第2話:帝都へ−1:船縁
オストマルクから帝都まで、副都を経由して船を使うことにした。傭兵や、荷駄を曳く馬はかなりが怪我をしていたからあまり長い距離を動かすわけにもいかない。ほとんどを安陽に帰した。
安陽はオストマルクから東へ山脈を越えたところにある、鍛冶と商業の町である。カフカス家も屋敷を置いている。刀剣の類は全て安陽から取り寄せるためである。
大陸にはほかにも鍛冶が盛んなことで有名な都市は数多くあるが、最も信用のおけるのは安陽であるからだ。ここには伝説を継ぐ職人が、今なお生きている。
今、ここにいるのはカルマを含めて七人である。レルガ、郭方、呂盛という三人の護衛は常にそばにおいている。そのほかは場所によって変わる。
カフカス家は様々な都市に拠点をおいている。それぞれに護衛を幾人か雇っている。カルマは三人を除く護衛を品物を仕入れる場所か、届ける場所に近い拠点にいる者から選ぶことにしている。その方が土地勘や些細な情報を引き出しやすいと思うからだ。
番頭のリークは三十年近くカフカス家で働いている。若いころ奴隷として売られていた彼を買って、商売を仕込んだのはカルマの父である。
まだ五十にもなっていないはずだが、髪に白いものが混じっている。口数少なく、細長い目はいつもどこか遠くを見ているようで、実に多くのものをとらえていた。 商才では足下にも及ばないと思う。彼が自分についているのは、兄弟のうちで最も商才に恵まれなかった自分に対する父の愛情だとカルマは感じていた。
残る二人は風彪と林昭。彼らは護衛でありながら、護衛ではない。むしろ道連れに近い。ただ、信はおけるうえに腕もたつ。雇ってから決して日の浅いわけでない、レルガら三人を風彪は一人で打ち負かしている。ここにもまた、伝説は生きていた。
王圭に引き合わされて初めて見たときには、襤褸をまとった二人にあまりいい印象を受けなかった。厄介な荷物を預けられそうだと思ったものだった。
川岸の、青々としげる葦の向こうに、時折小屋が見える。レーヌ川をもう半分ほど下ってきた。川幅が広いために、橋をかけられず、渡守の小屋があちこちに見られる。
薄く雲がかかる空の下を船は軽やかに進んでいく。カルマは甲板に上がって、透明な風に吹かれながら、これまでのこと、これからのことを考えている。
さすがにあれだけの大荷物をいっぺんに運ぶのは失敗だったかもしれない。オストマルクが護衛を出す、といってきたことと期日が迫っていたことから決めたのだが、軽率に過ぎた。
誤算だったのはオストマルクがつけてきた護衛の質だった。彼らは襲撃を受けると、あっという間に浮足だって、ろくに応戦もしなかった。覚悟を決めたときには、もう覆せないほどの不利に追い込まれていた。
王圭が風彪を紹介してくれていなければ、どうなっていたことか。今までは商人と鍛冶屋として持ち合ってきたが、これで借りができてしまった。物では返せない借りだ。
しかし、それでも風彪とつながりができたのは大きい。今は一兵も持たぬ身だが、秋至れば大陸に再び風を呼ぶ。それだけの力量を備えていると見た。このつながりは、自分に必ず益になる。それはカルマの、商魂というよりは人としての、勘だった。
差し当たっては失った荷のことである。直接賠償させられることは、どうにか免れたが、それでも大損には違いない。利の大きい仕事は、転べば損も大きい。今回のことは防ぎようのないことだったとはいえ、父と顔を合わせるのは気が進まなかった。
それはなにも父と自分との間に軋轢があるということではない。父は三男として生まれたカルマを、それこそ目に入れても痛くないほどにかわいがってくれた。
カルマもそれに応えようと努力したが、商売は父や二人の兄のようにうまくはいかなかった。そんな自分に父は、腕利きのリークをつけてくれてまで独立させてくれたのに、また期待を裏切ってしまった。そう思うと合わせる顔がない。だからといってほかに頼るあてがあるわけでもないので、結局は父の力を借りるしかない。
「まったく、私はつくづく商売にはむかんらしいな」
白い空を見上げて自嘲した。不運だったと自分をなぐさめてみても、忸怩たる思いを拭い去ることはできなかった。
「そうご自分を責められますな」
リークが細い目をより細め、川岸を見つめながらつぶやいた。表情の見えにくい顔だが、つきあいの長いカルマには彼が本心からそういっていることはよくわかった。
「今度のことは仕方のないこと。オズウェル様もわかって下さいます」
――そういうことではない。
どんな形であれ、父の期待に応えられなかったことに変わりはないのだ。
自然と顔がゆがむ。川面に目を落とすと、水が跳ねて袖をぬらした。