちゃったら誰の手に渡るかもわからない。

 ただ、救いは彼女がまだ四歳児だっていうこと。そのときの恐怖ももしかしたら覚えていないかもしれないし、顔形はどんどん変わっていく。


「まずは、恐喝の被害届を出せ。それから、万引きの件を話して妹の話に繋げろ。親御さんに話すのはそのときでいい。事前に話して混乱しても悪いから。大体あそこの店だって、法に引っ掛かるようなもん扱ってんだから、少しは痛い目見てくんなきゃ」

「それで?」

「うん。あとは、このなんちゃらクリエーターの方なんだけど、聴取されてもしらばっくれる可能性もある。そこでなんだけど……」


 おれたちは頭を付き合わせて話し合った。亀井はオレの事情を知らないわけだからそこはぼかして話したけれど、一ノ瀬にはわかったみたいだ。







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