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第2話−2:旧都

 水面が陽光を反射して揺れる。突然、太陽に目を射抜かれて、思わず目をかばった。

 レーヌ川の河口、思い思いに散らばる三角州、一つ一つにある町、その全てが一つの都市、ガルテアをつくりあげている。

 そのうちで、レーヌ川の北岸を占めるのがガルテアの旧市街である。中心部の丘に建てられた、大理石の神殿は光に満ちてガルテアを見渡している。

 カルマたちを乗せた船は、その北岸に向かう。船は進路を右へ右へと、とる。

 南から照りつけるの光を受けながら、壁が、川の方までせりだしている。南側の城壁は水面から突きだすように建っている。ところどころにぽっかり口を開けた穴は、旅人を、かつては帝国の首都として、現在はその副都として栄えるガルテアの古都へといざなう。

 船は暗闇をくぐる。見上げると、水門の上にはびて赤くなった鉄格子が見える。もう百年以上使われていない。水門を閉じる歯車も、やはり錆びて動かなくなっている。

 水門を抜けても、カルマはまだ水門の、重い空気を背負っていた。

 ――兄と会わねばならない。

 ガルテアはカフカス家発祥の地。代々伝わるカフカス本家は、長兄セリンが継いでいる。歳はカルマと八つ違う。

 物堅い性格で危ない橋は渡らない。確実に勝てる賭けしかしない。そのため大きな成功もしないが、失敗もしない。彼はきっと、今回の自分の失態に、いい顔はするまい。

 船をおりる。かすかに潮のかおりがする。それだけこの場所は海に近い。

 石に覆われた大通りをあがる。石は長い年月を経て黒ずみ、また丸みをおびている。しかし形の不揃いな畳は、その上を走る馬車を左右に揺らしている。

 立ち並ぶ商店が、黒い道の上に、いっそう黒い影をくっきり落としている。その中にたくさんの人影が混じる。その数において、大陸中を探しても、このガルテアに勝る大都市などない、そのことを見る者に納得させるだけの迫力を備えていた。

 数だけではない。この、ガルテアの中心区に足を踏み入れることができるのは限られた人間のみである。暑さをしのぐ薄手の衣も、婦人が強い日差しをかわそうとさす日傘も、ここ以外では滅多に見ることができないような、最高級品である。

 カルマは少々後悔した。

 兄のもとをたずねてきたことではない。風彪と林昭をともなったこと、より正確には彼らにふさわしい装いをさせてこなかったことをである。

 彼自身は気にかけたりしないが、この場所の住人は、このような場所にふさわしく、身分や出自、財産をひどく問題にする。

 風彪も林昭も最初に見た宵よりはましな格好をしているが、せいぜいその程度でしかない。麻でできた戦袍は、戦袍と呼ぶのもはばかられる簡単なつくりのものである。落ちぶれた武芸者にしか見えない。手にしている武器も単純な棒である。

わずかに腰の剣が主の品格を主張してはいるものの、控え目につくられたその鞘にあたりを払う威風はない。

 通りを行き交う人々の視線が突き刺さる。カルマは苦渋に満ちた心をひきずりながら振りかえった。

 「なるほど、同じ町とはいってもこれほど違うものか」

 「あたりまえだ。一昔前までここが帝都だったんだぜ」

 「噂には聞いていたが。やはり百聞は一見に如かぬものだな」

 いつもと変わらぬ風彪の、胸を張り、頭をあげ、それでいて傲慢に見えないその姿に己を恥じた。さすがに視線はあちらこちらへ動いているが、そこに野卑な気配は微塵みじんも感ぜられない。

 振りかえったカルマに風彪が話をふった。

 「そういえば、カルマ殿の兄御は評議員ではないのか」

 「その通りですが…。よくご存知ですね。どこでそれを?」

 カルマの兄はガルテア評議会員の一人である。評議会には五百年以上の歴史がある。かつてはこの大都市を動かす最高の意思決定機関であった。

 カフカス家はカルマの父、オズウェルから数えて八代前から議席を持っている。ちょうど帝国が起こる直前のことである。

 「なに、カフカス家ほど繁盛している商家だ。おそらく評議員を出しているはずだ。ここに家を構えているのは兄御だけのようだからな」

 「今は名ばかりですが」

 風彪のとなりを歩く林昭が、師匠に問いかけるような目つきを向けた。彼はもともと流賊だったというが、カルマはそれを信じきれずにいた。挙措きょそ下卑げびたところが見あたらない。師に感化されているとすればそれまでかもしれないが。

 「この町では古来、一人の王ではなく、市民の合議によって政事が行われていたのだ。今ではほとんど実権はないが、大商家どうしの争いなどには時折動くと聞く。もちろん商家のみでできているわけではないが、評議会に名を連ねているのは大陸でもそれと知られた名士ばかりだ」

 林昭の顔が沈んだ。なにかに落ちぬことがあると、彼はいつもそうして答えを自分の中に落ち着けようとする。

 とても流賊あがりには見えない。流賊に限らず、基本的に庶民は自分で考えることがない。目上の者の言葉には諾諾だくだくとして従い、疑問を持たぬものである。彼はその規範から外れている。

 次に彼が顔をあげたとき、その口をついたのは、やはり疑問の言葉であった。

 「ガルテアは、どうして帝国になったのですか?」

 驚いた。あの説明からここまで思考を飛躍させることができる。林昭の言葉を間近に聞く機会の少なかったカルマは、ここで師のみならず、この弟子にも異才を見た。

 「なかなかやるじゃねぇか。いいとこに気がついた」

 レルガにもその驚きが伝わったようである。

 理屈からすれば、合議で運営される国に独裁者があらわれることはない。

 「ところがな、なんにでも例外はあるってことよ」

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