やくそく
そんなことが起こっているとはつゆ知らず、王女は花畑の中で歌を歌いながら花輪を編んでいました。人の気配がしたので振り向くと、王女の知らない男の人が立っています。
「……あなたはだあれ?」
王女が尋ねると、その人はしゃがんで王女の手にキスをしました。
「わたしはクラクス。姫、あなたを助けに参りました」
王女を助けにきた勇者が再び立ち上がると、服や肩についていた赤い花びらが落ちました。勇者は王女の手を引いて言います。
「さあ、王もお待ちです。城へ戻りましょう」
「でも……、ほかに誰かがいたでしょう……? わたしはここを離れられません」
王女は勇者から顔を背けて言いました。
「あなたをさらった魔法使いのことですか? 大丈夫です。さっき、わたしが倒してきましたから」
花輪から手を離し、ようやく王女は勇者を見ます。勇者は長い剣を持っていました。
「それで……きったの? あの人は死んでしまったの?」
王女は震えていました。
「安心できませんか、では確かめにいきましょう」
ふらつきながら王女は立ち上がり、勇者に手を引かれながら歩き始めました。
途中で何度か勇者が話しかけましたが、王女は青ざめた顔で答える元気もないようです。
花に囲まれた道を通り、地面に倒れている魔法使いが見えてきました。地面に散った赤い花びらが、まるで血溜まりのようです。
それを見た王女は、バランスを失って勇者に倒れかかりました。
「もう良いでしょう。こんなものを女性が見るものではありません」
勇者が眉をしかめて言いました。
「いいえ、大丈夫です。確かめさせて下さい」
ゆっくりと王女は魔法使いに近づき、屈み込んでその手に触ってみました。
「死んでいるでしょう。気がすみましたか?」
溜息を吐いて、勇者は微笑みました。
「ええ……確かに」
王女は答えました。
それからしばらくしても、王女はその場を動きません。勇者は不思議に思って近づくと、王女の肩が震えているのが見えました。
「姫……そんな魔法使いのために、泣いているのですか?」
驚いて勇者が尋ねると、王女は呟きました。
「かわいそうな人……」
その言葉の意味が勇者はよくわかりません。
「……あなたは、誰のために泣いているのですか」
勇者はもう一度、尋ねました。
「死んでしまった魔法使いと、そして……あなたのためです」
顔を上げた王女は、もう泣いてはいませんでした。
さらに王女は続けます。
「生前の行いにかかわらず、人は死んでしまえば同じです。だから、わたしはせめてこの人を埋葬してあげたいのです」
勇者は困ったように笑い、ついには優しい王女の願いを聞き入れることにしました。ここは王女の納得するようにしたほうが、これ以上わだかまりが残らないだろうと思ったからです。
「あの丘の上にしましょう。花がきれいで、見晴らしも良いのです」
王女の提案で勇者はその場所に行ってみましたが、なるほど花は咲き乱れ、城までも見える美しい場所でした。
お墓ができあがり、王女はそこに花輪を置きました。花畑で作っていた花輪です。そっと手を合わせ、王女がお祈りを終えると勇者のほうを振り返りました。
「もう一度……、あなたのお名前は、何と仰るのですか?」
カナリアが飛んできて王女の肩に留まります。風が赤い花びらをさらい、勇者の顔に吹き付けました。
「わたしはクラクスです。城に帰ればあなたの夫となるでしょう」
チチッっとカナリアはさえずりましたが、王女は別に驚いた様子もなく微笑みます。
「わかりました。……クラクスですね」
安心したように王女は空を見上げて言いました。
「ではここで、わたしはずっと、あなただけを想い、ともに過ごすことを誓いましょう……」
勇者は王女に近づくと、そっと王女が前で握りしめていた両手をほどいて片手を取り、キスをしたあと抱きしめます。カナリアは驚いて飛んでいってしまいました。真っ赤な花びらが絡みつく、王女の透けるような髪は、カナリアを追い駆けるように風になびきます。
「さあ、城に帰りましょう」
「はい……」
勇者は王女の手を握りしめると、ゆっくりとベルヴェデールの屋敷をあとにしました。




