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魔法使いの3つの約束  作者: うえのきくの
17/17

 

「こんちわー。お久しぶりでーす」

「おお、一ノ瀬か。元気だったか?」

「おかげさまでー。アルバム取りに来ました」

「ほいよー。い、ちのせ……一ノ瀬。ああ、あった。まだ十人くらい取りに来てないんだよ。大学で会ったら言ってくんない?邪魔だから早く取りに来いって」

「ひっでえー」


 職員室にある応接セットにどっかりと座ってアルバムを広げた。

 高一からの今より少し幼い俺や友達が写真の中ではしゃいでいる。

 体育祭、文化祭、修学旅行。内部進学が多い学校だからか年間行事が盛りだくさんで楽しかった。

 でもそこに、伸の写真はない。

 一枚もない。



 あの日、修学旅行の最初の日。

 俺たちをのせたバスは玉突き事故に巻き込まれた。俺が乗った一号車の三台前の車が、車両故障で急にハンドル操作が効かなくなり急停車。そこに後続車が次々突っ込んだ。

 俺たちのバスはそもそも速度をあげていなかったから最後尾の車と接触した程度に収まったが、前方の車は衝突の衝撃で炎上した。

 炎を見た三号車に乗っていた伸がおれを心配して来てくれた。

 前の日まで怒っていたのに。その日の朝も微妙な感じになっちゃったのに。

 そして俺は伸に好きだと言われて、キスされた。

 夢じゃないのか? 

 絶対に可能性のない想いだった。伸にもそう言われていたのに、俺を好きだって言ってくれた。

 押し付けられたくちびるは、想像してたよりずっと柔らかくてなんか、甘くて。

 あんな状況だったのに離れたくなかった。ずっとあのままくっついていたかった。

 俺は驚きすぎて伸を抱き締めることもできなかったんだけど。


 どうして急に気持ちが変わったのか。

 確かに俺の気持ちは拒否されたはずだった。

 好きだと告げたとき伸は言った。

「そういうつもりなら、今後おれに近づくな。おれは、そういう気持ちをお前には持てないし、今まで仲良くしてたことに、友達以上の感情はない」

 あんなに激しく拒絶されるなんて、あれじゃもう友達にも戻れない。

 そう覚悟していたのに藤本から聞いた、地区予選での伸の様子にますます混乱した。

 伸も、迷ってたのか?俺を思ってくれる気持ちが少しでもあったのか?

 

 行きの空港までのバスの中、川崎にもたれて眠っている伸を見たとき、悔しかった。

 どうして俺があの場所にいられないのか。男同士だから、ずっと二人でいるのは無理なんだろうか。

 おれと伸の間に友情以外のなにかがあっちゃいけない理由が、今でも俺にはわからない。

 好きだという気持ちを偽ってそばにいて、友達の顔をして。

 誰に対してそんな嘘をつく必要があるんだろう。

 親?友達?

 そうやって誰かに嘘をつきながら、俺はこの先もずっと伸の隣を諦め続けるんだろうか。


 そう考えていた矢先のあのキス。

 好きだ、そう言われたとき世界が変わった。

 薄暗いトンネルの中で、俺たちだけが光に包まれているようだった。

 好きな人に好きだと言ってもらえる歓びは他の何にも代えられない。

 間違っていると言われても、もう戻れない。

 伸を好きだと思う前の自分に戻れないのと同じように。

 これからずっと、何があっても一緒にいよう、一緒にいられるって信じてたのに。



 気がつくと病院のベッドの上にいた。

 医者、先生、看護師。部屋にはたくさんの人がいて、皆がみんな首を傾げていた。


 俺は車に轢かれたのだという。トンネルの奥に行ってしまった伸を道路上で待っていると、事故に気づかなかったのだろうか追い越し車線から侵入していた車に撥ね飛ばされた。

 運転手が言うには足はあらぬ方向に折れ曲がりおびただしい血が流れてたのだという。

 彼は俺が間違いなく即死だと思った。

 しかし、彼らが呼んでくれた救急車で病院まで運ばれると俺は目を覚まし、伸を呼んだ。

 検査では軽い打撲、入院の必要なし。

 そして、伸はどこにもいなくて、誰も彼のことを知らなかった。

 森本も川崎も藤本も、伸を知らないと言った。

 最初は、気が狂ったのかと思った。

 事故の影響でありもしない人物を頭のなかで作り上げているのかと。


 でも違った。

 伸が残した最後のサインに、次の日気がついた。


 とにかく、なんの異常もないので旅行に戻ってもいいと許可が出た翌日。俺は皆に合流するためキャンプ場に向かった。

 前日は那覇市内のホテルに宿泊して今日明日はキャンプの予定だった。

 昨日、偶然事故には巻き込まれたけれど、俺も含めて怪我人もなかったので少し予定は狂ったが何事もなかったように修学旅行は続いていた。

 キャンプ場につくともう昼飯が終わって、みんな海に入ろうかと準備をしているところだった。

 みんなも俺がけろっとした顔で帰ってきたので、笑うやら不思議がるやら、冗談で勇者とも讃えられた。

 俺もまだ自分の状況がよくわからず少なからず混乱していたが誘われるまま着替えてビーチに出ようとした。

 するとなにかに気づいたクラスの奴が冷やかすような声をあげた。


「うわ、一ノ瀬。それキスマ?すっげえ」

「ホントだ。彼女、激しいなー」

「え?」


 鏡の前に走り覗き込む。

 ちょうど、シャツで隠れて見えない鎖骨の上、肩のあたり。

 赤黒い、歯形が付いていた。


 触れてみる。少し、ヒリヒリする。

 強く触れてみる。

 痛い。赤く血が滲んだ。


 あ


 目は開いているのに、実際に目の前にあるものと違う映像が見える。

 俺の意識がないときの伸と俺だ。

 血の海の中で倒れている俺を伸が抱き締めていた。伸のベージュのパンツが赤く染まっている。

 目を開けない俺にキスをしてくれた。起き上がって抱き締め返してやりてえな。

 そして、派手なアロハの襟を開けて、そこに歯を立てた。強く。滲んだ血をゆっくりなめとる。

 そして、そこにもキスをくれた。


『ごめんな、好きだよ』



「しん……」


 名前を呼ぶ。

 お前が、助けてくれたんだ。

 それで、もう俺はお前に会えないんだな?


「伸」


 でも、記憶だけは置いていってくれたのか?

 ……違うな。俺が伸なら全部持っていく。自分がいなくなって悲しむことがわかっている記憶ならひとつ残らず。

 きっと、俺が返さなかったんだ。

 しっかりつかんで、全部抱え込んだんだ。


「伸」


 何度も呼ぶよ。絶対忘れない。

 いつか、お前が残したサインが消えても、絶対。

 絶対。




 高校を卒業して過ぎて俺は付属の大学に上がり、今でも走っている。

 俺が伸を意識したのは、高二の春だった。

 授業中怪我した俺を保健室に連れて行き手当てをしてくれたのが伸だった。

 それまで、話したことはなかった。

 それでも倒れた俺に何の躊躇もなく手を貸し支えてくれた。

 あの時俺の怪我はたぶん捻挫。もしかしたら靭帯までやってるかもしれないと素人目にも判断できる色と痛みだった。

 それを伸は『大丈夫だ、おれを信じろ』と言いながら包帯を巻き冷やしてくれた。

 学校が終わって慌てて駆け込んだ病院で包帯を開けると、足は何事もなかったように腫れも引き、痛みもなかった。

「処置が早かったから良かったんだね」と言われたがそんなことで治るような痛みではなかったはずだ。


 翌日、伸のところに礼を言いに行くと『そんなことしてないけど?』と不思議そうに言われた。

 嘘をつく理由もない。恥ずかしいとか、大袈裟なとか照れてるわけでもない。本当に覚えてないんだ。

 そうしたら、俺は伸が気になって仕方なくなった。

 別に普通の男だ。

 背は高くもなく低くもない。

 真っ黒い髪と涼しげな目もとが冷たそうにも見えるけど、見るたびに笑っている。

 彼の回りはいつも笑顔が溢れ穏やかだ。

 成績はいい方でいつも10位以内に入っている。怪我したとき昔陸上をやっていたと言っていたけど、今は帰宅部。

 放課後は図書館にいることが多い。

 いつも、気にしていた。目で追っていた。

 勉強はできるけど、真面目なだけの奴ではないこと。しょっちゅうクラスの奴らとはしゃいで担任に怒鳴られていること。

 困った人がいれば迷わず手を貸すことができて、その事を大したことじゃないと思っていること。

 ずっと、見ていた。

 気づいたら、好きだった。


 ある日チャンスが来る。

 まだ固い桜のつぼみが伸が触れたとたん開花するのを目撃したんだ。

 淡く咲いた桜の花を見て微笑んだ伸。

 あんまりきれいで夢を見てるみたいだった。

 なぜだかがっかりした顔をしていたけど、俺は構わず協力を申し出た。

 こんな近くで伸が大笑いしている。

 嬉しくて嬉しくて、その夜は眠れなかったっけ。


 ずっと、伸が好きだった。

 走る続けるのは伸が治してくれた足だから。

 例えこの先、怪我をしたりタイムが落ちたりして選手としてはやっていけなくても俺はずっと走るのをやめない。


 ずっと、伸が好きだから。

 走ることで繋がっていられるような気がするから。

 忘れないでいられると信じていられるから。



「こんちわー。」

「……おお、珍しい。一ノ瀬か」

「おひさしぶりです、松島先生」


 松島を訪ねたのは、以前何度か伸が「松島は何か知っているんじゃないか」としきりに言っていた時があったからだ。

 松島なら、伸のこと覚えているかもしれない。そう期待してのことだった。


「どうしたんだ今日は……ああ、アルバム?」

「はい、せんせー早く来いってうるせーから」

「ははは、しょうがねえなあ」


 地歴科準備室は松島の城だ。何しろ先生が一人しかいないんだから。マイコーヒーメーカーを導入して、俺たちも在学中は何回かごちそうになった。


「大学どうよ?」

「相変わらずですね。走ってます。こんど近所の中学校にコーチしに行くことになっちゃって」

「はあー、なんだそりゃ」

「先輩が行ってたらしいんですけど卒業しちゃったから俺にお鉢が回ってきて」

「ごくろーさん。思春期のガキどもの相手、せいぜい頑張れよー」

「うはあ、先生らしからぬ……」

「だから俺高校教師になりたかったんだもん」


 もん、って。


 授業がないコマがほとんどない松島だったが放課後には奥のソファで寝ていたこともあった。

 その座り心地のいいソファに埋まると松島がコーヒーを手渡してきた。


「ん、砂糖やミルクなんてないけど、よかったよな?」

「あ、ありがとうございます。……伸はミルクがないと飲めないって言ってましたよね」

「…………なんなの?お前」

「なんなの……って」

「なんで伊澤のこと忘れてないの?」


 窓を背中に、松島が言った。

 伊澤って。伊澤って言った。

 胸にザアッとあったかいものが流れ込んできて一杯になる。それが全部の感情を押し流しからだの外へと出ていこうとする。


 やっぱりいたんだ。

 伸は存在していた。俺のそばにいて、小さな魔法をかけていた。

 俺を好きだといってくれた。

 それが誰かと共有できてる。間違いない、確かなものになる。


「伸が俺の命を助けてくれたんでしょう?魔法で」

「……」

「……え、あれ?」

「え?え、なにお前。伊澤が魔法って……」

「え、あれ?違うの?」

「え、え、え?違わないけど、っていうかなんでお前が知ってんの?え、だって」

「知ってるよ。俺のまえで桜の花を咲かせた。それと俺の怪我を治してくれた。それからいくつかの問題を一緒に解決したよ」

「……まじか」


 松島はコーヒーをテーブルに置いて項垂れてしまった。なにか不味いことを言っただろうか。


「俺が知ってちゃなんか不味かった?」

「はあ……不味いっつーか……まあ、いっか。種明かし、な」

「……」


 俺はケツの下がフワフワででちょっと難しかったが姿勢をただし、松島に向き合った。そんな俺を見て松島も椅子に腰掛け腕を組んだ。


「まずな、俺は……俺の家は代々魔法使いの守人をしている」

「魔法使いの……も……?」

「魔法使いを守る人、な」


 地域にひとり、昔から魔法使いがいるんだ。選ばれる理由は様々。からだが丈夫とか、賢いとか。伊澤の場合は後に大ケガをしてグレる危険があったから。すげえ理由だよな。

 俺の家族はそういう魔法使いになる子供のところに出向き、指名する。そして近くにいて彼らを見守る役割があるんだ。

 伊澤の時は俺のじいちゃんが行った。俺んち親父がもう他界してるから、じいちゃんの次は俺の仕事になった。

 してもよいこと悪いことがあって、して悪いことを行ったときにはペナルティを与えられる。

 それをすんのは俺じゃないんだけど。行動の一部始終を監視してる訳じゃないんだ。


「ペナルティ……」

「そのことは聞いてなかったのか?してはいけないことをしたとき罰が与えられるんだ。しでかしたことの大きさに合わせて種類は限りない。アイツ、急に具合悪くなったりしたことなかった?」

「俺が、桜咲かせたのを見た次の日……」

「ああ、お前の記憶を消さなかったからな。そりゃ、重罪」

「二年の時俺の怪我を治してくれたのも……」

「ああ、そう。三日間高熱出してる間に、お前の記憶は消されてたな」

「……」


 そうやって13歳から20歳になるまで自分の住む地域で小さい魔法をかけて生活するんだ。

 任期が終わればまた別の子供が魔法使いの勤めにあたる。


「なんで、俺が伸の魔法のこと知ってちゃダメだったんですか?」

「駄目……っていうか、なあ」

「なに?」

「うーーーん……そういうこともありなんだかなー」

「なんですか、もったいつけて」

「あー、魔法使いの正体を見破れるのはな、そいつと生涯を共にするやつだけなんだよ。一生お友だちってんじゃなくて……伴侶。」

「……」

「それも知らなかった? まあ、そういうことなんだよ。お前があいつの、ベターハーフってわけだな。嫁や旦那じゃおかしいからな」

「だって……俺、伸に一度振られたよ?伸は俺がそういうんだって知ってたんなら……」

「悩んだんじゃねえの?お前のことが大事だったから、余計に」

「……」


 松島が少し冷めたコーヒーをすすった。つられて俺も一口飲む。懐かしい味がした。まだ一年も経っていないのに。

 急に込み上げてきた。喉の奥が熱い。


 会いたいよ、伸。

 寂しくてどうにかなりそうだよ。

 一度でいいから、会いに来てほしい。目の前で笑って、好きだって言って。

 お前がつけてくれたサインももう消えちゃったんだよ。


 好きだ。



「……」

「……泣き止んだか」

「……」

「なあ、お前、三年の時のインターハイ、よく出れたな」

「だ……って、伸が絶対見に来てくれるって言った……俺、約束したから……だから……」


 修学旅行から三週間でインターハイが開催された。

 俺が、いもしない奴の話をしていたから頭がおかしくなったんじゃないかって思ってた奴もいたみたいだった。そのまま陸上をやめるんじゃないかとも。

 でも俺は、もう伸の話をしないことにした。

 伸がこの世界にいて俺と一緒に生きていたことは間違いない。でも、みんなの記憶には残ってない。

 俺だけが覚えていればいい。それで、伸とした約束を忘れなければいい。

 伸は俺にインターハイに出ろって言った。優勝は無理でも自己ベストを目指せと言った。

 だったら俺はその約束を守る。そのために練習を頑張った。


「自己ベストどころかベスト8だもんな」

「はは、伸との約束だったから」

「うん。魔法使いの約束は絶対だからな。何が起こっても覆らない」


 泣き腫らした目をごしごし擦って顔をあげると目の前に松島が立っていた。


「な、に」

「ん?ルールはルールだから」


 松島が俺の頭に手を乗せた。

 瞬間、目の前が白くなってなにも見えなくなった。


 しん……伸


 好きだよ、ずっと忘れないよ

 俺は、ずっと……





 すっかり桜も散った四月の半ば。

 おれは中学に上がってから出来た友達と下校している。


「なあ、伊澤、部活何入る?」

「おれは陸上にしようかって思ってるんだ」

「へえ、お前足速いの?」

「まあまあかな?去年の夏さ、近所の兄ちゃんが出るから応援に来いって言われて、高校の……インターハイ?見に行って、すっげえかっこよく走る人がいてさー。その人みたいに走れるようになりたいなーって。」

「へえー」


 まだわかんないけどそこの高校は陸上が強いらしいから、おれも入りたいなって思ってる。

 それはまだ先の話だけど。

 今はまず、部活だな。

 もう、入部届けはもらってあるんだ。今日家に帰ったらお母さんにもはんこもらわなきゃいけないし。

 なんか楽しみだな。


 友達と別れて家に急ぐ。腹へった。こんなんで部活始まったら家にたどり着けんのかな?途中で倒れてそう。

 ……あらら、前から大きな荷物の人きたなあ……おれの荷物もでかいんだけど。中学ってなんでこんなに荷物多いんかな?


 おれは車道の後ろを気にしつつ、男の人ととすれ違った。

 その人が顔をおれの方に寄せるようなしぐさをする。




『君は、魔法使いだよ』



最後までおつきあいただきましてありがとうございました。

ご感想などお聞かせいただけると嬉しいです。

又、違うお話でお会いできますように!

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