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捨てられた妻は迷惑剣尊を拾う  作者: 小閑


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8/10

謝翰

 相手の名は謝翰(シエハン)、仙家(シエ)一族の宗主の孫で、今年二十二歳になる。


 (シエ)一門はこの地方では最も大きな古い仙門で、(テン)家から馬で半日ほどの松芳(ソンファン)という町に広大な邸宅を構えている。一帯の大地主でもあり、邸宅の背後を守る山には豊かな霊泉があるという。


 松芳(ソンファン)は古くから風情のある佇まいで知られ、詩や絵の題材にもなって文人に愛されてきた。そこに根差した謝家もまた、豊かさや勢力だけでなく文雅を体現する名家とみなされている。一族の中には、都の名門に嫁いだ者もいるという。


 (テン)家もそれなりに由緒はある。近くの町や村では「此処の仙門様」と敬われているが、(シエ)家とは比べものにならない。(ユー)がたとえ宗主の孫娘だったとしても、来そうにない縁談だった。


 それが来たのには、止むを得ない理由があった。


 陽の気の暴走という病がある。

 修仙者で陽の気が非常に強い者がかかりやすく、症状が出れば高熱に苦しみ命にかかわるが、いまだに特効薬といえるものがない。ただ、陰の気の強い相手と双修を続ければ次第に改善することがわかっている。

 

 通常、陽の気が強いのは男性で陰の気が強いのは女性だ。つまり多くの場合、結婚して道侶を得れば症状が落ち着く。


 この謝翰(シエハン)、才能も品性も容姿も非の打ちどころのない若君と評判ながら、生まれつき陽の気が暴走しやすい体質だった。両親は心配でたまらず一刻も早く結婚させようとしたが、日ごろは孝に厚く目上に逆らうことなどない次男が、こればかりはがんとして受けつけない。


「私は女性に関心が持てないのです。愛することのできない相手を娶ることなどできません。どうぞこの不孝者をお罰しください」と跪いて詫びるばかりだ。


 両親は「それならば仙家の子息で陰の気の強い者を探して、道侶に迎えてはどうか」と言い出した。仙家ではそういった例は無いわけではない。跡継ぎなら、すでに結婚している長男の息子がいる。


「親は天」という。謝翰(シエハン)もさすがに更に逆らうことはせず、この提案に同意した。

 

 両親はさっそくつてを辿って条件に合う仙家の子息を探し始めた。すぐには見つからないだろうと覚悟はしていたものの思った以上に困難だった。見つけても年齢が離れすぎていたり、すでに縁づいていたりした。


(仙家の子息でなくても、それなりの仙門の弟子なら良しとしようか)と思い始めたころ、出入りの商人から沐雨(ムーユー)の噂を聞いたのだ。すぐに人を垂花(チュイフア)の町に送り、それとなく確かめさせた。


 このころまた謝翰(シエハン)に症状が出て、すぐに治まったものの、もう家格がかなり下だろうと下女の子だろうとかまわないという気になっていた。息子の命には代えられない。


 結婚は家と家の間のこととはいえ、当人同士の相性があまり悪くては双修はうまくいかない。そこで、たいていまず二人がさりげなく会って会話するような機会を作り、問題がなさそうなら仲人を立てる。両親はさっそく宗主に相談し、(テン)家へ打診の文を書くよう頼んだ。


 ◇


 (ユー)が堂主に呼ばれたときには、すでに(シエ)家から内々の打診を受けた宗主の計らいで、謝翰シエハン藤露(テンルー)堂に到着していた。暑さが近づく季節とあって、二人はあずまやで待っていた。


 いつもより硬い声の堂主に「(シエ)家の若君に薬草園をお見せするように」と命じられ、初めて顔を上げてまともに相手を見た(ユー)は、自分の目を疑った。


 まるで、恋愛小説の挿絵からそのまま抜け出てきた貴公子のように見えたのだ。目立たない抑えた装いだったが、香り立つような優雅さと気品は隠せていなかった。目が合うと、端正な顔にふっと微笑みが浮かび、その眩しさに膝の力が抜けてくずおれそうになった。


(こんな人が本当にいるんだ)


 堂主の軽い咳払いに我に返り、改めてぎくしゃくと礼をした。驚きと緊張で思うようにならない体を何とか動かして、薬草園へと相手を案内した。


(なんで僕がこんな人の案内を......先輩たちは何してるんだろう。失礼があったらどうしよう)


藤露(テンルー)堂主さまの薬草園を拝見できるとは光栄です」


 すべらかな、耳に心地よい声で林翰が話しかけてきた。


「は、はい」


 相手は(ユー)より頭半分ほども背が高いのに、風に乗ってでもいるように軽やかに歩む。まるで同じ人間ではないようだ、と思った。


「あなたも薬草の世話をなさるのですか?」

「はい、あの、交替で......」


 何か案内らしいことをしなくてはと焦っていると、背の高い葉の大きな草の茂みが目に入った。


「あ、あちらは当帰で......」と言ってすぐ(見ればわかるのに)と後悔した。


 だが(シエ)の若君はさすがと言うべきか、相手をくつろがせ、言葉を引き出すのが上手だった。


 感心したように「何と、よく育っていますね」とうなずき、手入れで気をつけていることは何か、今年の他の薬草の育ちはどうかなど、(ユー)が答えられそうなことを尋ねてくる。

 もともと話すのが得意ではない(ユー)の、訥々とした応答にほどよく相槌を打ちながら、いかにも興味深いといった表情でじっくりと耳を傾けてくれる。


 いつの間にか緊張が解けてあれこれと話していた。これだけ口をきいたのは生まれて初めてではないかと思うくらいだ。薬草園を回り終えたときには(しゃべりすぎた)と不安になった。


 だが謝翰(シエハン)は微笑んだまま「今日はありがとう。おかげで楽しいひとときでした。あなたと私のあいだに縁があればうれしいのだが」と言い残し、泰然と立ち去った。


(縁なんてないよな、住む世界が違うし)

 

 名家の若君ともなると、他家の屋敷内とはいえ自分のような者にまで、あんなに丁寧に気遣いながら接するものなのだろうか。

 人を見下す必要すらないからだろう、と(ユー)は考えた。


(夢みたいな時間だったなあ)


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