桜の木の下で
魔法使いの約束
1、自分や他人の有益になることに魔法を使ってはいけない
2、救命、治癒、有事の際の使用、又、テロや戦争などを起こしてはいけない
3、知られた場合はその者の記憶を消さなくてはならない。ただし─────
まだ、肌寒い4月。うちの高校は入学式の前日。おれは高3になる春だ。
今年の冬はやけに長く、つい1週間前も少しだけ雪が降った。桜の開花も遅れていて、校庭にある何本かの木もまだ固いつぼみを開こうとはしない。
「しかし、最後の入学式なのにねえ。」
「ああ、そうですね。この校舎来年解体しちゃうんですね。」
入学式の準備を手伝って、桜の前でパイプ椅子を並べていたおれは、そばにいた先生のぼやきを受け止めた。
おれたちの通っている高校は大学の付属になっており、相当年期の入った高等部の校舎は今年度が終われば取り壊されることになっている。おれたちは卒業してしまうが、2年生以下はすぐ隣に建設中の新校舎に移ることになる。
現在、校舎がある場所は整備され校庭になる予定だ。桜の木は切り倒されることはないが校舎と桜が一緒にフレームに入る絶好の場所だったので来年からは違うところで撮影されるだろう。
耳の奥で鈴が鳴る。
鈴といっても和風な鈴の音ではなく、バリの舞踏に使うガムランボールのような。
いつ頃からか聞こえてきたこの合図は自分が関わるべき案件のときだけに聞こえる。
つまり、この音が聞こえてきたらそれが力を使えというサインなのだ。
今よりもっと小さい頃は、それに気づかず闇雲に力を使っては軽いペナルティーを受けていた。まあ、ペナルティーといっても給食のカレーの中身がニンジンだらけだったとか、鍵を忘れてきたのに母親が遅くまで留守になっていた、とか。
ひどいのになるとなんの原因もなく高熱が出て3日3晩苦しんだなんてのもあった。
そんなこともあって今は滅多に間違えない。鈴の音にもずいぶん助けられている。
今回はきっと、この桜の花を開花させるといいんだろう。最後の記念撮影だ。新入生にもその親にも教師にも、恐らくこの桜の木にもいい想い出になるのだろう。
そばにいた先生が離れていったタイミングで、俺は桜の木に近づく。その木を見上げ、そっと手のひらで触れる。
────なあ、今年は寒くっておれもずいぶんひどい思いをしたぜ。風邪もひいたしな。
でも、もう春だよ。目を覚まして?お前が咲くのを待ってる人がたくさんいるよ。
さあ、咲いて!─────
さあああっと、春の風が吹く。それに合わせて桜の枝々も音をたててしなる。
砂ぼこりが入るのを恐れて閉じた目をそっと開けると、淡く膨らんだつぼみが目に入った。あっちの方ではもう小さな花が開いている。
ちょっと不自然だけど、新入生が座る椅子を並べた後ろに立つひときわ立派な桜は明日の朝には七分咲き位にはなるだろう。
ここにだけの春の訪れに口許が緩む。
俺は自分の仕事に満足して校内に戻ろうと踵を返した。
そこに、人がいた。
いや、気づかれたということはないだろう。実際、何度か目撃されてしまってもスルーされてきた。その原因がわかっているからがっかりしたこともあったけれど、まあ、そんなもんかと諦めてきた。
立っているのは男だ。おれと同じ制服を着ているからここの学生であることは間違いない。どこかで見たような気もするが同じクラスになったことはない。今日、学校にいるのは新3年だけだ。
まだ、俺を見ている。そいつの横を抜けて校内に戻らなくては。まだ、受付の机を並べる仕事が残っている。
「なあ。」
そいつが口を開いた。回りを見回す。俺しかいない。
なに?軽い口調で返すと、そいつはとんでもないことをいい放った。
「なあ、お前今何してたの?お前が触ったら、花が咲いたよな。お前、魔法でも使えるの?」
「……………」
「魔法使いなんだろ。」
えええええええええええええええっ!!!!
────魔法使いの約束
3、知られた場合はその者の記憶を消さなくてはならない。ただしそれを見ることの出来るのは生涯を共にする者のみである────
13歳になる誕生日だった。
四月に入学した中学校は家から歩いて20分ほど。小学校とは違う環境にそろそろみんな疲れが出る頃。
大体、黒い詰め襟って無駄に圧迫感があるんだよ。
そんなことをぼやきながら、中学に上がり出来た友達と話しながら家路を急いでいた。
「なあ、お前部活、何入る?」
「おれは陸上にしようかって思ってるんだ」
「へえ、お前足速いの?」
「まあまあかな?でも走んのは好き」
友達と別れて自宅へ向かう。授業も始まって、毎日忙しい。腹も減る。
向かいから、ゆっくり歩くおじいさんが来た。学校指定の鞄はパンパンにふくれていて、少し車道に出ないとおじいさんにぶつかってしまう。
おれは車道の後ろを気にしつつ、おじいさんとすれ違った。
そのとき、おじいさんが顔をおれの方に寄せるようなしぐさをした。それでも結構離れていたと思うが、おじいさんの声はおれの耳をしっかり捉えた。
『君は魔法使いだよ』
二歩ぐらい歩いて立ち止まり、言われたことを反芻する。振り返るともうそこには誰もおらず、ゾッとした。
おれは頭のおかしい人に会ったのか、もしくは見えちゃいけないもの見ちゃったかと慌てて帰った。
そういや最近、変質者が出るから学校の先生も気を付けろって言ってたしな、やっべーー。
次の日、学校から帰ると郵便受けに手紙が入っていた。差出人はない。
開けてみると『魔法使いの約束』というタイトルの手紙で数行、注意書がある。
おれは怖々読んでみた。
……どうやら、イケメンになりたいとか、頭がよくなりたいとかには使えないらしい。
自分や他人が有益になっちゃいけないってことは、金儲けにも使えないってことだな。
絶対にしてはいけないことをしてしまった際のペナルティについても書いてあった。何が起こるかはわからないけれど、自分の身によろしくないことが起こるらしい。
……まあ、どのみちこんな冗談には付き合っていられない。
おれは手紙を丸めて捨てようとした。すると、その手紙は俺の手から離れるとすぐ、炎に包まれたかと思ったら燃え尽きた。
唖然としてその黒い燃えかすを見つめる。な、なんなんだ。
魔法使いって、え、おれが?
考えた。半日くらい考えた。
でも、自分の身に起こったことは説明がつかないことだと思った。だとすると。
実験だ。
手紙にあった魔法のかけ方の項目を思い出す。
確か、対象物をしっかりと見る。そして手で触れ、強く念じる……だったな。
机の上に教科書をおく。じっと見る。手のひらで軽く撫でる。そして念じる。
────浮かべ────
当たり前のように、教科書は浮いた。
学校の勉強はできない方じゃなかった。でもなんだかよくわからない。わからないけれど確かに今教科書は浮かんでいて、おれの他には誰もいない。
何度も何度も教科書の上や下に仕掛けがないか確認してから、おれは一応の結果を出した。
つまり、おれは魔法使いになったのだ。
魔法使いといっても、巨大な悪と戦うことはない。赤いリボンをつけて外国に修行に行くこともなければ、放課後にほうきを使って空を飛びおかしな球を追っかける球技に興じることもない。魔法陣も、杖も、呪文すらない。
おれは決められた時まで自分の住んでいるこの町で、小さなトラブルをこっそり解決に導くのだ。
導く、といったのは完全に解決させる訳じゃなく、その方向に持っていく、程度だから。
それが本当に俺の力なのかと自分でも不思議に思うことも、多々ある。それでもそのきっかけになっているのだからいいのだろう。
別に誰からも評価されなくていい。気づいてもらえなくてもいい。おれの知っている人が笑ってくれるというのは、嬉しいものだと気づいたから。
生涯を共にって、そういうことかよ。
おれはがっかりしていた。その文面からおれは恋人になる人とか結婚する人とか言う意味だと思っていたから。そんな人がわかるんならそりゃ便利でいいやとか構えてたんだけど。
いつかさ、かわいい女の子がおれの魔法を見つけちゃってさ『君の記憶を消さなくちゃいけないんだ』『でも、私はあなたのことを忘れたりはしないわ!』的な! 的なことを期待していたおれの純情を返せ。
今、目の前でうんこ座りをしながら俺の説明を聞くこいつは、どっからどう見ても男だ。縦にしても横にしても男だ、男に間違いない。
身長は……しゃがんでるからよくわかんないけど、悔しいことに俺より少し高いかな。髪の毛は染めてるんじゃないけどうっすら茶色い。それがフワフワ風になびいている。外で活動する部活をやってんだろうか、日に焼けた顔が健康的だ。
なんだー、そういうことかよー。
友情だって生涯続くこともあるわけだ。そういう意味だったわけだー。
完全にやる気のなくなったおれは、乞われるがまま魔法使いについての説明をしていた、半分テキトーだけど。
「え、じゃー空とか飛べんの?」
「飛べねー。」
「悪もんとかやっつけたり」
「出来ねー。」
「いつまでやんの?」
「はたちっていう話だけど」
「消えたり……」
「出来るなら、消えてから魔法使うし。」
あまりにもなおざりな質疑応答に、そいつがあきれた顔を見せた。
「じゃあ、お前何が出来んだよ?!」
「何でお前がキレんだよ!……お前が今見た通り、花を咲かせるとか、忘れ物を思い出させるとか、注射をちょっとだけ痛くなくするとか、そんな程度のことだよ。面白くなくて悪かったな。」
「ほんとだよー、ちぇっ。なんかスゲーことやってもらおうと思ったのにさあーー」
しねえよ!!おれは心のなかで毒づいて、その男をにらんだ。
「んじゃあ、何のためにそんなことが出来るわけ?お前にいいことなんにもないじゃん。」
「さあな?そんなことおれにもわかんねえ。ただ……」
「ただ?」
おれは思うんだ。
近くにいるやつが泣いてたらやっぱりいい気持ちはしない。泣き止んでくれたら一番いいけど、泣くには原因があるわけじゃん。何もかもに手を貸せるわけ じゃないけど、一緒に原因を小さく出来たらなって。
もちろん、困った状況になったときでも鈴の音が聞こえないこともある。昔はそんなときでも構わずに力を使ってしまったけど、大抵そういうときは自分の力、魔法使いじゃないおれの力だけで解決すべきことなんだってわかってきた。
誰かが転んだら手を貸す、書類をぶちまけたら拾うのを手伝ってやる。その延長に俺の力があるんだと思う。だから、つまんなくていいんだ。だれにも誉められなくていい。そう、思うんだ。
こんなこと、誰かに話すのなんかもちろんはじめてだし、うまくまとまんないような気がしてうつむいたままポツリポツリ話した。
そいつは俺が話している間なにも言わずに聞いてくれていた。
「……そういうこと」
「ふーん。なんか……お前っていい奴だったんだな」
「そんなことねーけどさ。でも……そうだな。自分でも話して考えがまとまってスッキリしたような気がする。聞いてくれてありがとな。それじゃあ」
おれは立ち上がり、そいつの頭に手をおいた。
「……なななな!何すんだよっ!!」
「え、おれの話聞いてなかったの?今見た記憶を消さなくちゃ。」
「はあああああっ?!いいよっ!消すなよっ!」
「や、そういう決まりだから。悪いけど。」
「ちょちょちょちょっ、待って!ちょっと待って!」
なんなんだ、こいつ。こんな力、なんの得にもならないってわかったんじゃないのか?何をそんなに慌てることがあるんだろう。
「えっと、何を待てばいいのかな。」
「えーーーっと……うーーーーんと………そう!協力!協力すっから俺も!人助け!」
「…………」
なにこのこ、何でこんなに必死なの。協力って、必要ないし。パートナーが必要なほど困難な案件とか、ないし。
「お願いお願いお願いっっっっっ!!」
本気で必死な顔を見ていたら、なんだかおかしくなってきた。我慢してたら、腹痛てえ………
「くっっ…………」
「な、なんだよ?」
さっきまでの必死な顔を無理矢理歪めてそいつが俺をうかがう。ダメだ、もう我慢できない………
「ぐっっっ……はーーっはっはっ………!!」
「な、なによ……」
「おっまえ、何でそんなに一所懸命なわけ?そんなに楽しいことでもないだろー?」
「あ、いや、だって」
「くくくっ……わかったよ、手伝わせてやるよ。」
だって、そうでも言わなきゃもう収まらないんだろ?おれは捩れるように痙攣する腹を抱えてそいつを見た。
「なんだよ、その上からはぁ!俺が手伝って『あげる』んだよ!!」
「あははは、そうだよな。手伝ってください、だよなぁ。よろしくお願いします。ぶふっ。」
「笑うな!!」
少し茶色い髪の毛が逆立つ位にでかい声を出してそいつが吠える。あーあ、そういえば
「そうだ、名前は?」
「はあっ?あーー、一ノ瀬 蒼介………お前は?」
「伊澤 伸。のびる、一字で伸、ね。」
「伸、か。よろしくな!」
「こちらこそ。」
「いつまでも笑ってんじゃねえっ!!」
魔法使いになって5年、初めてすべての事情を知る協力者兼、恐らく一生の付き合いになる友人が出来ました。
連載始めました。
最後までどうぞよろしくお願いいたします。