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コメディー短編(異世界恋愛)

婚約破棄されたので、“すべてを壊す呪い”をかけてあげましたわ

作者: 多田 笑

少しでも笑っていただけたら嬉しいです。

「エマリア、君との婚約を破棄する」


 煌びやかな舞踏会の只中、侯爵家の令息アレス・デストロイは、冷ややかにそう告げた。


 伯爵家の娘であるエマリア・シヴァイスは、胸の奥を鋭く刺されたような衝撃を覚えながらも、必死に涙をこらえ、かすれる声で問い返す。


「……理由を、お聞かせ願えますか?」


 アレスは一瞬も迷うことなく、淡々とした声音で答えた。


「君は真面目すぎる。それに──すでに、心を奪われた相手がいるのだ」


「……っ、アレス様の、ばかぁぁぁぁぁ!」


 舞踏会を追い出されるようにして、エマリアは、侯爵邸の大扉を飛び出しました。


 空は無情にも土砂降り。ドレスは濡れ、化粧は崩れ、ハンカチは役に立たない。


「どうして……どうしてわたくしでは駄目だったのですの……」


 涙と雨で前が見えなくなり、エマリアは森へと迷い込む。すると──。


「おやおや、泣き虫なお嬢さんじゃないかえ」


 木陰から現れたのは、黒いとんがり帽子に杖を持った、見るからに怪しげな魔女だった。


「わたくし、婚約を破棄されましたの……」


「ふむ、嘆きの涙は力を呼ぶ。誰かを呪いたいと思うかい?」


 エマリアは一瞬ためらったが、次の瞬間、胸の奥から煮えたぎる怒りが込み上げてきた。


「……呪ってやりますわ! アレス様を!」


「いいねえ、その顔。そのためにあたしが授けてやろう──“すべてを壊す呪い”を!」



 呪いをかけた翌朝。


「くっ……お腹が痛い……。どうしたというのだ……。腐ったものなど食べていないはずなのに……!」


 そう、アレスは“すべてを壊す呪い”として、自らのお腹を壊していたのだ。


「すでに二時間もトイレに閉じこもっている……。これでは僕のイメージが……。や、やばい、第五波が来た……!」


 一時間後。


「ふう……どうやら、おさまったようだ。では魔道具のウォシュレットを使って、お尻を清めねば」


 スイッチを押す。


 ドシュゥゥゥゥッ!!


「ぐああっ!? 痛い痛い痛いっ!! 水圧が……“最強”になっているだと!?」


 慌てて“止める”ボタンを連打するが──。


 ピピッ、ドシュウウウッ!!


「なぜ止まらない!? ま、まさか壊れた!? やばい、動けない……動いたらトイレが水浸しになるじゃないか!」


 さらに一時間後。


「こ、こんなことをしていては午後のデートに間に合わん……! ええい、ままよ!」


 意を決して便座から立ち上がったアレス。


 だが──。


 ドシュゥゥゥゥッ!!


「ひっ……!!」


 ウォシュレットの水は止まらず、全身をびしょ濡れにした。


 そのままトイレのドアを開けると、そこには心配そうに待ち構えていた執事やメイドたちが。


「坊ちゃま……!?」


「えっ、水浴び……?」


 彼らの目に映ったのは、頭からつま先までぐっしょり濡れたアレスの姿だった。


 沈黙のあと──。


「……“水の魔術師”」


 くすくす、と笑いが漏れる。


 こうしてアレスは、トイレだけでなく、屋敷内での自らのイメージまでも壊してしまったのだ。



 その日の午後。


 侯爵邸の庭園にて、アレスは予てより逢瀬を重ねていた伯爵令嬢ルディアと、甘やかなひとときを過ごしていた。


「アレス様……ついにエマリアとの婚約を破棄してくださったのね。わたくし、本当に嬉しいですわ」


 ルディアが頬を染めて囁くと、アレスは柔らかく微笑み、彼女の手を取った。


「待たせてしまって、すまない。でも……愛しているのは君だけだったんだ」


「わたくしもですわ、アレス様……」


 二人は見つめ合い、微笑み合う。


 そして──アレスがルディアに顔を近づけ、口づけを交わそうとした、その瞬間。


 モサッ。

 モサモサッ。


 アレスの鼻の穴から、大量の鼻毛が勢いよく飛び出した。


「ひっ!? モッサリ鼻毛ぇぇぇっ!!!」


 バチィィンッ!


 ルディアの平手打ちが炸裂する。


「良い雰囲気が台無しですわ! 身だしなみに気を遣えないなんて、最低っ!! この“鼻毛魔人”が!! フンッ!」


 吐き捨てるように言い残し、ルディアはドレスの裾を翻して走り去った。


 庭園にひとり取り残されたアレスは、ただ頬を押さえ呆然と立ち尽くす。


 そう、“すべてを壊す呪い”は、雰囲気を壊し、恋心までもぶち壊してしまったのだった。



 数日後の舞踏会。


「クスクス……あれが“鼻毛魔人”のアレス様?」


「違うわ、“水の魔術師”ですって。最近は“トイレの精”とも呼ばれているそうよ」


 社交界では、アレスの異名がすでに盛大に広まっていた。


「ふん……だが、僕は広い交遊関係を持つ男だ! 今日こそ汚名を返上してみせる!」


 アレスは胸を張り、談笑している貴族の令息たちへ歩み寄った──その瞬間。


 ヌルッ。


「ぬわっ!?」


 なぜか床に落ちていたバナナの皮で見事に滑り、勢い余って令息たちにエルボーを食らわせてしまう。


「ち、違うんだ! これは友情のエルボードロップなんだ!!」


 必死に言い訳するアレス。だが、その勢いは止まらない。


 よろめきながら別の令息に突っ込み、柱にぶつかって回転──壁際の椅子を蹴り上げてしまう。


 ヒュンッ


 蹴り上げた椅子は勢いよく飛び、シャンデリアの鎖に激突。


 なぜか、鎖がプツンと切れた。


 ガッシャーン!!


 シャンデリアが落下し、床に激突する。


 泣き叫ぶアレスを尻目に、舞踏会場は瞬く間に大混乱。


 そう、“すべてを壊す呪い”のせいで──アレスは評判を壊し、舞踏会を壊し、交遊関係までもぶっ壊してしまったのだった。



 すべてを失ったアレスは、部屋に引きこもるようになった。


 友もなく、婚約者もなく、社交界の場も追われ──残ったのはただ一つ。


「くまちゃん……お前だけは、僕の味方だよな……」


 幼い頃から寄り添ってきた、茶色いクマのぬいぐるみ。


 アレスはそれを涙ながらに抱きしめた。


 ──ブチィッ。


 縫い目がはじけ、中から白い綿がパァアアッと噴き出す。


「ぐはああああああああああああ!!!!」


 侯爵邸に木霊する、魂の絶叫。


 クマのぬいぐるみと共に、アレスのメンタルまでもが完全にぶっ壊れた。



 水晶に映るアレスの姿を見ながら、エマリア・シヴァイスはくすりと笑った。


「ふふ……アレス様。これが、わたくしを裏切った代償ですのよ」


 隣に座る魔女もニッコリ。


「いい呪いでしょ? 返品不可だからねぇ」


 エマリアの胸を吹き抜けるのは、爽やかな勝利の風だった。


 その後、アレスは“破壊神”と呼ばれる悪の存在となった。しかし、最終的には勇者にボコボコにされる運命が待っているのだった。


 めでたし、めでたし。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
勇者の武器も破壊するし、パーティーも破壊する。 けど、魔族たちに用意された崖の上にそり立つ魔王の城も、崩落してジ・エンド。 個人的には、こっちかなと。 罪に対する罰が重すぎるけど。
これが「壊す」という事だ! と、決めゼリフを付けないと(笑) この場合悪役令嬢は聖女として先頭に参加するの?
すごい〜! こんなに「壊す」っていう表現があるんですね〜! 物理的な破壊だけじゃない引き出しの広さがすごい!
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