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魔法使いの3つの約束  作者: うえのきくの
4/17

万引き・1

 


「うわああーーー……腹へった……」

「お前、昼に弁当の他にパンも食ってなかったっけ?」

「はあっ?今何時だと思ってんの?」


 4時30分である。


 今日は珍しく一ノ瀬の部活は休みなんだそうだ。

 なんでも顧問が出張だそうで陸上部のやつらはこの世の春とばかりに放課後の町に繰り出していった。

 一ノ瀬はいつもならそんなときも一人で走る。だれもいない校庭を一人で流しているのを時々見かける。

 今日は珍しく帰ろうとするおれの後ろについて「俺も帰る!」と言った。


 校門を出て少し歩いていると後ろから名前を呼ばれた。振り替えると担任の松島だ。

 他の人にバレるなんて事はまずないと思うんだけど、この間変なこと言われたしなあ。ちょっと警戒したい人リストだ。

 もしかして子供の時「今日から魔法使いだ」って言ったおじいさんかと思ったんだけど、彼はそのときでも結構なおじいさんだった。どう考えても松島ではない。


「今帰りか?一ノ瀬は部活ないなんてめずらしいな。」

「はあ、小山田センセー、出張で。」

「そうか。……伊澤はクラスが違うのに最近よく一緒にいるな。」

「えーーっと……」


 そうなのだ。クラスのやつらにも時々言われるのだけれど、おれたちにこれまで接点なんてなかった。答えに迷っていると一ノ瀬が笑った。


「俺たち2年の時体育の授業が一緒だったんですよ。それで少し話すようになって、な?」

「あ?ああ。」


 松島がチラリと時計を見た。急いでいたのか駅の方へ向かって行った。


「そうかー、あんまり遅くまで寄り道すんなよー?」


 はーい、と明るく返事をする一ノ瀬を見て、そうだっけ?と首を捻る。まあ、体育の時間なんて週に2時間位だ。覚えていなくてもしかたない、か。

 体育の授業は2クラス分の生徒と合同で行う。2年時、おれはD組で一ノ瀬のクラスとの組み合わせだった、らしい。おれとしては男ばっか2クラス集めてさらにむさ苦しくなるより、同じクラスの女子と一緒に授業した方がはるかに意欲がわいたと思うんだけど。


「お前、全然覚えてなかっただろー?」

「……わり。お前C組だったっけ?」

「そーだよー!」


 プンスカ怒っている一ノ瀬に、ハンバーガー買ってやるとなだめるとすぐご機嫌になった。単純なやつだ。

 それにしても全く覚えていなかった。

 あれだけ速くきれいに走るやつが一緒なら、忘れる方が難しいと思うんだけど。



 どこのハンバーガーにしようかなー、とウキウキしている一ノ瀬には悪いが今日は寄るところがある。


「本屋寄るけどどうする?どっかで待ってるか?」

「一緒いくーー。」


 一ノ瀬と本。あまりしっくり来ない。やっぱりこいつは夕暮れのグランドで頭のてっぺんから汗をかいて走っている方が似合っている。


 ヘラヘラと隣を歩く男を見て、ため息をついた。


「何よ、伸。」

「いや、文系もヤバイんだから、お前も少し本を読め。」

「ええーー!?俺だって読むよおー?」


 へえ、意外だ。一ノ瀬が読む本に少し興味がある。


「……なに?どんなの読んでんの?」

「ん?少年マ○ジンとか、ジャ○プとか」

「漫画じゃねーか」


 そうは言うけど結構感動したりするんだぜー、一ノ瀬がブウブウと反論し始めた時、向かいから同じ制服を来た男が全速力で走ってくるのが見えた。

 ぶつかる、身構えるとおれの事はスッと避け思いきり一ノ瀬にぶつかった。


「ってええ!!」

「だ、大丈夫か?!」


 振り向くとぶつかった男はもう角を曲がってしまった。顔は……たぶん見たことはない。


「なんだよあいつー……」


 制服の砂をはたき一ノ瀬が立ち上がるのを手伝った。


「待てえーーーー!!」


 制服の男が来た方から少し年上に見える男が走ってきた。そして俺たちを見るとさらに凄い勢いで走りよる。

 何するんだ、言う暇もなく男は立ち上がったばかりの一ノ瀬をねじ伏せると馬乗りになり息も荒く叫んだ。


「やっと捕まえたぞ、この野郎!!警察に突き出してやる!」


 人はビックリすると声もでないもんなんだなあ、とか、感心している場合じゃない。驚いたのはおれもだけど、男に馬乗りにされている一ノ瀬はなおさらだ。

 ポカンと相手の男を見上げ「何なのこの人」と呟いた。


「あの、どういうことだか説明していただけませんか?彼も僕もあなたに責められる心当たりがないんですが。」


 怒りで顔を真っ赤にして男が声を荒らげる。


「こっ、心当たりがないだとお……澄ました顔しやがってっ!お前だろっ、こんな髪の色だった!こんなバッグ持ってた!」


 落ち着いて、とかそういうのが逆効果なのはわかった。とりあえず言う通りにしておくのが一番だろう。


「……わかりました。警察でもどこへでもいきます。でも僕らには本当に心当たりがありませんよ?あなたも彼にそんな暴力を振るえるだけの証拠はあるんでしょうね?」

「……ぼ、防犯ビデオがあるっ!警察に持っていけば、す、すぐわかる!」

「防犯ビデオ……万引きかなにかですか?」

「とぼけんな!!いつもいつも、うまいこと逃げられると思ったら大間違いだからなっ!!」


 アイツか。つい今しがたここで一ノ瀬にぶつかった同じ制服の男。


「カバンを見せろ!盗ったもん、入ってんだろっ!」


 そういう展開ですか、ここでやっとわかった。おれの持っているのはいわゆるスクールバッグ型の、つまりいれ口がファスナーで閉まっているもの。一ノ瀬のは……


「ほら、あるじゃないか!!」


 トートバッグ型。当然、いれ口はぱっくり口を開けている。


 男が一ノ瀬のバッグから引きずり出したのは完全に法律に引っ掛かりそうな、小さい女の子が写っているDVD。

 表紙はまだいいが恐らく中身は吐き気がするような画像の羅列なのだろう。まあ、よりにもよって、こんなマニアックなもの。


 ふう、と息を吐く。同時に鈴の音が聞こえた。

すこんと抜ける初夏の空にコロコロと鳴る鈴の音。

そりゃ、そうだよな。ここは何とかしないとな。


「さっき、僕らと同じ制服を来た男子生徒とここでぶつかりました。あそこのカフェのオープン席にいる人はその時からいますから聞いてみてください。万引きは立派な犯罪です。明日学校で先生を通してその生徒を見つけます、必ず。それから、ここに来る直前、僕らの学校の教師と一緒でした。彼は別れ際時計を見ています。あなたのお店で万引きができる時間はなかったことを証明してくれると思います。もうひとつ、彼はこのDVDにはまるで用はない。一ノ瀬、生徒手帳かして?」


 一ノ瀬はまだ男にのし掛かられたまま、男がわし掴む自分のバッグから手帳を取り出した。


「何すんだよ?」

「いいから、貸してみ?」


 手帳を手で挟む。目を閉じて少し笑った。自分の思い付きに、笑ってしまった。


 この人だって悪気はないんだよなあ……法には触れてっけど。仕事熱心なだけで……法には触れてっけど。

 こんな方法なら、みんな笑って誤解をとけるんじゃないかなあ?……一ノ瀬以外はな。


 目を開ける、手帳のあるページを開き男に見せる。


「ね?この人こういう趣味だからこんなDVDに全く用事がないんですよ。」

「………」


 男が目を丸くして手帳と一ノ瀬を交互に見る。


「て、転売の可能性だってあるだろうが……」

「まあ、これは彼に必要がないという証明です。でも先程の証人に聞いていただければ、少なくても今日、僕らにはDVDを盗むことが無理だということはわかっていただけると思います。」


 それに、と男に聞こえるように小さく囁く。実際、警察沙汰になんかしたらあなたも困るんでしょう? と。


「僕らは潔白ですから今110番通報しても構いませんよ?」


 と、携帯を出して見せた。男はあわてて一ノ瀬の腹からどき「必ず犯人、見つけてくれるんだろうな!」と凄んだ。当たり前だ、このまま誤解されていては面白くない。


「もちろんです。僕は桜が丘高校3年の伊澤です。彼は一ノ瀬。お店の方は僕らは入っちゃ不味いんでしょうから、学校の方から必ず連絡をいれてもらうようにしますから。」


 とっておきの優等生スマイルで男に笑いかけ、店の電話番号を携帯に登録する。そして今日2度目の一ノ瀬を起こす手伝いをし、その場から離れた。


「伸、お前俺の生徒手帳に何したんだよ。」

「んーー?こう、圧倒的な説得力と脱力を兼ね備えた会心の一枚を挟んどいた。」


 一ノ瀬が恐る恐る開いた手帳には三○明宏の写真を1枚。しかも写真編集アプリでハートをいっぱい飛ばした風のすんごいのを。


「熟女好き設定の上に性別まで超越か」

「バッカ、あの人が日本で一番エレガントなんだぞ」


 うん、狙った通りの脱力加減。

 いいじゃん、助かったんだし。これ見たときのあの男の顔、すげえ面白かったし。






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