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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

皇帝陛下の愛人だったけど、もしやこれがウワサの真実の愛?

ようこそお越しくださいました。

数ある作品の大海から見つけてくださり、ありがとうございます!





 妾を囲っていた貴族の実父亡きあとの私生児は、ドブ(色街)に捨てられてもおかしくはなかったけど、幸い私はそうなることもなく、実父亡きあともご正室がお産みになった異母兄たちがなにくれとなく面倒をみてくれた。

 それというのも、母がとにかくべらぼうに美しかったため、その娘も将来見られる顔に育つだろうという期待もあったかもしれないけど、それでも私は不幸ではなく生きられたことを感謝している。

 貴族の子とはいえ庶子なので身分は平民だが、実父も異母兄たちも平民以上の暮らしと教育を与えてくれた。

 特に下から三番目の兄は私とうまがあったようで、この兄が当主になってからは私を某伯爵家の屋敷に引き取り、文学と声楽教師をつけてくれ、宮廷での催しにも連れていってくれた。

 その異母兄はなんと『女王陛下のお気に入り』で、外交官の経歴もある。俊英というのだと思う。

 そんな国家トップのお気に入りが連れ歩く歌のうまい小娘は、大劇場の看板女優や歌劇のプリマドンナのようにちやほやされ引っ張りだこだった。

 身分は平民だが某伯爵の庶子なので、名のある商人にでも嫁げれば、いずれは善くしてくれた兄の役に立てるかもしれない。

 そんなことを考えていた時期もある。




 でも、よりにもよって『女王陛下のお気に入り』の異母妹、しかも庶子が、女王陛下のご夫君である皇帝陛下のお手つきになってしまうとは!

 お兄様ごめんなさい!

 うう、どうしよう。とにもかくにも私は妊娠している。

 まさかお年を召した皇帝陛下を階段の上から突き飛ばして逃げるわけにもいかなかったし、以前から皇帝陛下に可愛がられていた自覚は、あった。私の唄がお好みなんだと思っていた。

 でもまさか! 娘ほどに若い小娘を女としてご覧になっていたとは。

 皇帝陛下の妻であらせられる女王陛下が政治や統治にお忙しいから、お寂しかったのかも、とは思うけどそれにしてもそれにすぎるでしょ。

 出合いがしらの事故みたいなものだから、ほんの一夜の過ちとして皇帝陛下がアレヤソレをなかったことにしてくださればそれでよかったのに、皇帝陛下は私を側に置きたがった。もちろん女王陛下には極秘扱いだけど。

 当然というか、何度もそういうことがあったので、だから今、私は妊娠している。

 お兄様がどうにか宮廷から穏便に下がらせてくれると思っていたのに、なんだかとんでもない方向に舵を切られてしまった気がしたのは、皇帝陛下に個人的に呼び出された時からだ。




 なんと皇帝陛下が、宮廷詩人の一人にその技量とこれまでの皇室ご一家への貢献を勲功として騎士爵位を与え、その褒美として私と結婚させるという!


 なんだそれ!


 誰かにそんな迷惑かけることはしたくなかったのに! わーん!


 あれよあれよと話は進み、私はその宮廷詩人クルト・フォン・ザルツヴェッター騎士爵と結婚した。爵位あったら付くよね『フォン』……。それまでただのクルト・ザルツヴェッターだったのにね。いやそれはともかく。

 クルトと私は宮廷詩人と宮廷歌手で、まあ同僚だし顔見知りではあったけど、結婚か……しかもデキ婚。考えるだに恥ずかしい。

 いくら共通の上司とはいえ他人の子を妊娠している女と初婚だなんて、申し訳なさすぎる。クルトの人生設計狂いまくりだったと思う。

 それでもクルトはそれを承諾し(陛下の御意に背くには国外逃亡しかないかもしれないけど)、私はクルトの宮殿内の部屋へと引っ越し、一緒に暮らすことになった。


 とにかくクルトはいい人だ。

 広くもない部屋にわたし用にもう一つベッドを入れてくれ、私を皇帝陛下からの預かりものとして大切にしてくれるし、騎士爵として新たにもっと広い部屋を与えられれば、明るいほうを私の居室にしてくれる。

 クルト・フォン・ザルツヴェッター、イイヒトすぎないか?


 そんなこんなで、そこそこの暮らしを始めたばかりなのに、突然舞い込んできた皇帝陛下の訃報に私は早産し、生死の境をさまよった、みたい。

 気がつくと、泣き腫らした顔のクルトに手を握られていた。

「こどもは無事だよリーケ!」

 ……そうなんだ、よかった。

 皇帝陛下の喪に服すため、おめでたいことは自粛。当然ね。


 幸いというか生まれた息子は私にそっくりで、将来、皇帝陛下の面影がハッキリわかる、なんてことはなさそう。よかった……。

 女王陛下はあれっきり喪服しか身に着けなくなってしまい、とてもお暗いらしい。が、身分が低い私が、女王陛下にとやかく意見具申するような立場じゃなかったのはいうまでもない。


 私は、どうしよう?

 お腹が大きくなってからはクルトが市街に部屋を借りてくれて、私たちはそこに住んでいた。そこに届いた陛下の訃報に驚いて産気づいてしまったわけだが、産婆の手配ついでにクルトは私の異母兄へも報せを走らせてくれていた。

 兄は医者をよこしてくれ、もしもにそなえて乳母も手配してくれていた。

 だから育児についてはかなり楽をさせてもらっている。

 

 このままクルトの正妻でいて、いいんだろうか?

 クルトにだって好きな人くらいいたかもしれないし、これからできることもある。

 だから相談した。本人に。

「皇帝陛下が崩御あそばしたことですし、近々別れたほうがよければそうするのでこの際ハッキリ……」

「エッ? 待って、これでも僕は皇帝陛下から君を託されたんだし、簡単に捨てないでよ。いや、君と離婚したら爵位返上とか気にしてるわけじゃないけどっ」

 なぜクルトがそんなことで気をまわしているのだろうか?

「……そのへんは大丈夫なのでは? 女王陛下にご注進する空気読めない輩はいないでしょうし、いても、某伯爵閣下がどうにかすると思うので」

「いや待ってって。僕はジークフリートがかわいいし、君も人妻でいたほうがなにかとラクでしょう? それとも誰か再婚の心当たりが」

「ありません」

 ジークフリートというのがこの度生まれた私の子だ。

「じゃあ、いいんじゃない? 今のままで。要らぬトラブルを宮廷で巻き起こしてもお互い気まずいし、どうしても一緒になりたい人をお互いみつけてしまったら、その時にまた考えれば」

「……私はそれでかまいませんが、……クルトの利点がみつからないのだけど」

「なんで? 僕はジークフリートが好きだから、育ててて愉しいよ? 美人の奥さんと一緒にごはん食べるのも愉しいし、君の子守歌はステキだし!」

 不思議な音階とメロディ。耳で憶えていたそれは、たぶん子供の私に母が歌ってきかせたものだ。

「……あれは、母が歌っていた歌なの」

「オルドス出身なんだってね」

「ううん、オルドスじゃない。母が生まれたのはウングリアで、母の母がウングリアから山賊にさらわれてオルドスに売られたのよ」

「波乱万丈なお母さんとおばあちゃんだよね」

「そうね。誘拐されてオルドスの後宮に奴隷として売られ、後宮で妊娠して、あっちが戦争に負けたら今度は生まれた国の捕虜にされて、また奴隷として売買されるなんて波乱万丈すぎるわね。でも妊娠中に娼館に売られて祖母は娼婦になったけど、そこで生まれた母は初売りで父が買い取ったから、いちおう私の父親はわかっているわけだし」

「でも強いひとだよね、君のおばあちゃんもお母さんも。そんな激動の人生、自分を憐れんで死んじゃうひとだっていっぱいいたと思う」

「戦争奴隷なんて、強くなかったら生き残れないんじゃないかな。母の父親がオルドスのどこかの王族だったとしても、私は知らない人だし、知らなくていい。でも、敵の血を引いてる女を正妻にしてるあなたが大丈夫なのか、心配なの」

「君は遠くに敵の血を引いているかもしれないけど、国の防衛に貢献した某伯爵の娘だし、女王陛下お気に入りの某伯爵の異母妹だ。女王陛下も伯爵閣下の妹として君を扱うし、ジークフリートはとある高貴な血を引いているけど、建前はあくまで僕の息子だ。なにも問題ないじゃない? 僕がジークフリートをかわいがるのに不思議はないし、君が僕の妻でいて悪いことはひとつもないだろう?」

「……いつか、後悔したらそう言ってね。うやむやに拒絶されたら悲しいから……」

「しないよ。そうそう長くない人生、好きなひとと長く暮らせたら、それでいいんじゃない?」

「…………」

「……あのさ、なんで無言? 告白したつもりなのに」

「……どうして私を好きなの? おかしいでしょ? 結婚もしてないのに妊娠しちゃうような女なのよ?」

「そのへんはいいからさ。君は僕と一緒に暮らして苦痛だった? 君がそうなら離婚はやぶさかじゃないけど——」

「しあわせだったに決まってるでしょー!」

 真顔で見合ってしまった。

 こんなに善人で心根の優しい男がどうして私と出会うまで既婚者じゃなかったんだろうか?

「僕は君と暮らすのがとっても好きだ。君が嫌でなくなるまで、一緒にいてくれたら嬉しいんだけどな」

「ずっと一緒にいるわ! クルト……」




 そうして、私ウルリーケ・バッハとクルト・ザルツヴェッターはほんとうの夫婦になった。


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