あかいはな
険しい山道を登り、やっとのことで、勇者は魔法使いの屋敷までたどり着きました。その建物は二階建てでとても大きく、一人で住むには大き過ぎそうです。
勇者は屋敷の周りをぐるりと回り、開けたままになっていた正面の扉から、中に入ることにしました。
最初に入った場所は台所で、パンを焼いた匂いがしました。しかし、辺りには誰もいません。
台所を出て、一階にある残りの部屋を捜しましたが誰もいません。
階段を二階に上がりました。
そこで勇者は、魔法使いの部屋を見つけました。本がたくさん並んでいる部屋でしたが、中に魔法使いはいませんでした。
次に勇者は、王女が使っていると思われる部屋を見つけました。魔法使いの部屋の、隣の隣にあるその部屋は、窓が開け放されていて、風で白いレースのカーテンが揺れています。
ベッドの横にある机の上には、見たことのない真っ赤な花が花瓶に挿されていました。
こうして屋敷中を捜しましたが、王女も魔法使いも見つかりませんでした。勇者が仕方なく、開けたままになっていた扉を通って屋敷の外に出ると、道の淵にあの赤い花が並ぶように咲いています。
「夢を見ているのだろうか? ほんの少しまえには、花なんて……」
甘い匂いが風で運ばれ、赤い花びらがちらちら揺れます。地面には一面に、花びらが落ちていました。勇者は恐る恐るそれを踏みながら、道を歩いていきました。
すると、道の先に黒い外套を着た人物が、ぽつんと立っているのが見えてきました。
だんだんと近づきながら、勇者は尋ねます。
「お前が、ベルヴェデールか」
「そうだ」
落ち着いた声で魔法使いは答えると、勇者を見向きもしないで、赤い花を一本手折りました。
風が強く吹いて、花びらをいっせいに舞い上げます。
勇者は、花の雨が降る中を真っすぐ、魔法使いに向かって進みました。
「王女はどこにいる」
魔法使いはなにも答えません。
オレンジのカナリアがどこからともなく飛んできて、魔法使いの肩に留まってさえずり、またどこかに飛んでいってしまいました。
「王女はどこにいるかと聞いている。答えろ!」
勇者は剣に手をかけました。
魔法使いはやはりなにも答えずに、その代わり、一瞬だけ勇者に顔を向けたのです。フードの影からのぞいた魔法使いの口元は、確かに笑っていました。
勇者はついに剣を抜くと、魔法使いをきりました。
魔法使いの握っていた花は、地面に音もなく落ち、魔法使いも同じように地面に倒れました。
2012.2/11 不自然だった助詞を変更




