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捨てられた妻は迷惑剣尊を拾う  作者: 小閑


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藤翼の想い(前)

 算学の講義が終わると、藤翼(テンヨウ)はすぐに器修坊を飛び出して藤露堂へ向かった。


 藤露堂は屋敷の南西の一角にあり、治療所と薬房、医薬の書を集めた蔵書房と薬草園からなっている。彼の大叔母である堂主藤苓(テンリン)長老の下、医修と薬修が学ぶ場でもある。


 囲いの外から薬草園をのぞくと、思った通り沐雨(ムーユー)が後輩に手入れのしかたを教えている最中だった。


(ユー)!」


 声をかけると振り向いて立ち上がった。医修見習いの淡い水色のお仕着せと前掛けがよく似合っている。

  

「明日は休みだろ?今晩遊びに行っていいか?」


「いいよ」という返事に、とたんに気持ちが浮き立つのを感じながら、(ヨウ)は「じゃあ夕食はそっちに運ぶよ」と言い、手を振ってその場を離れた。

 

 二人とも毎日忙しくて、以前のようには一緒に過ごせない。特に昨年(ヨウ)が器修見習いとなってからは、全く会えない日もある。

 

 (ユー)は三年前に医修の道を選び、藤露堂主に弟子入りした。理由を尋ねると「屋敷に必要な存在になりたいから」だという。それを聞いて(ヨウ)の心は痛んだ。


 宗主の大甥でありながら、(ユー)はいつも肩身の狭い思いをしているように見えた。当時は陰の気の一件もあったから、よけいに「居場所を失うのではないか」という不安にかられたのかもしれない。

  

 だが理由はともかくとして、医修の道は(ユー)に合っているようだ。

 

 藤露堂主は名高い医修で、若いころは神医に教えを受けたこともあるという噂だが、厳しいことでも評判だ。弟子入りを希望する者は少なくないが、ほとんどがひと月もしないうちに音を上げて別の長老の下へ移ってしまう。


 何しろ治療所の掃除に水汲み、薪割り、病人やけが人の敷布や寝巻の洗濯、少し慣れてくると着替えはもちろん下の世話までさせられるのだ。生半可な気持ちでは続かない。

 自分なら耐えられない、そう思って心配したが、(ユー)は愚痴ひとつこぼさずに淡々と言いつけられた仕事をこなしているようだった。甘やかされて育った自分と違って、小さい頃から何でも自力でしていたからだろうか。


 ここ三年ほどで(ヨウ)は急に背が伸び、とうとう(ユー)を追い越した。まだ横幅が追いつかず夏葵(シャクイ)には「ひょろ長」と言われるが、線の細い(ユー)よりはまだがっしりしているはずだ。力仕事は骨が折れるだろうと言うと、大したことはないという答えが返ってきた。


「それにね、言われた仕事をしてると、自然と患者さんの具合がわかってくる気がするんだよ」


 こんなとき、(ユー)にはかなわないという気がする。


 弟子入りして半年もたつと本格的な学びが始まり、(ユー)は一段と忙しくなった。学問は苦手なはずなのに、薬草の名や人の体の仕組みを覚えるのは不思議と苦ではないというその表情は、以前より生き生きとして見える。


 人づきあいも増えたようだ。前は親しいのは自分だけだったが、今では見かけるとたいてい、同じお仕着せを着た仲間と一緒だ。当然ではあるし(ユー)にとって良いことのはずだが、少しさびしい気がした。


 そしてもう一つ、(ヨウ)を悩ませていることがある。


(ユー)はまたきれいになった…男にきれいはおかしいかもしれないけれど、本当だからしょうがない)

 

 紫鈴山で助けてもらうずっと前、まだ幼いころからきれいな子だと思っていた。


 当時から、(ユー)に因縁をつけたり嫌味や暴言を浴びせたりする連中はいた。本人は自分の立場が弱いから鬱憤晴らしで当たられると考えているようだ。それに陰の気の件で、異質の存在とみなされるようになったこともある。


 だが(ヨウ)に言わせれば、絶対にやっかみもあるはずだ。中には(ユー)に惹かれている者だっているだろう。(ユー)を蔑みながらも、きれいだと感じたり心惹かれたりせずにいられない自分に戸惑って、どうしていいかわからない苛立ちをぶつけるのだ。

 

 (ヨウ)自身も、幼なじみの親友の変化に戸惑っているからわかる。

  

 特に最近は顔立ちが大人びてきて何ともいえない風情が加わり、美しいと感じるようになった。どこがどのようにとうまく説明できないのだが、もし紫鈴山の精がいたら、(ユー)のようではないかという気がする。

 

 繊細で優しげな立ち姿、穏やかな弧を描く眉、木漏れ日のように柔らかな光をたたえた目。素朴な温もりを感じさせる美しさだ。

 

 問題は、素直にそれに見とれる連中もちらほら出てきたことだ。何なら同じ医修見習いの中にも、やけに親しげな様子でくっついて回っている奴らがいるような気がする。


「お前、あいつに惚れてるんだろ。もらってやったらどうだ」

 

 従兄にたちの悪い冗談を言われたときには、殴るのをがまんするのに苦労した。(ユー)のことで喧嘩をすれば、かえって肩身の狭い思いをさせるというのは苦い経験から学んだ。両親、特に母親は、はっきり口には出さないものの、自分が(ユー)と過ごすのを好まない。


 従兄の下卑た言葉は許せないが、もしかしたら(ユー)は男性と恋愛をしたいのかもしれない、と思ったことはある。もちろん、好んで読む小説がそういう内容だからといって、(ユー)自身もそうだとはかぎらないけれど。


 たとえそうだとしても、自分はたぶん(ユー)とそういう仲になることは望んでいないと思う。

 

 自分がなりたいのは(ユー)にとって一番身近な、かけがえのない存在だ。(ユー)が恋をすれば二番になってしまうかもしれないが、恋心は冷めることもある。一生変わらず(ユー)のそばにいること、それが自分の望みだ。

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