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魔法使いの3つの約束  作者: うえのきくの
3/17

カンニング・2

 


「一ノ瀬、お前、葛西に恨まれるようなことしてないか?」

「はあっ?俺?ないないない。だって接点もないもん。話したこともほとんどないし、クラスも違うし。」

「そうだよな。でも、向こうには理由があった。」


 あったはずだ。恐らく間違いとわかって答案を写すことで一ノ瀬にカンニングの濡れ衣を着せ退学に追い込もうとしていたはずだ。

 ただ、そこまで憎まれるようなことをこの男に出来るのか。


 たった数週間だ。一ノ瀬と話すようになってからそんなに時間はたってない。

 でも、何となくわかる。こいつは、ひとの嫌がることはしない。おれの力のことを知っても、それを乱用させようとはしない。『手伝いたい』と言ってくれたのは興味本意などではなかったはずだ。

 この短い時間でどうしてここまで信用できるのかはわからない。でも、そうなのだ。こいつは信じられる。


「うーん、例えば葛西本人にでなくても、家族親戚とか、友達とか彼女とか。なにか間違ってでもからかったとか、怪我させたとか。」

「………心当たりがない。俺、恨まれてたのか?葛西に。」

「……」


 しまった。嫌だよなこんなこと。あまりよく知らないやつから恨まれてたかもしれないないなんてことを追及されるのなんか。

 生きてりゃ誰かに迷惑かけたり嫌われたりすることがあるのは当たり前だ。でも、そんなこといちいち気にして生きちゃいられない。

 ましてやこんな素直ないいヤツにそれは酷だった。


「違うかもしれないよ。ただ、秀才が追試なんて受けなきゃいけなくて焦ってたのかも。ごめんな、変なこと言って。」

「いや……だいじょぶ。俺、部活いってくる。」


 少し肩を落として一ノ瀬がグランドに向かって出ていった。おれは少し後悔していた。うかつにそんなこと本人に聞くべきではなかった。

 ……でも、許せなかった。もし、本当に葛西が一ノ瀬を陥れようとしたんだとして。そこにはきっと理由があるはずだ。

 だけどどんな理由だったとしても、それが人の夢まで奪うものであっていいはずがない。

 ここで停学を喰らえばきっと夏の大会には出られない。それが終われば3年は引退だ。最後の夏なのだ。

 それを、奪ってしまうなんて。

 鈴は鳴らない。ここはおれだけの力でなんとかしなくてはならないのだ。

 立ちすくんだ廊下から一歩踏み出した。



 次の日おれは、B組にいた。前に一緒のクラスだったヤツに話を聞こうと思ったからだ。


「おーす。天才葛西、停学だって?」

「おー、伊澤。そうそう、びっくりだよねー。」

「ところでなんで、本番の方ダメだったの?葛西。」

「あーーー、何でもあいつ外部受験するらしくって、なにがなんでも1番とるってすげえ気迫でさあ。どうも頑張りすぎて熱出しちゃったみたいで。それでもテスト受けたんだけど、途中でぶっ倒れちゃったんだよねー。」

「テスト中に?」

「うん。ビックリしたあ、倒れる人とか始めてみたもん、俺。」

「へー、それで?」

「その日は家の人が迎えに来てくれて帰ったんだけど、なんかそれから落ち込んでるよ。そこに来てこの停学でしょ?ヤバイよねー。」


 外部の大学を受験するのが大変だと話には聞いていたが、そんなにか。やっぱりそれから来るプレッシャーで前後不覚になった、って言うことなのか?


「里見も、今回振るわなかったしねー。B組のツートップがガタガタと来れば先生も青くなるよねー。」

「里見?」

「そう、葛西といつも1、2を争う里見(サトミ)柚子(ユズコ)。あの子も今回イマイチだったみたい。追試には呼ばれなかったけど。」

「ふうん……」


 葛西と、里見柚子。里見……里見……。

 ああ。1年の時同じクラスだった。小柄で可愛らしい感じの女の子だ。彼女もなにか関係があるのか?


「里見は何で調子悪かったんだ?」

「なんかさあ、女子が言ってたんだけど振られたらしいぜ。」

「失恋、か。」

「葛西はたぶん、里見のことが好きなんだけどなあ、うまいこと秀才カップルっつー訳にはいかねんだよな。」

「里見振ったのは誰だかわかる?」

「いんや、わかんね。」

「そっか、サンキューな。」

「ああ。ほら、里見来た。」


 里見柚子は1年の頃とあまり変わった印象はなかった。小柄で可愛らしい。でも、頭は切れてテストではいつもかなわなかった。


 その瞬間をおれは見逃さなかった。里見が葛西の机をじっと見る。その横を通りすぎるとき、そっとその手は机を撫でた。

 それは、どういう意味?


「里見、ちょっと話聞かせてくれない?」




 その日は葛西の停学が溶ける日だ。来るだろうか。きっと来る。

 朝、少し早いB組の教室でおれは葛西を待った。


 がららら……

 ドアが開き葛西が姿を見せる。同じクラスの奴からメアドを聞いて夕べ連絡しておいた。

『話したいことがある。a.m.7:30、B組の教室で待っている』と。

 葛西は教室にいたおれと一ノ瀬を見て少し怯んだかおをした。


「一ノ瀬……悪かったな。俺、どうかしてたんだ。」

「や……間違ってたんだし、別に……」


 これで終わりでも、本当はいいんだ。だから鈴は鳴らない。全てが明るみに出ても、お互いが傷つくだけかもしれない。それでもおれは知っててほしかった。


「よくないよ、一ノ瀬。ヘタすればお前が停学になってたんだ。夏の大会にも出られなかったかもしれないんだぞ。」

「……それは」

「葛西は間違ってるってわかっててカンニングしたんだろ?それで隣同士の一ノ瀬と葛西の答えが一字一句同じで間違っていたら、当然疑われるのは一ノ瀬だっていうことも予想していた。何のために?もちろん、一ノ瀬を退学させるためだ。」

「はあっ?お前何いってんの!ごめん葛西、こいつちょっと頭に血い登ったみたいで……」


 慌てて俺の腕をつかみ止めようとする一ノ瀬に構わず、おれは捲し立てる。


「昨日、里見に話を聞いたよ。」


 葛西が明らかに顔色を変える。


「里見……ってなんの話?」

「一ノ瀬、お前春休み中にB組の里見から告白されたな。」

「は……なに?なんでそれ……」

「そしてそれを断った。その現場を、葛西は偶然見ていた。」

「………」

「残された里見に、葛西は声をかけたね?そしたら彼女は何て言った?」


 苦々しく葛西が俺を見る。でも構わない。


「……言わなければよかった。もう、一ノ瀬くんに会えない、そう彼女は言ったんだ。葛西は追試会場で一ノ瀬を見たとき、その上席が近かったことがわかったときこの計画を思い付いた。一ノ瀬が反省の色を見せなければ、退学だってあり得ると踏んだんだ。」

「……そんな」

「成功すれば、当然一ノ瀬には心当たりがないから反省はおろか認めることさえしないだろう。そうすれば悪質であると判断されて退学になるかもしれない。そうなれば、里見は一ノ瀬の顔を二度と見なくてすむ。でも、葛西は間違えた。里見がそんなこと喜ぶはずないだろ?自分が変なこと言ったばっかりに葛西が辛い思いをしているって気にしてたぞ。」

「……うそ」

「本当。今度あったら……って今日会うよな。ちゃんと話せよ?」

「俺、ごめん、一ノ瀬、本当に……」

「もういいよ、葛西の気持ちがわかってよかった。」

「おれも嫌なこと一杯言っちゃって悪かった。仲直りに握手しよう。」


 おれは差し出した手で葛西のそれをしっかり握った。じっと見つめ、念じた。



「おはよー」

「おいーーーっすう」

「おはよう」


 ベランダに出て外を見る。初夏を思わせる爽やかな朝だ。

 生徒たちが次々登校してくるなか、流れとは逆に中庭に向かっていく二人を見つける。

 男が女の子の手を握り足早に消えていった。


「お、さすが葛西。やるときはやるね。」

「え、葛西と……里見?なんで?」

「さあ、なんでだろうね?」

「……伸、お前さっき何かしたのか?」

「何を?」

「何って……」


 一ノ瀬もたまには鋭いね。そう、さっきおれは葛西の手を掴み魔法をかけた。

『本当のことを里見に打ち明けろ。勇気を出せ。後悔なんてつまんないぜ?』ってね。

 隣で一ノ瀬はまだ納得していない顔をしている。いいんだ、葛西が里見を好きだなんて言うのはたまたま耳にしただけだ。

 休日に二人きりで会っていたところを目撃でもしたらその時に惜しいことをしたと悔しがればいい。


「ところで一ノ瀬はなんで里見断っちゃったの?ちっさくてかわいいのに。」

「ん……俺は……他に好きなやつがいて……」


 へえ、顔赤くしちゃって、かわいいの。こいつがそんな顔する娘って、どんなんだろうなあ。


「どんな子?どんな子ー?」

「うーーーー……優しくて……俺の恩人」

「恩人」

「すっげえヤバイときに、助けてもらったんだ」


 一ノ瀬が真っ赤な顔でおれを見た。チャラチャラと女の子の話しはするくせに、マジな話になると赤くなるなんて、ちょっとギャップ激しい。


「おーい、お前ら。恋バナもいいが、チャイムなったぞ。一ノ瀬は教室戻れー。」

「うわ、やっべ。」


 あわてて飛び出した一ノ瀬とすれ違うように横に来たうちの担任、松島が小さい声で話しかけた。


「お前もひとの恋路に首突っ込んでる暇あったら、自分の事考えろよ?」

「はーい……」


 自席につきながら考える。松島が言ったのは、一ノ瀬の恋路のこと、だよなあ。おれ、まだ首突っ込んでないんだけど。……葛西と里見のこと、なわけないよなあ。


 だがしかし、おれはその日の昼、年長者の忠告はありがたく受けとらなければならないと学んだ。

 二段重ねの弁当の二段ともが白米だったのは、首を突っ込んだペナルティに違いないと確信したからだ。






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