はなばたけ
森に続く小道を独りでしばらく歩き、王女は森の入り口にたどり着きました。昼間なのに森の中は薄暗く、いまにも恐ろしい怪物やなにかが飛び出してきそうです。
王女は震える足をむりやり引きずるようにして、森の奥に少しずつ進んでいきました。
木がザワザワと揺れるたび、王女は耳をふさいでしゃがみ込み、目の前を動物が走り去るたび、目を覆ってしゃがみ込みました。
そうしてどれくらい歩いたでしょう。
ジャックはまだ見つかりません。名前を呼んでみましたが、その声に答えるものはいませんでした。
やがて、ずっと歩いてきた一本道の先に、明るい光が見えてきました。王女は嬉しくなって、思わず走り出します。
さえずる小鳥の声。
甘い蜜の匂い。
花から花へ忙しそうに飛び回るミツバチやチョウたち。
「まあ!」
王女の目は驚きで、思わず丸くなります。だって、驚かずにはいられません。そこは一面に広がる広い広い花畑でした。
王女はこんなに広くてきれいな花畑を、いままでに見たことがありませんでした。王女の立っている小道は、この花畑の真ん中を真っすぐ突き抜けています。
王女が歩いていくと、左右から甘い花の香りがして、まるで花の海の中を歩いているみたいでした。
「誰かを捜しているの?」
下から声がしたので王女が下を見ると、そこにいたのは白くて小さくて赤い眼をしたウサギでした。ウサギは丸い目をパチパチさせて、じっと王女を見ています。
「ええ、ジャックというカナリアを捜しているの」
王女は、いままでウサギに話しかけられたことなどなかったので、とてもドキドキしながら答えました。それにもしかしたら、このウサギがジャックの居場所を知っているかもしれません。
「ふーん、カナリアなんて知らないよ」
ウサギはそう言い残すと、さっさと行ってしまいました。王女はがっかりしてまた歩き始めます。
風がハミングをして花を揺らすたび、王女の金色の髪もふわりと揺れて、花の首筋をくすぐります。
「長い髪のお嬢さん、どこへ行かれるのかね」
突然聞こえてきた声の主を捜そうと、王女はきょろきょろと辺りを見回しました。
「違う違う、こっちだよ」
その声は、王女の顔の近くにある花から聞こえてきます。
「花が言葉をしゃべられるなんて!」
王女は大変驚いて、思わず大きな声を出してしまいました。
声が聞こえてきた花を不思議そうにのぞき込むと、そこから緑の幼虫がひょっこりと顔を出しました。
「違う違う、無口な花がしゃべるはずないじゃろう。あいつらの無愛想さと言ったら、かじられてもだんまりさね」
緑の幼虫は退屈そうにあくびをしながら、ぐるりと辺りを一周して葉っぱの上にあぐらをかきました。幼虫の側にある葉っぱは、どれもあちらこちらが少しずつかじられています。
「おしゃべりな方なのね。あなたはカナリアのジャックを見かけなかったかしら?」
王女が尋ねると、幼虫は目の色をくるくる変えて、黄色い角を出しました。
「お前は鳥の仲間か! 鳥はわしらを喰いやがる、そんな奴らなんぞ知るか。さあ、あっちに行った行った!」
幼虫は王女を大声で怒鳴りつけ、すぐに葉っぱの影に隠れて見えなくなってしまいました。王女はまたがっかりして、今度からは話し相手の機嫌を損ねないように、慎重に話をしようと思いました。




