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第2話−6:嵐の前

 名家の人間は、十五、六をすぎると社交界入りする。そこで他家とつながりをつくり、結婚の相手を探す。もちろんそこには親たちの、あるいは一族の当主の意向がからんでくる。そのため当人たちの思い通りに話がすすまないことも多い。そこで生まれた悲恋をとりあつかった物語も数多く存在する。

 クルスはアイリーンについて調べるにあたって、彼女が社交界入りしているものと考え、その筋に詳しい情報屋をあたった。しかし、彼女のことはようとして知れなかった。

 なぜか?

 「アイリーンは姉たちの結婚を見て、あんな男たちと結婚したくない、といった。か弱く、優柔な名家の子息が気にいらないというのだ。そして自分で生涯の伴侶を探したいといいだした」

 ミルトは、くすりと笑った。クルスは自分がどんな顔をすればいいのかわからなくなった。

「わたしはもちろん反対した。だがこの娘は生来のおてんばで、もらいてを探すのが難しいというのもまた事実だった」

「でもそれは、お父さまが招いたことよ。先生を決めたのはお父さまなんだから」

「そう。たしかに」

 ミルトは微笑んでいる。

「わたしはこの娘のにネイアをあてた」

 ネイア=アルトラム。イゼルニアがかかえる私兵の長。武勇にすぐれ、また剛直な人物であるという評判だ。融通がきかないということでもあるが。

「彼なら信頼できると思ってね。ところが彼はおよそ家柄というものになじまない男だ。名家らしいたしなみもなにもあったものではない。もちろんわたしもそのことは承知で教育係をもう一人用意したのだが、そちらはアイリーンが気にいらなかった。一応の作法はなんとか覚えてくれたが、しかしネイアの気質を受け継いで、聞き分けのない娘になってしまった」

「お父さまったら」

 アイリーンがしかめっつらしてみせる。

「はは。こういう家柄にしては、ということだ。とにかくアイリーンは自分の相手は自分で決めるんだ、と譲らない。わたしも折れた。三年は待ってやろうといった。それより長びくようならわたしが相手を決める、とね」

 アイリーンが割りこんだ。

「でも、天下に手のとどく英雄なんか何百年に一人でしょ。三年じゃ短すぎると思ってたのよ」

 そこで言葉をきった。茶色い、くりくりした目がクルスを見つめる。それはクルスが知っている、いたずら好きなリタの目に違いなかった。

「でも、見つかったわ」

 婚儀は、春と決まった。



 クルスは城壁の上から外を眺めていた。

 ――俺が天下をとる、か。

 自然と顔がゆるむ。眼下の大軍を退けなければ、今までつみあげてきたものがすべて無に帰すことになる。わかっていながら、クルスは微笑んでいた。

 春の、透きとおった風が、体をなぞるようにふいていく。婚儀からもう一年になる。

 負ける気が、しなかった。

 頭がめまぐるしく動き出す。

 すでにいくつか手は打った。もうそろそろ効果が現れてもいいころだ。

 この一年の間にクルスは義父からさまざまなものを受け継ぎ、自分のものにしてきた。元老院のいす、有力な議員たちとのつながり、信頼と信用、そして名声までも。

 包囲を受けてすでに二週間になる。その間に戦闘は二度。

 相手は二十万の大軍だが、まったくの一枚岩ではない。五十近い小国家や都市が集まってできた連合である。互いの利害が複雑にからみあっており、一貫した指揮系統を作ることは不可能だ。そこにガルテアのつけこむ隙があった。

 そもそもこうしてガルテアを包囲しているのは、ガルテアをとせばその富を得られると考えてのこと。互いが互いをそのための手段だと認識している。できるだけ自軍の損耗そんもうを押さえたいと思っている。そんな軍の士気が上がるはずがない。

 加えて大軍であり、こちらは寡兵かへいだ。この圧倒的な数の差が安心感をもたらす。緊張感がない。いつか降伏するだろう、という指揮官たちの甘い見通しが、兵士たちにも広まっていた。

 しかしガルテアも、完全に団結しているわけではない。正規のガルテア軍は五師一軍。一師は兵士二千五百人からなり、一軍は五師からなる。一軍は一万二千五百。それに商家や貴族たちが護衛のためにかかえている私兵、七千あまりが加わっている。

 流れる雲もなく、空は青く、穏やかに澄みきっている。ここ一週間ほど雨は降っていない。この町にしては、珍しい。

 ――そろそろ、動かねばなるまい。

 元老院がざわついている。必ずこの包囲を打ち破ると豪語して指揮官についたクルスが、いまだになにもしていないことへのいらだちを、あらわにしつつあった。

 なにもしていないはずがない。これだけの戦力差を埋めるには、それ相応の準備が必要になる。水面下で、クルスはさまざまな策を講じていた。

 戦においては、情報がすべてだ。相手の位置や進路、数、構成、指揮官とその性格、地形、兵糧のありか、指揮官どうしの人間関係、目的。相手の情報だけではない。味方についてもそれは同じ。多くを知ればそれだけ優位にたてる。これまでの二週間はその最終段階であった。それと同時に具体的な策も、いくつか実行に移してある。

 隣に人影があらわれた。

「クルスさん」

「そうか。やっと着いたか」

「へい」

「いつになりそうだ」

「今日中に、報せを受けた部隊は撤退を始めるでしょうな」

 相手は特に思案するでもなく、まるで雲の多い空を見て一雨ふりそうだ、とでもいうように答えた。

「そうか、助かる」

 人影はいかにも恐縮したように頭を下げてみせた。

「半分は退くな」

「おそらく」

 ――よし。

「明日、夜半を予定している。撤退を利用して、準備を進めておけ」

 今度は肩を小さくすぼめた。

「そんなものは必要ありませんがね」

 口調がとげとげしい。いらぬことまでいってしまう。やはり緊張しているということだろう。

「わかっているとも。ただ、ここで失敗することは許されぬ。念には念を、な」

 そういってクルスがふりかえると、もうそこに人の姿はなかった。

 肩をすくめ、城壁をおりようと階段のほうへ足をむけたとき、警戒に当たっていた兵たちが声を上げた。

「敵軍、撤退を開始しました」

 もうもうと砂煙を上げて、連合軍の撤退がはじまった。

「警戒を解くな。すべてが退くとはかぎらん。軽々しく動くな。次の命令をまて」

 そういい残し、元老院へ向かった。



「イゼルニア公、なぜ打って出ぬ。今がそなたの申しておった好機とやらではないのか」

 敵軍撤退の報はすぐに元老院にも伝わった。議員たちはここぞとばかりにクルスの無策ぶりを攻めたてる。この二週間、ここがクルスの主戦場であった。

 ――槍のひとつも満足にかつげない連中が。

 戦を知らない議員たちは口々に不平をぶちまける。

「これ以上引きもっていてはガルテアの名折れぞ」

「今をおいていつ戦うのじゃ」

 ――それほど出たければ自分で出るがいい。

「お言葉ですが、公。城外に今どれほどの敵兵が残っているかご存知ですか?」

「数など、今は問題ではあるまい」

 憮然とした顔と、情けない答えがかえってくる。

「今、城外に陣取っている敵軍は水陸あわせておよそ十万。大してこちらは多く見積もっても二万ほどにすぎません」

「だからどうしたというのだ。寡兵で大軍を破ることはよくあることであろう」

 昔物語には、敵の大軍を英雄が寡兵とともに破る場面が数多く登場する。そのすべてがいつわりではなく、実際に倍する敵を相手に大勝をおさめた例はある。しかしそれが頻繁に現れるのは、それが奇異で特筆すべきことだからであって、決して大軍がしばしば敗れるからでも寡兵がいつも勝利をあげるからでもない。

 みな自分がかわいいのだ。閉じこめられていると、もう生きてここから出られないのではないか、などと考えはじめる。戦時、議員たちはなにもしない。なにもできないからだ。じっとしていると、考えはどうどうめぐりをはじめる。小さな不安がある日、急に大きな恐怖に変わる。ひどい場合、発狂するものも出る。ここにいる議員の中にはすでに連合側と通じ、ガルテア敗北後の保身を企てているものも多数ある。証拠もいくつかつかんでいる。

「では、公は今から外に出て、敵を五人打ち倒すことがおできになりますか?」

「なっ――」

 相手は顔を真っ赤にして立ち上がろうとする。それを手で制し、さらに続ける。

「この真昼間、相手も警戒を強めている中でそのようなことをしようとしても、近づく前にハリネズミになってしまうだけです」

「ではどうするというのだ」

 ――考えもなしに口を開くな。

 心に深く影を落とす嫌悪をしまいこむ。これがかれこれ二週間。クルスのいらだちも頂点に達しようとしていた。しかし今はまだ、かのものたちを打ち砕く力はない。もう少し、耐えなくてはならない。

「公をはじめ――」

 議場全体を見渡す。ドーム状になった天井からは、大きなシャンデリアが議場をくまなく照らしている。声をはりあげる。

「ここにおられる方々はみな、ここまで私を信任し、この重役を任せてくださいました」

 議員たちが静かになる。

「それは、これからも変わらぬものと、信じております」

 すこし、声を落とした。

「ガルテアの勝利はもはや目前であります。しかし、焦りは勝利を逃すもと。もう少しだけ、待ちましょう」

 連合軍の半数が撤退を開始したとはいえ、まだ十万の大軍が目の前にある。いくら寄せ集めでも、今このときに城内の軍勢が打って出ることくらいは予想している。警戒は厳しい。さらに、撤退にかかった部隊も、自分たちが城門を開けば全軍でないにしろいくらかは兵をかえすだろう。今すぐに出ても自滅するだけだ。

「明日の朝、城門を開き、打って出ます」

 乾坤一擲けんこんいってきの勝負だ。敗北は、許されない。

「正午までに、捷報しょうほうをお届けしましょう」

 敗れれば、生きてここに戻ってくることはない。

「そうでないときは、方々の好きになさればよい」

 ――それが、ガルテアの滅ぶときだ。


 えー、先週はあと二回でサイドストーリーを終わらせるっていいましたがまだあと二回かかるかもしれません。二回にならなくても、次の一回が長くなります。下書きはあるんですが、前回の部分が下書きと大きく変わってアイリーンの設定が追加されたのでその分ふくらんでしまったもので…。

 昨日の朝から突然、無線LANを使ってインターネットに接続できなくなり、一時は有線でもダメになって、KDDIに助けてもらって有線は復活したものの、無線は復旧しません。初期化して最初からやり直そうとしてもうまくいかない。なんでだろ…。

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