序
今も昔も、この大いなる沃原では仙人修行が盛んだ。
修行者は修仙者と呼ばれ、王朝が何度変わろうと絶えたことはない。彼らは修行によって超人的な能力を身につけ、いつかは不老不死の仙人となって天界に昇ることを目指している。
とはいえ本当に昇仙したという例はほんのわずか、伝説として残っているにすぎない。
仙人とまではいかずとも、力を得た者たちは霊剣を振るって乱を鎮めたり、驚くべき技や知識で人々を救ったりしてきた。仙門と呼ばれる修行の門派を開いて弟子を導いた者も多い。
今では各地に二百を超える仙門があり、開祖の子孫が代々の宗主を務め、宗主とその一族は仙家と呼ばれている。
◇
「私はあなたと取引がしたいのです」
緊張のあまり声が震えそうなのを必死で抑えながら、沐雨は向かいに座る相手に告げた。
衛と名乗るその若い男は、優雅に茶の香りを嗅いで一口すする。ふと、階下の酔客の歓声も通りで流しの琵琶弾きが奏でる音も、遠ざかったような気がした。
「しかし、先ほどは断られましたが?」
「断ったのは私の連れです。私は衛さんの雪紗石を買いたい。あなたもそれを察したからこそ、使いをくださったのでしょう?」
衛は口元だけの笑みを浮かべると茶碗を置いた。
「代価が何か、本当にわかっていらっしゃいますか?」
「わかっています。私があなたのお知り合いの方と、その、双修をすればよいのでしょう」
「はっきり申し上げますが、ただ向かい合ったり手を取り合ったりしてする類のものではありませんよ。失礼ですが、あなたにできますか?」と問う口調には、どこか挑発するような響きがあった。
「できます。ただし、いくつか条件があります」
「うかがいましょう」
衛は正面から雨を見た。役者のように整った顔の裏には、悪意が隠れている気がしてならない。
(舐められてる。それに、敵意を感じる......なぜだろう?)
だが雪紗石を得る当ては、この得体の知れない男だけなのだ。逃すわけにはいかない。
(しっかりしろ、雨。よく考えるんだ。カモにされてたまるか)
雨はもともと危ういことには近寄らないほうだ。身分も才能もない人間は何をするにも保身が一番、そう心得てできるかぎり、目立たず差し障りのないように生きてきた。
一度だけ愚かにも賭けに出て、痛い目を見たことは忘れていない。
(雨は雨のしたいことをしていいんだよ)
(思いのままに生きればよい)
誰よりも身近な幼なじみの、そしてあの人の声が頭の中に響く。
ならば今自分がしようとしていることこそ、本当にしたいことだと思う。
だが惚れた男のために怪しい輩に身を売ることになろうとは、人生先のことは本当にわからない。
何がどうしてこうなったかといえば、事の発端は十年も前にさかのぼる。




