無悔剣尊
というわけでしかたなく紫鈴山に入り、合図の笛を吹きながら翼が行きそうな場所を見て回っているのだった。
去年、泥と落ち葉にまみれながら這って帰ろうとしていた翼の姿を思えば、心配ではある。わずかだが水の流れる沢は特に念入りに調べた。
ところが、丘と呼んでもいいほどの小さな山なのに、どこにも見当たらない。
(考えてみたら、本当に山にいるんだろうか。......まさか、町に遊びに行ったとか?)
一番近い小さな町、垂花鎮までならそう時間はかからない。
雨たちは七日ごとに休みをもらえるが、町へ行けるのは月に一度だけと決められていて、翼は不満たらたらだった。
本当に行ったのなら大胆不敵、見つかれば罰棒は免れない罪だが、大人が皆客に気を取られている今日は確かに絶好の機会だ。
(翼ならやりそうだ)
はあ、と気が抜けると一気に疲れと空腹が襲ってきた。腰を下ろして懐から包みを取り出す。
中身は乾燥させた雑穀の蒸し餅を、削って小さなかけらにしたものだ。修行者は贅沢に慣れてはならぬというので、三日ごとにこれと薄い汁物か豆乳だけが食事という日がある。
歯が折れそうに固いので皆「石ころ餅」と呼んで恐れるが、雨は嫌いではない。口に含んでいると、穀物の滋養がじんわりと体に広がっていく気がするのだ。
竹筒の水も飲んで人心地が付くと、雨は考え始めた。
問題は客がいつまでいるかということだ。早く帰ってしまえば、二の若奥様がやんちゃな末息子の様子を見に来るかもしれない。
(去年とおととしは昼過ぎには帰ったけど、大人たちはそのまま夕食まで会議をしてた。三年前は十四歳の子がいなかったから、すぐ帰った。その前はどうだったっけ)
今日の客は、毎年同じ日に藤家を訪れている。
毎回子どもたちには禁足令が出るが、新たに十四歳になった子だけは客をもてなす大堂へ呼ばれる。だがそこであったことについては口止めされるという。
客の名前は尋ねても教えてもらえない。どうも大人たちは皆、この客について表沙汰にしたくない、触れたくないという様子なのだ。
だがいくら伏せていても、隠しきれるものではない。
無悔剣尊、雲晧。それが客の名だという。
修仙者で無悔剣尊の名を知らぬ者はいない。
なにしろ古今の名高い修仙者について記した『修仙列伝』という必読書にも載っているのだ。
剣の道を通して修行する修仙者を剣修といい、雲晧は当代最高の剣修の一人とされる。
孤児だったが隠者の山査老に拾われて修行の道に入り、弱冠二十二歳で国中の剣修が集う修剣大会で優勝した。
後に邪道に堕ちた修仙者どもが起こした「邪修の乱」の鎮圧にも大いに貢献した英雄である。霊剣「無悔」のひと振りで十数人の敵をなぎ払う姿に、いつのころからか「無悔剣尊」と称されるようになったという。
『修仙列伝』に書かれているのはここまでだ。だが雲晧の話には続きがある。
邪修の乱は五年あまりも続いて数えきれない人々が犠牲になり、その中には雲晧の兄弟弟子も含まれていた。
弟弟子のほう、雲慕雪は、実は雲晧の同性の恋人でもあったという。
死んだ恋人をあきらめきれない雲晧は、何とその生まれ変わりを探し始めた。というのも彼は「認魂琴」といって魂を見分けることのできる法器を持っていたからだ。
古くから、修仙者は生まれ変わっても修仙者になるといわれる。また、魂は体が幼いうちは不安定で、十四歳ごろまでに本来の形をとって安定するという。
そこで雲晧は十四年間待った後、各地の仙門を訪れては、十四歳になった者がいると認魂琴で調べさせてほしいと頼むようになった。
最初は驚いた仙門の側も、何しろ相手は英雄で剣尊だから断れない。
それがもう十年も続いているが慕雪の生まれ変わりは見つからず、剣尊はいまだに各地を回っているという。
当初雲晧に同情的であった者たちも、時が経てば次第に気持ちは変わる。
最初から「生まれ変わりを見つけるなど荒唐無稽な話だ」「未練がましい」という声はあった。ほとんどの仙門が多かれ少なかれ犠牲者を出し、そこからやっと立ち直ってきたのだ。
それに、万が一生まれ変わりが見つかったとしてもすでに別人として生きている者を、雲晧はどうする気なのか。
連れ帰ると言われて渡さなかったら素直に引き下がってくれるのか。もし怒って暴れられたら、大惨事になりかねない。
結局のところ、いくら功績や実力があろうと厄介な人物だ、「迷惑剣尊」だと陰でささやき合うようになった。
藤家でも雲晧の訪問を受け入れてはいるものの、準備も要るし神経を使う。年に一度とはいえ「まだ来るのか、面倒くさい」と長老がこぼすのを聞いた者もいる。
毎年屋敷に来ているのがその無悔剣尊だと聞いても、雨に現実感はなかった。
生ける伝説の英雄は彼にとっては雲の上の人だ。
だが、雲晧と慕雪の物語には強く心を惹かれた。
慕雪も雲晧ほどではないにせよ、民に尽くした気高い剣修として広く知られている。白い衣をひるがえして剣を振るう姿は汚れなき白雪、高嶺の百合にも例えられたが、あまりにも早く命を散らした。
邪修に襲われた村の人々を守って犠牲になったという。雲晧はそのとき他所で戦っていて、駆けつけたときにはもう遅すぎた。無数の人々を救った剣尊は、己の恋人を守れなかったのだ。
(どれほど悔やんだことだろう)
「無悔」という名が残酷な皮肉に感じられて、雨はため息をついた。
(とりあえず、いったん帰ろう)
そう思って、立ち上がったとき。




