縁組の日 (※重要なお知らせ)
お読みくださいまして、誠にありがとうございます。
本作は、今後の展開に一部年齢制限を伴う内容が含まれると考えられるようになったため、ムーンライトノベルズに移動することにいたしました。
途中でこのような形にいたしますことを、心よりお詫び申し上げます。
縁談は瞬く間に進み、沐雨が謝家に入る日も決まった。
こういう話はどういうわけか、すぐ噂になって伝わる。藤翼には自分がちゃんと伝えなくては、と雨は思った。
自分にとってはたったひとりの友達だ。十二歳のときに紫鈴山から背負って帰って以来、七年間ずっと変わらず親しくしてくれた。彼の存在にどれだけ支えられたことだろう。
(だからこそ、気が重くてもきちんと説明しないと)
夕方器修坊に寄って話があると言うつもりだったが、不在で会えなかった。だが夜に翼の方から部屋にやってきた。
どうやらうすうす何が起きているか察したらしい。いつものような軽口もなく、表情は硬かった。
雨が最初から事情を説明すると「なんでだよ、雨が行くことないだろ」と泣きそうな顔をした。
「謝の若君には、僕が必要なんだ」
「謝家は大金持ちじゃないか!沃原中だって探せるんだから、他にも誰か見つかるだろ?何でわざわざ雨を連れて行くんだよ」
「僕があの人の役に立ちたいんだよ」
翼は衝撃を受けた様子だった。
「このあいだ会ったけど、すばらしい人だよ。それなのに病気で......助けてあげたいんだ」
「相談せずに決めてごめん。僕にとっても急な話だったから」
「だけど翼も、そのうち縁談が来て大事な人ができるだろう?みんなそうなんだ。でも僕たちはずっと友達だよ?」
翼は信じられない、という顔で雨を見ると、ふらふらと立ち上がった。
「ねえ、会えなくなるわけじゃないんだよ?手紙だって書くし」
「大丈夫?ほら足元、気をつけて......」
雨が何と声をかけても翼は無言だった。一瞬だけ顔を上げて力なく微笑むと、とぼとぼと帰って行った。
その後、気になって器修坊に行っても会えない日が続いた。陳婆やに相談すると夏葵を呼んできてくれたが、二人がそろって言うのは「しばらくそっとしとくしかありませんよ」ということだった。
「そりゃあ辛いでしょう、一番の仲良しだったんだから。私らだって坊ちゃんがいなくなるのはさびしいですよ」
「でも願ってもないすばらしいご縁じゃありませんか。遠くへ行くわけじゃなし、翼様もそのうち気が落ち着きますよ」
「ずっと子どもでいられるわけじゃなし、みんな、いつかはそれぞれの道を行くんです」
大人びた表情で夏葵が言った。そういえば、夏葵は二十歳になるのに縁談があったという話は全く聞かない。だが雨に理由を気にする余裕はなかった。
結局翼とは会えないまま、縁組の日が来た。
雨は朝早く起こされ、主屋に連れて行かれて侍女二人がかりで正装させられた。格式の高い品だという生まれて初めての絹の長衣は、何だか大げさで動きづらいうえ、ひどく似合わない気がした。
次に大堂に移動させられると、宗主と長老たち、そして数えるほどしか見たことのない父親がいた。さすがに呼びつけられたらしい。
謝家に入るに当たって、雨は私生児から藤家の庶子に格上げされ、藤姓を名乗ることになった。亡くなった母も、礼に則って迎えた父の側室だったことにされたという。
このような修正は、格上の謝家への礼儀であり、身分差の大きい者同士の縁組ではよくあることだ。
立場が上がったのだから喜ぶべきなのだろうが、雨はうれしいと思えなかった。形の上で藤家の一員となるだけで、本当の家族ができるわけではない。母はどうだろう。自分を遊び相手としか思わなかった父の妻となって、喜ぶだろうか。
冷めた気分で父の前に跪き、頭頂でまとめた髪に冠を着けられた。これは男性の成人を祝う、冠礼の儀式だ。藤家では本来二十歳で行い、宗主の直系なら祝宴が催される。
十代のうちに婚約をすることはよくあるが、結婚は成人してからするものであり、藤家を出る前に簡略に行うことになったのだ。
雨は深々と礼をした。居並ぶお偉方の中で心から頭を下げようと思えるのは、師と仰ぐ藤露堂主と、恩のある宗主だけだった。
親がいない者、親元を離れている者は、冠礼の時期になると弟子入りした長老に冠をつけてもらうこともある。自分もそうしてほしかった、と無表情で立っている堂主の方を見て思った。
家令が迎えが到着したことを告げに来て外へ出ると、すでに人々が主屋の前に集まっていた。翼の姿を目で探したが見当たらない。だがもっとよく見回す間もなく付き添いの侍女にせかされ、雨は前庭に立った。
謝翰はもうすぐそこまで来ていた。翡翠色の衣に白玉の冠という正装で現れた貴公子の姿に「ほう......」と人々からため息が漏れた。これほど雅な人物を目にする機会は、誰にとってもめったにないことだったろう。
初対面でもないのに、雨はしばし見とれ、そして似合わない衣装を着て突っ立っている自分がひどく場違いな気がし始めた。
(本当に、僕がこの人と?何かの間違いなんじゃないだろうか)
だが貴公子は雨を見つけると、例の眩しい笑みを浮かべた。涼やかな風のように近づいてきて「あなたと縁があったとは何と幸運なのでしょう、愛らしい人」とささやく。それでもう、何もまともに考えられなくなった。
並んで再び大堂に上がり、指南役の長老の合図に従って拝礼を繰り返す。それが済むともう出発だった。謝翰は雨の手を取った。
「さあ、行きましょう」
動きはあくまでも優雅だが、雨を引き寄せ駕籠へと導く腕は力強かった。ふいに間近で体格の差を感じてどきどきした。
門の前まで来て振り返ると、生まれ育った屋敷を離れるのだという実感がようやく胸に満ちてきた。母が自分を生み、長年住んだあの部屋にももう戻ることはないのだ。
一族の人々の後ろで、陳婆やと夏葵が目をぬぐっている。翼は家族の陰に隠れるようにして、こちらを見ていた。雨は少しだけ手を上げて笑いかけてみたが、翼は微動だにしなかった。
(傷つけてしまった)
だがもう後戻りはできない。いつかまた、話せるときが来るだろう。そう自分に言い聞かせて、雨は迎えの馬車に乗り込んだ。




