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魔法使いの3つの約束  作者: うえのきくの
2/17

カンニング・1

 


 新学期になった。

 おれは3年C組、一ノ瀬はA組になった。ほとんどの生徒が内部受験をするため、高3というスリリングな時期もなんだかのんびりしている。


 ところがおれは新学期早々、大変戦慄的な体験をする。

 一ノ瀬に秘密を打ち明けた翌日、とんでもない腹痛に襲われた。入学式の手伝いもあったのでなんとか学校に行かなくてはと着替えたものの、一歩も歩けなかった。

 母が往診をしてくれる医者を探し回り何とか受診出来たが、症状から恐らく冷えか食べ過ぎであろうと言う結論に至った。

 医者からは注射を一本、もちろん便所で打たれ、整腸剤を処方された。水分補給を忘れずに、と言い残し去っていった。


 それで、確信する。

 これはペナルティーだ。一ノ瀬の記憶を消さなかったことに対する罰則だ。


 おれは別に今まで一人で問題に向かっていくことに孤独感や恐怖を感じたことはない。

 そもそも、そんなに大事件に関わるわけではない。それこそ、おばあちゃんの荷物をもってあげる程度のことなのだ。むしろそっちの方が声をかけなければならない勇気がいるわけでハードルが高いような気もする。

 黙って触れれば粗方問題が解決するんだから、辛いことなど何もないのだ。


 それでも、一ノ瀬の「手伝ってやる」という申し入れが正直、嬉しかった。散々笑い倒してしまったけれど、嬉しかったんだ。

 あいつがどういうつもりだかは知らない。暇なのかもしれないし、退屈なのかもしれない。

 理由は何でもいい。ただおれは忘れてほしくなかった。おれがここにいて、小さな魔法を掛けていたことを憶えていてほしい。

 あの時そう思ってしまったんだ。


 結局新学期早々3日間、おれは学校を休んだ。始業式の翌日にいきなりある学力テストも受けられなかったから、追試にいかなくてはならない。

 くうーーー、悔しい。


 自慢じゃないがおれの成績は学年で必ず10番以内だ。それ以上に頑張るつもりはないけれど、内部受験だって失敗するやつはする。だから普段からある程度を維持しておきたいと思うのは。まあ、普通のことだと思う。


「で、一ノ瀬はなんで追試?」

「え、俺ばかだもん。」


 自分で言っちゃう奴は相当だと思う。

 点数を聞いたらちょっと気の毒になった。それほどだった。


「1週間後だぞ?追試。大丈夫か?」

「えー……だいじょばない。」

「だよな」

「ですね」


 そこで、勉強会をすることにした。

 放課後、図書室でまあ、この辺りが出るだろうというヤマを一ノ瀬が受けた最初のテストから導いて、そこを重点的に押さえていく。

 一ノ瀬はバカというより要領が悪いんだと思う。ポイントがどこか考えることもせずとにかく片っ端から詰め込もうとする。

 でも、案外素直なので、こうしてみたらどう?などという提案は素直に受け入れる。

 聞けば陸上部で、短距離走をしているらしい。


「猪突猛進……」

「え、なに?」

「ううん、何でもない。」


 一ノ瀬のための言葉だと思う。


「ところでさあ、伸が腹痛くなったのって、風邪かなんかだったの?」

「…………違う。前の日に腹出して寝てたから冷えたんだ、たぶん。」

「そっか、意外と抜けてるな。気を付けろよ?」


 一ノ瀬の記憶を消さないことは俺が勝手に決めたんだ。それをあえてこいつに言うことはない。

 もう、そんな無茶なことはしないし。つか、これ以上のミスは他にないと思う。一ノ瀬以外に知られることがないのならまあ、大丈夫だろう。


 そして迎えた追試の日。おれはそこそこ出来ている自信がある。本テストに参加できなかったから、順位には換算されないけれど成績の方では事情も事情だし考慮してもらえるだろう。


「一ノ瀬はどうだった?」

「伸が言ってたとこ全部出たもんなー!俺、いい感じかもー!」

「よかったなー、モスくらい奢ってもらわないとなあー?」

「ううう………今月ちょっと不況で……」

「嘘だよ、冗談だから。」


 一ノ瀬は放課後は日が落ちるまで走っているのでバイトも出来ない。もらう小遣いはすべて陸上関係に消えていくらしい。

 この数日、クラスは違えど同じフロアで授業を受けているので、昼休みや放課後、部活までの短い時間を一緒に過ごすようになった。そこでお互いのそんな小さな情報を交換しあう。

 俺のプロフィールなんて、魔法をとったら取り立てて珍しいことなんてない。部活もやってないし、特技があるわけでもない。

 それでも読んで面白かった本や、好きな映画、今までに関わった事件の話などを面白そうに聞いてくれる。

 一ノ瀬は部活でも中心人物のようだ。部長とかの役職はついていないが、おれの教室に来ている間もひっきりなしに声がかかる。女の子からもだ。


「お前、モテるんだなー。」

「はあっ?」

「いや、さっきから女子の視線が痛い。『伊澤、どけよこのヤロー』みたいに刺さってくんだけど。」


 もちろん、羨ましかったのだ。

 おれはモテない。顔だってまあまあだと思うし、頭だって悪い方じゃないだろ。身長は170㎝と高い方じゃないけど、まあ、普通じゃん。なのにモテない。

 少し前までは『生涯を共にする』かわいい女の子と知り合うんだから別にいいやとたかをくくっていたんだけれど、それが違ったとなると自力で発見しなくてはなんないだろ。焦るよなあ。


 まあさ、一ノ瀬は男から見てもかっこいい部類じゃないかと思う。背も高いしさ、180近くあるんじゃないか? 日に焼けた肌とかさ、きれいな二重とかさ、それ寝癖なのかっつー感じに跳ねた茶色い髪の毛。

 女の子も放っとかないよね。


 とかなんとか思いながら一ノ瀬の顔を見たら不審な動きでキョロキョロしていた。


「……なにしてんだよ。」

「え、女子の視線を受けめようかと。」

「お前アホだろ。」


 そんな馬鹿高校生の会話を楽しんでいた放課後。A組の担任に一ノ瀬が呼ばれた。俺も特に何を思うことなく一ノ瀬を見送り、帰宅しようと荷物をまとめた。

 校庭では運動部の連中がむさ苦しい声をあげて走っている。

 運動部は女子だけでいいんじゃないだろうか。野太い声上げないし、ユニフォームも可愛いし、髪の毛長い子がまとめてんのとかすげえいいし。

 とか考えながら廊下を歩いていたとき、とある部屋の中から破裂音みたいのが聞こえた。教科書を叩きつけるような。

 続いておれの耳には鈴の音が聞こえる。

 ………これは、この部屋を盗聴しろってことかよ………


 なぜだかわからない、でも、鈴がそうしろって言っている。

 廊下と部屋を隔てる壁を見つめる。両手でそこに触れる。


 ────なあ、なんだかわかんないんだけどなかでは何が起こってる?俺に聞かせて────


「違うって言ってるじゃないですか!!おれ、カンニングなんてしていません!」

「ただなあ一ノ瀬、不自然なんだよ。一字一句間違いのない『まちがい』なんて。」

「………」


 部屋にいるのは一ノ瀬と担任だ。一ノ瀬はカンニングの疑惑をかけられているわけか。それを何とかしろって、難しいなあ。

 とりあえずおれは、そのドアをノックして侵入を試みる。


「失礼しまーす。先生声でっかいから外まで丸聞こえだよ?」

「伊澤……すまなかったな、少し押さえるから。」

「聞こえたついでに、一ノ瀬がカンニングなんてするわけないと思うんですけど?」

「そうは言ってもな、B組の葛西とな、同じ問題で全く同じに間違っているんだよ。葛西の方は必ずトップスリーに入る実力者だ。それこそカンニングなんてするわけがない。」

「……どの問題ですか?」

「問8。方法から公式から、答えまで全部一緒だ。正解ならこんなことに気づかなかった。しかし間違いが完全に一致するなんてあるはずは、ない」


「問8……」


 おれは手元に残っていた問題を開く。

 ああーーー、これかあ。

 一ノ瀬は二人で勉強してたときこの手の問題をなんの苦もなくさらりと解いた。だから特別注意することなく見ていたんだけど……。


「おい、一ノ瀬。お前勉強してたときに使ってたノート、持ってる?」

「あ?ああ。」


 一ノ瀬からそれを受けとり、問題の箇所を開く。ほら、あった、あった。


「先生、ここ。」

「ん?ああ、合ってるな。」


 つまり俺が思うに、合ってたところは見直さないし、出来てたもんだから自信もあるはず。だから本番では間違いにすら気づかない。でもって、自信があるから人のを見ようなんて思いもしない。


「うーーん。じゃあ、これは偶然なのか。」

「まあ、そんなところでしょうね。大体、こんな裏表のない奴が、カンニングまでしていい点とろうなんて思わないでしょ。それに、この問題逃したって及第点になってるんじゃないですか?」

「どうしてそれを……?」

「前の日までおれら、一緒に勉強してたんです。よっぽどなにかなければあのくらいのテストなら70は堅いと見てました。違います?」

「そうだな……」

「うっそ、おれそんなに出来てんの!?うれしー!伊澤のお陰だぜ。」

「まあ、そうだな。」

「そうか、お前はやれば出来る子だったんだな。これからもしっかり勉強しろよ?」

「はーーーい!」


 ………アホだアホすぎる。間違えたからカンニング疑われるなんて……おれは軽いショックを受けながら廊下に出た。


「伊澤ーー、助かったよ、ありがとなーー。俺マジで停学喰らうかと思ったよー。」


 そうなのだ、うちの学校はカンニングに厳しい。見つかったら停学、あまりに手口が悪質な場合は退学も辞さない。そうだよな、冤罪で停学なんてたまったもんじゃない。

 ましてや一ノ瀬には夏に向かって大会も控えているんだから。


「やってないものは、やってないんだ。堂々としてればいいよ。」

「そうなんだけどさー。じゃあさ、その葛西って奴がカンニングしたのかなー。」

「それも、不自然なんだよな。」


 葛西はいつも1位か2位をとる秀才だ。追試に参加していたのにはなにか理由があるとして……

 い

「葛西を挟んで一ノ瀬の反対側にはおれが座っていたんだ。おれは問8は正解しているはず。おれが葛西ならお前じゃなくておれのを覗く。」

「お前、失礼なやつだなあ……」


 葛西なら、一ノ瀬の回答が間違っていることくらいわかったはずなんだ。なのにどうして。


 翌日になり、おれたちは葛西が停学になったことを知った。葛西は一ノ瀬の答案を見たことを認めたのだ。

 どうしてだろう。なぜ、葛西は『一ノ瀬の』答案を見たのか。おれならどうする。なぜ、間違っているとわかってる解答を写す?






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