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魔法使いの3つの約束  作者: うえのきくの
16/17

修学旅行・2

 


「伸!」


 はっと顔をあげ声のした先を探すと、避難通路ではなく道路の方を一ノ瀬が小走りで避難しているところだった。


「伸、お前こんなところでなにやってんだ!」

「い……いち……」

「おい、伸!待てっ……」


 待てなんて言われて、待てるわけないよ。おれは少し高くなった避難通路から転がり落ちるように下に降り、一ノ瀬の方へ駆け寄り、その黄色いシャツの胸を握りしめた。

 よく気にしてみれば一号車に乗っていたであろうA組の奴らが駆け足で出口を目指している。


「俺たちの後ろに一般の車が何台か挟まってたんだな。こっちの車両は何ともない。一号車の前を走ってた車が三台玉突き事故起こして、俺たちのバスも最後尾でぶつかったんだ。でも誰も怪我してない。火が出るまでは待機してたんだけど、危険だから外に避難しろって。伸たちだってもう行ったんだと……」

「一ノ瀬、さっき、ごめん。おれ、おれ……」

「ん?どうした」


 一ノ瀬が明らかに様子がおかしいんだろうおれを宥めるみたいに背中をさすってくれる。その手に、ビックリするほどにあったかい体温に励まされてやっと言いたいことが言える。


「やっぱり嫌だ。一ノ瀬の一番そばにいたい。さっき、お前のクラスの女子に嫉妬した。一ノ瀬の幸せとか、将来とか、考えたいんだけど、でも、おれが一番近くに……」

「し、ん……?」

「好きだよ」


 一ノ瀬のシャツを力任せに引き寄せ、おれは自分のくちびるを一ノ瀬のそこに押し当てた。


 すき、好きだ。

 お前じゃなくちゃ駄目だ。

 他のやつじゃなく、お前でなくちゃ意味がない。

 一番そばにいて、その手に触りたい。

 髪に、腕に、シャツのなかに。

 キスしたい。笑いたい。離れたくない。

 同じようにおれのことも触って。

 一ノ瀬が知らないところはひとつもなくていい。

 お願いだから。もう何も叶わなくてもそれでも。


 キスの仕方なんてわからない。もしかして、一ノ瀬のクラスの奴が見てるかもしれない。

 構うもんか。一ノ瀬がここにいること以外、何も構わない。

 離れるのが悲しくて、ずっとこのままくっついていたくって、名残惜しくて、こんな状況なのに。

 それでも、一ノ瀬の下くちびるを軽く噛んでおれはそこから離れた。

 そして伏せた目を開け、ビックリした顔の一ノ瀬を見たとき、何もかも思い出した。


「お、まえ……怪我して……おれが、治した……」

「……思い出したのか?」

「あ……どうして……今まで……」



 ペナルティー、だ。




 二年の時の春だ。

 学年が変わるとすぐに体力調査がある。握力や持久走、シャトルランなどで体力を測定する、あれ。

 おれは基本的に走る跳ぶなどは出来ないので、それは見学。握力や懸垂だってたいした記録はでなくって、ふて腐れていた。

 校庭に移ってからは森本とかとふざけながら、走ってるやつらを冷やかしていた。


「うわ、アイツすっげえきれいに走るなあ」

「ああ、C組の一ノ瀬だろ?二年の中で一番速いらしいぜ。インターハイも間違いないって」

「へえ……」


 1.5キロの持久走をそれこそ飛んでいるみたいに、一ノ瀬は走っていた。ペースがいいのか、友達と目があったのか時々笑って。

 走ることが楽しくて仕方ないんだろうな。羽根が生えているみたいな足が、ゴールを踏んだ。


 他の種目を挟んで場所を変えて、50メートルのタイムを計った。おれは見学なので、ゴール付近で記録係の手伝いをしていた。

 さっき聞いた話だと一ノ瀬は100、200の短距離が専門らしい。ということは、さっきよりいきいき走る奴が見られるんだろうな。

 おれは少し楽しみにして一ノ瀬が走り出すのを待っていた。

 順番が来てホイッスルが鳴った。一気に加速した一ノ瀬の足元にどういうわけか隣でやってたソフトボール投げのボールが転がって来た。


「危ない!」


 叫んで間に合うはずもなく、一ノ瀬はそのボールを避けようとしてバランスを崩し横に倒れた。

 まずい。今の倒れかたは足を捻ったかもしれない。

 おれは筆記用具を投げ捨てて一ノ瀬のそばに駆け寄った。


「大丈夫か、痛むか?」

「いっ……あ、うん、少し」

「すぐ保健室行こう。せんせーい!俺ちょっと外れまーす」

「おおー、頼んだー!」

「おい、肩貸すから、絶対そっちの足つくなよ」

「ん……」


 おれより身長のある一ノ瀬を運ぶのは容易じゃなかったけど、そんなことは言っていられない。

 おれは必死になって保健室を目指した。


「失礼しまーす……」


 保健室は無人で、おれは仕方なく一ノ瀬をベッドに座らせると戸棚をあさって湿布やサージカルテープ、包帯を探しだした。


「靴下脱いでー」

「え、お前がしてくれんの?」

「こういうのは早い方がいいんだよ。なるべく早く冷やしてやるとその分痛みも早く引く」

「うん……」


 ああ、タオルタオル。汗かいたまま包帯巻いたら公害だな。タオルを絞ってくる間に、一ノ瀬は靴下を脱いでベッドの上にあげていた。


「うあー……ひっでえー……」


 足を見下ろした一ノ瀬も真っ青になっていた。足首からその上まで色が変わっている。捻挫、バカにしちゃいけないって誰か言ってたよな。


「……とりあえず、足拭いとこうな」


 なるべく刺激しないよう、そっとその足をぬぐった。ああ、しまった。本人にやらせるつもりだったのに、俺が動揺してどうする。


「痛いか?」

「よ、よくわかんない……」

「ん」


 顔色を見ようと覗き込む。一ノ瀬は真剣な顔で自分の足を見つめていた。

 さっきは気がつかなかったけど、身長もあって顔もいいってどういうことだよ。おまけに足も速くて……というか自由に走れて。どんなえこひいきだよ。

 拭き終えたタオルを横にして、湿布を貼る場所を探していく。


「痛かったら言えよー」


 おれは一ノ瀬の足首を慎重に押していく。


「いっ……!」

「痛てえな、悪い」

「う、ううん。だいじょぶ」


 大丈夫じゃないけどね。湿布は結構広範囲に貼った。テープで押さえて、包帯を巻く。まあ、これで応急処置は出来ただろう。


「学校終わったら、医者行けよ。捻挫だって後引けば大事になるからな」


 靭帯やってるかもしれねえし、とか、恐ろしいことは言わないでおこう。可能性はないって言えないけどな。


「うん、ありがとう。包帯とか、上手いな」

「あはは、こんなもんうまくてもな」

「なんで?なんかスポーツやってんの?」

「ん?あー、前に陸上。中二までね」

「止めちゃったの?」

「あー、うん、怪我して。半月板。完治はしてるんだけど、激しい運動は駄目だって。おれ、結構速かったんだけどさ」

「そ……っか」


 あらら、不安にさせちゃったかな。

 おれは一ノ瀬の横に腰掛け、その足を軽く叩いた。


「大会とか近いの?」

「……うん、六月ぐらいからインターハイの校内予選がある。」

「そっか、それまでに治さなきゃな」

「……」


 心配、だよな。

 でもおれがいるから不安な顔もできない。治るかどうかっていう怖れさえ口にできないんだろう。


「おれはさー、自分がもう走れないから最初の頃はみんなが羨ましくてみんな死ねみたいに思ってたんだけど」

「……」

「今はそんなことないよ。今日も……一ノ瀬、だっけ?お前が走るのかっこよくて、短距離も楽しみにしてたんだぜー」


 一ノ瀬の目の際がぶわっと膨らんだと思ったら長めのまつげの先に涙が引っ掛かってひとつ、こぼれた。

 あ、と手を伸ばす間に、いくつも、いくつも。


「お……折れてたり、筋おかしくしてて、走れなくなってたらどうしよう……俺、自分の足、あんな色になってんの始めてみた……な、治んなかったら……走れなくなったら……」


 俺が自分のポンコツを披露したからか、涙と一緒に一ノ瀬は心のなかをひっくり返した。

 たぶん、医者にいったら一週間やそこらで完治するとは言われないだろう。そういう色だった。

 一ヶ月練習できなかったら、恐らく同じだけリハビリにかかるだろう。そうなったら校内予選には間に合わない。

 来年があるさ、大学でだって走れるだろう。励ます言葉なんていくらでもある。

 でも、でもさ。来年自分がスランプにならない何て誰が言える?ライバルがものすごい勢いでタイムを伸ばしてこないなんて誰にわかる?

 チャンスなんていつでも転がっている訳じゃない。それがわかるから。痛いほど今の一ノ瀬の涙の理由がわかるから。


「泣くな、一ノ瀬。大丈夫。よく冷やしておこうな。おれを信じて?」


 足の上に作ってきた氷のうを当てる。その横から一ノ瀬の足に触れ、願った。強くつよく願った。


 ────明日にはすっかり治っていますように────


「大丈夫だよ。帰ったらすぐ医者に行けよ。きっとすぐ治るから。お前の足はおれとは違うよ。またきっとすぐに走れるようになるよ」


 なにも知らない一ノ瀬はぐしぐしと泣き続けていた。きっともう、治ってると思うんだけど、まだ気づかなくてもいい。今日は休みにしたらいい。明日からまた厳しい練習するんだろう?


 一ノ瀬は人前に出られる状態ではなかったので(主に顔が)おれは一人で校庭に戻った。先生には少し休んでから来るって言ってたと伝えて。


 おれは翌日から原因不明の高熱を出し、三日三晩苦しんだ。四日目に熱は下がり五日目には起き上がることができたけど、そのときには一ノ瀬のことはなにも覚えていなかった。

 熱が出たのは本当に病気か、なにか違うやっちゃいけないことに対するペナルティーかと思っていたけれどそうじゃなかった。本当の罰は、一ノ瀬のことを忘れてしまうことだった。


「……お、もいだした。」


 今見てきたみたいに鮮やかに、記憶はおれの頭に流れ込んできた。

 一ノ瀬が困っているとき助けることができた。過去のおれは、そうしていた。よかった。忘れてしまっていてもやっぱりよかった。一ノ瀬を助けることができて、本当に嬉しい。


「詳しい話は後だ。早く避難しよう」

「あ、うん。あの、前の火が出てる車の人ってどうなってるの?」

「わかんねえ。煙もひどくてどっから火が出てるかなんて見えないんだ」

「……おれ、なにかできることがあるかも知れないからちょっと見てくる」

「は?お前なに言ってんだ。出来ることなんてあるわけないだろう!?」

「うん。でも、誰か逃げられなくなってるかもしれないし。一ノ瀬は先いってて。すぐ戻るから!」


 複雑な気持ちが絡まっていた。

 さっき、本当にまずいことを願いそうになった罪悪感。過去のおれがペナルティーを恐れず一ノ瀬を助けたことに対する敗北感。一ノ瀬のクラスの子達に抱いたみにくい嫉妬を厭わしく感じる気持ち。

 そんなものがない交ぜになって、おれの足を奥へと走らせた。いいことをしないと、顔向けできない。一ノ瀬の隣で今まで通り笑っていることなんてできない。


 炎が上がっていた車はトンネル内にあった消火器で、沈下寸前だった。


「お怪我は!」

「ああ?うん、大丈夫。君は?」

「後ろの方にいたバスに乗っていました」

「そう、ここは大丈夫。玉突きに巻き込まれた車のなかもみんな避難できたから」

「そうですか……」


 ほっとして腰が抜けそうだ。消火器を持った人は、俺が学生だとわかるや否や、とにかく戻りなさいとしきりに言った。


 とにかくこれで安心だ。怪我人はいないようだし一ノ瀬も無事。後はおれも外に脱出して……うあー、松島にも運転手さんにも怒られるなあ、絶対。


 キキキキーーーーーッッッ


 トンネル内に耳をつんざくようなブレーキ音が響いた。どうして車なんて。ああ、警察車両が来たのか。

 おれは避難用通路を急ぎ足で出口へ向かっていた。さすがに足が痛い。人工関節への道が近くなったな、きっと。

 ふいと道路の方をみると、さっきまでいなかった車が追い越し斜線に斜めに止まってた。

 その前に転がっていたのは黄色いシーサー柄のアロハ。


「い……一ノ瀬ーーーー!」


 避難用通路を飛び降りておれは一ノ瀬のそばに駆け寄った。

 足が、おかしな方向に曲がっている。震える手を叱咤して軽く揺すればどこからか赤い血が流れだした。


「一……ノ瀬、いちのせ……どうして……ねえ、やだよ……」


 俺がいくら揺すっても、その体は抵抗なくぐらつくだけだ。


「ど……どうしよう……急に……事故だったなんて……」


 ドアの横では運転手だろうか、男が頭を抱えてしゃがんでいた。その隣に同乗者の女も座り込んでいる。


「頼む!早く救急車呼んで!あと、うちの学校関係者がトンネルの外にいるはずだから、ここに怪我人がいること伝えて!」

「あ……で、でも」

「いいから、早く!!」


 おれの大声に気圧されたのか男女は一気に立ち上がり出口に向かって走っていった。


 おれはそれを見送って、一ノ瀬の隣に膝をつく。さっきより一ノ瀬を囲む血だまりが大きくなった気がする。

 おれがあの時引き返したから一ノ瀬はおれを待ってこんなところにいたんだ。すぐに一緒に戻っていればこんなことにはならなかったのに。


「一ノ瀬、ごめん。痛かったよな。」


 髪の毛を撫でた。少し固くて、ああ、きっと今日張り切ってなんかで固めてきたんだな。サンダルは吹っ飛んで道路の向こう側に転がっている。

 指で髪をかき分け地肌に触れる。まだあったかい。ここに、おれは触れたかったんだ。

 そのまま一ノ瀬の上に覆い被さり抱き締めて、血で汚れたくちびるにキスをした。


 おれもインターハイに連れてってくれよな。きっと心はお前と一緒に走ってるよ。


おれが一ノ瀬のそばにいたしるしを残しながら、持っているすべてを注ぐように願いを込めた。



 ────お願いです。一ノ瀬を助けてください

 おれはどうなっても構いません

 彼のおれに関する記憶を消して、命を助けて

 インターハイで走れるように

 どうか、お願い────





 一ノ瀬、ごめん。好きだよ。

 大好きだったよ










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