ものしりのき
今度もし誰かに会ったら、何と話しかけようか考えながら歩いていると、広場の真ん中に丸い池があるのが見えます。池の水には空が映り、そして空も水も青く澄んでいました。
王女がしゃがみ込んで池の中をのぞき込むと、底から一匹の青い魚が泳いできました。
「こんにちは、あなたは……」
魚は深い緑色の眼を水面に出して、長いひれでゆっくりと水をかき回しています。
「なあに?」
鳥は魚を食べるのか、王女は知りませんでしたけど、この青い魚は優しそうなので、思い切ってジャックのことを聞いてみることにしました。
「カナリアをご存知ない?」
魚はポチャンと跳ねて、池の中を泳ぎました。まるで何と答えるかを考えているようです。
「そんな魚は聞いたことがないよ。この池の中のことなら、何だって知ってるんだけど」
王女は笑いながら、カナリアが魚ではないことを教えようか教えまいか悩んでいると、さらに魚はもう一度跳ねました。
「そうだ、この先に物知りの樹があるって聞いたことがあるよ。行ってみれば?」
小さい水しぶきを上げて、魚は水の中に戻っていってしまいました。王女は手を振ると、今度は物知りの樹を捜すために歩き出します。
道はだんだんと細くなり、花は王女に近付いて花びらや葉っぱで触ろうとしました。触ることができた花は嬉しさのあまり、ハラハラと花びらの涙を流します。
良いお天気で、王女は少しだけ汗をかきました。空を見上げると太陽は恥ずかしがって、慌てて雲で顔を隠します。
王女が休憩のできる木陰がないか探していたら、花の真上をオレンジ色の鳥がさっと横切りました。鳥のあとを追い駆けるように風が吹きます。
「待って!」
その鳥はカナリアでした。
ジャックと同じオレンジ色のカナリアでした。
急いで王女はドレスを押さえると、飛んでいったカナリアのあとを追い駆けましたが、あまりに速く飛んでいったので途中で見失ってしまいました。それでも王女は走っていきました。
花の海はどんどん深くなり、ついに王女の背丈より高くなってしまいました。まるで身体が小さくなったみたいです。
波が覆い被さるように、左右から花が王女に押し寄せ、影を作ったり光を当てたりします。
ときおりの眩しさが、王女の足元をふらつかせます。やけに甘い花の匂いのせいで、気が遠くなりそうです。
王女はきっと、夢を見ていると思いました。
すると道の先に、いえ、花の中に誰かいるのが見えました。肩にはさっきのカナリアが乗っています。
「ジャック!」
もし、あの肩に乗っているカナリアがジャックであれば、王女のところに飛んできてくれるかもしれないと期待して、王女は走りながら名前を何度か呼んでみます。
走って近づくにつれて、そこに立っているのは黒い外套を着た老人であることがわかりました。顔はフードに隠れて見えません。老人はしわだらけの手で外套をさっと広げます。
ファンファーレが鳴るように風が吹いて、いっせいに花びらが王女に降りかかりました。あまりにもたくさんの花びらだったので、前が全然見えません。
カナリアが鳴いています。
王女は目をつぶって耳をふさぎました。それでも、カナリアの声はずっと、頭の中に響いていました。




