第五十一話 灯の小さな一歩
プ◯キュア推し活の会――そのオフ会が始まってから、灯は結局、一言も喋ることができないままだった。
時間だけが、彼女の意思とは無関係に無情に流れていく。
その間、灯は誰かに声をかけることもなく、ただ自分の内側に沈み続けていた。
後悔の海に囚われ、浮かび上がることすらできずに。
(何で……こんな場所に来たんだろう、私……)
俯いた視線の先で、テーブルの木目がやけにくっきりと目に入る。
(これなら、最初から来なければよかった……。ちょっとでも変われるかも、なんて思った私がバカだった……)
胸の奥が、じわりと痛む。
(私なんか、受け入れられるはずない……友達なんて、できるわけない)
友達がいない自分でも、ここなら友達ができるかもしれない。
もし友達ができたら、それをきっかけに、自分も少しは変われるかもしれない――。
そんな淡い期待を抱いて参加したオフ会だった。
けれど現実は、期待とは正反対だった。
灯は、結局一歩も踏み出せないまま、ただその場に座っているだけだった。
(もう……帰ろうかな……)
心の中でそう呟いた、その時。
誰かが声をかけてきた。
けれど灯は、それにすぐ気づくことができなかった。
「あのー、聞こえてますかー?」
(はぁ……でも、なんて言って帰ろう……)
「根倉灯さーん?」
(……え? 今、誰か……私の名前……?)
自分の名前が耳に届いた瞬間、灯ははっとする。
ようやく、自分が呼ばれているのだと気づいた。
「へっ……? あ……」
声をかけられる。
それはつまり、返事をしなければならないということ。
灯にとって、それはあまりにも高すぎるハードルだった。
「え……あ……その……」
喉がひくりと鳴り、言葉が喉の奥で絡まる。
灯は恐る恐る、自分に声をかけてきた人物の方へ、ゆっくりと視線を向けた。
視線の先にいたのは、このオフ会にもう一人だけ参加していた女性――
いや、灯と同じ歳の銀髪の少女だった。
「あ……」
(確か……橘さん……だった、よね?)
銀色の髪が照明を反射して、やわらかく揺れる。
整った顔立ちと穏やかな表情に、灯は思わず息を呑んだ。
「大丈夫ですか?」
銀髪の少女は、少し身をかがめるようにして灯を覗き込む。
「ここに来た時から、ずっと顔色が優れないように見えて……。どこか、体の調子が悪いのではありませんか?」
心配そうな視線を向けられ、灯の胸がきゅっと縮こまる。
「あ、いや……ち、違くて……」
必死に声を絞り出すと、反射的に視線を逸らし、また俯いてしまう。
「違う……?」
「は、はい……。わ、私……ひ、人と……は、話すのが……苦手で……。だ、だから……」
俯いたまま喋る灯の体は、細かく震えていた。
その時だった。
そっと、何かが触れる感覚。
「……あ……」
気づけば、震える灯の手を、銀髪の少女が優しく包み込んでいた。
驚くほど、温かい。
「えっと……灯さん、って呼んでもいいかしら?」
突然の問いかけに、灯は言葉を失いながらも、小さく頷く。
「ふふ……じゃあ、灯さん」
少女は微笑み、少しだけ声のトーンを明るくする。
「一番好きなプ◯キュアのシリーズって、どれですか?」
「わ、わたしの……す、好きな……し、シリーズ……?」
「はい! ぜひ、教えてください!」
その無邪気でまっすぐな笑顔に、灯の心は少しずつ押し出されていく。
「え、えっと……わ、私が……好きなのは……
四期のプ◯キュア、で……」
辿々しくも、確かに――灯は言葉を紡いだ。
「私も、そのシリーズ大好きなんです!」
少女の表情が、ぱっと明るくなる。
「特に、あの名シーン……追い詰められた主人公たちが、最後には――」
「わ、私も……あのシーン……すごく……好き……」
灯は、思わず言葉を重ねていた。
「諦めなかった……主人公たちが……最後は、みんなで力を合わせて……敵と、戦うところ……」
「ですよね!」
銀髪の少女は身を乗り出す。
「初めて見た時、手に汗握りましたもの。今思い出しただけでも、鳥肌が――!」
「う、うん……! 私も……そう……!」
灯の声に、少しだけ力がこもる。
「何度、見ても……あのシーンは……鳥肌、立つの……!」
言葉を交わすたび、灯の中で何かがほどけていく。
最初は震えていた声も、いつの間にか少しずつ滑らかになり――
強張っていた手や体の震えも、気づけば止まっていた。
けれど灯は、その変化にすら気づかない。
ただ夢中で、フェリシアーナとの会話を続けていた。
気がつけば、オフ会は終わりの時間が近づいていた。
始まったばかりの頃は、フェリシアーナと話すだけで精一杯だった灯。
けれど今は――
フェリシアーナを中心に輪へと加わった他のオフ会メンバーとも、少しずつではあるが言葉を交わせるようになっていた。
それは、内向的な灯にとって、とても大きな一歩だった。
会話の途中で言葉に詰まり、戸惑う場面もあった。
それでも、話そうとする気持ちは確かにそこにあった。
――前に進もうとする、その気持ちこそが。
今の灯にとって、何よりも必要なものだったのかもしれない。
もし今日、その“必要なもの”を自分の手で掴めたのだとしたら。
このオフ会に参加した意味は、十分にあったと言えるだろう。
(わ、私……でも、こんなに……お話、できるんだ……)
胸の奥に、じんわりと温かい感覚が広がる。
それはきっと、小さくて、けれど確かな自信。
そして――
そんなオフ会も、ついに終わりの時を迎える。
進行役の桃園が立ち上がり、締めの挨拶を始めようとしていた。
「本日は、皆さまお忙しい中お集まりいただき、誠に感謝いたしますぅ! 皆さんのおかげで、とても有意義な時間を過ごすことができましたぁ! これを機に、今後も定期的に開催していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたしますぅ!」
進行役の桃園の挨拶とともに、今日のオフ会はお開きとなった。
店内がざわめき、オフ会メンバーたちが次々と帰り支度を始める。
灯もまた、静かに荷物をまとめようとした、その時だった。
「灯さん!」
不意に名前を呼ばれ、灯はびくりと肩を揺らす。
「は、はい……」
振り返ると、そこにはフェリシアーナが立っていた。
すでに帰る支度を終えたのだろう、白いコートを羽織り、オフ会の最中にあれほど堂々と主張していたシャツは、今はすっかり影を潜めている。
その装いは先ほどまでとはどこか印象が違い、騒がしかった場の熱が少しずつ冷めていくのを感じさせていた。
「よかったら……もう少し、私とお話ししませんか?」
思いがけない言葉に、灯の思考が一瞬止まる。
「あ、あの……わ、私……」
「あ、いえ! いきなりすみません」
フェリシアーナは慌てて手を振る。
「もし何かご用事があるなら、無理にとは言いませんから……」
「ち、違うんです……!」
灯は思わず声を張り、すぐに俯く。
「あの……わ、私と話しても……その……つまらないんじゃ、ないかって……」
恐る恐る紡いだ言葉。
けれど――
「……?」
フェリシアーナはきょとんとした表情を浮かべ、すぐに微笑んだ。
「そんなこと、ありませんよ。灯さんとのお話、とても楽しかったです」
その一言だけでも、胸が熱くなるのに。
「それに――私たち、もう友達でしょう?」
「……と、とも……友達……?」
灯の心臓が、強く跳ねる。
友達。
それは灯にとって、遠くて、眩しくて、夢のような存在だった。
その言葉を向けられた瞬間、嬉しさと戸惑いが一気に押し寄せ、頭の中が真っ白になる。
「はい!」
フェリシアーナは迷いなく頷く。
「好きなことを、好きなだけ喋り合う。これはもう、立派な友達です!」
「……い、いいんですか……? 私なんかで……」
消え入りそうな声。
「灯さんだから、いいんです」
その言葉は、乾いてひび割れていた灯の心に、静かに染み込んでいった。
「わ、私……」
言葉を続けようとした、その時――
二人に向けて、別の声がかけられた。
「その様子……お二人は、すっかり良き友達になられたようですな!」
その声に振り向くと、そこには進行役の桃園が立っていた。
「あ、桃園さん。今日はオフ会に誘っていただき、ありがとうございました」
フェリシアーナはそう言って、感謝を込めて深く頭を下げる。
それを見て、灯も慌てて続くように、ぺこりと軽く頭を下げた。
「いやいや! お二人に楽しんでいただけたなら、恐悦至極でありますぅ!」
「はい! とても楽しかったです!」
フェリシアーナは満面の笑みで頷く。
「それに……お友達も、できましたし」
「いやぁ! そう言ってもらえると嬉しいでありますなぁ!」
桃園は嬉しそうに目を細める。
「して、この後は……お二人で二次会ですかな?」
「あ……えっと……」
灯が答えに迷っているよりも早く、フェリシアーナが口を開いた。
「はい! これから灯さんと、二次会なるものに行こうと思ってます!」
「ほほぅ! それはそれは、良いですなぁ!」
「……あ、よろしければ桃園さんもご一緒にどうですか?」
フェリシアーナはにこりと微笑む。
「プ◯キュア二十年以上推しの桃園さんのお話、すごく興味があります!」
「い、いや……私は……」
桃園は困ったように笑う。
「さすがに、お二人の邪魔になるのでは……」
「そんなことありません!」
即座に否定し、フェリシアーナは灯の方を向いた。
「灯さんも、いいですよね?」
「……っ」
突然話を振られ、灯は一瞬固まる。
自分の意見を即座に口にするのは、まだ少し怖い。
――嫌だ、とは言えない。
けれど。
(……でも……桃園さんの話、ちょっと……聞いてみたいかも……)
プ◯キュアへの熱量は、灯にも伝わっていた。
「は、はい……私は……別に……」
控えめながらも、確かな肯定。
「じゃあ、決まりですね!」
「む……本当に、よろしいでありますか?」
「はい、もちろんです!」
フェリシアーナは楽しそうに手を叩く。
「このまま三人で、二次会へと洒落込みましょう!」
そのテンションは、もはや高校生というより――
どこか飲み屋をはしごする社会人のノリだった。
「して……二次会は、どちらへ行かれますかな?」
桃園が、場を整えるように穏やかに問いかける。
その言葉に、フェリシアーナは少し顎に指を当て、考え込むような素振りを見せた。
「そうですね……」
その間を逃さず、桃園が一つ提案する。
「では、ファミレスなどはいかがでしょう?」
「ファミレス、ですか?」
「はい。ああいった場所であれば、時間も気にせず、ゆっくり語らうことができますからな」
その落ち着いた口調に、灯は一瞬ためらいながらも、小さく口を開いた。
「あ、あの……わ、私も……その方……が……いいと……」
消え入りそうな声だったが、確かに意思は伝わっていた。
フェリシアーナは二人の顔を順に見て、軽く頷く。
「では……ファミレスで二次会、ということで!」
「決まりですな!」
桃園が満足そうに笑うのに合わせ、灯も小さく――けれど確かに、こくりと頷いた。
こうして三人は、場所を移し、ファミレスで二次会を行うことになったのだった。
三人が向かったのは、駅近くにあるファミレスだった。
まだ夕方前ということもあり、店内は静かで、客の姿もまばらだ。
店員に案内され、窓際の席へと腰を下ろす。
「取り敢えず、ドリンクバーは必須ですな!」
開口一番、桃園が満足そうに言う。
その勢いに、フェリシアーナと灯も自然と頷いた。
桃園は手慣れた様子で店員を呼び止める。
「すみませぬ、ドリンクバーを三つお願いしたい」
注文を終えると、嬉しそうに手を擦り合わせる。
「いやぁ、ここからさらに語らうと思うと、実にワクワクしますな!」
「はい!やっぱり、皆さんで一つの作品を語り合って、共感できるのって、とても素敵なことだと思います!」
フェリシアーナも笑顔で頷き、声を弾ませる。
そんな二人の様子を、灯は少し俯き加減で見つめていた。
前髪の影に隠れるようにして、視線だけをそっと向ける。
(……二人とも、楽しそう)
会話に入れないわけではない。
けれど、言葉を挟むには、ほんの少し勇気が足りなかった。
(ま、まさか……橘さんが……私のことを……友達でいいって、言ってくれるなんて……)
フェリシアーナが灯に向けてくれた、その一言。
――「もう友達でしょ?」
その言葉は、今も灯の胸の奥で、現実感のないまま響いていた。
夢なのではないか。
そう思ってしまうのも、無理はなかった。
今まで、友達がまったくいなかったわけではない。
中学生の頃には、同じ趣味を持つ友達が何人かいた。
一緒に話し、笑い、好きなものを語り合った時間も、確かに存在していた。
けれど、進路という分岐点は残酷だ。
それぞれが別の高校を選び、別々の道を歩くことになった結果、自然と距離は生まれ、気づけば連絡も途切れていた。
どこにでもある話。
珍しくも、特別でもない出来事。
――それでも、灯にとっては、とても大きな出来事だった。
高校に入学しても、中学から知っている顔はいた。
けれど、今まで話したことのない人たち。
そして、まったく知らない新しいクラスメートたち。
内向的な灯が、自分から話しかけられるはずもなく。
当然、相手から声をかけてもらえるわけもなかった。
気づいた時には、クラスの中にはすでに仲のいい男女のグループがいくつも出来上がっていて、灯は、そのどれにも属せないまま、時間だけが過ぎていった。
高校デビューをしようなんて思っていなかった。
それでも、半年という時間が経つ頃には、
「友達ができない」という状況が当たり前になり、
友達という存在そのものが、手の届かない儚い夢のように思えていた。
――そんな灯に、友達ができた。
しかも、同じ中学でもなく、過去を共有しているわけでもない。
ただ、同じ年で、同じ趣味を持っていただけの相手。
だからこそ、なおさら信じられなかった。
これは夢ではないのか、と。
(だけど……私……まだ、橘さんに……友達になりたいって……ちゃんと、伝えて……ない……)
その事実が、胸の奥に小さな棘のように引っ掛かる。
(は、早く……伝えないと……)
せっかく手に入れたこの温もりが、
自分の躊躇のせいで消えてしまうのではないか――
そんな不安が、灯の心を静かに焦らせていた。
そんな風に考え込んでいた灯の耳に、明るい声が届いた。
「灯さん、ジュースを取りに行きましょう!」
フェリシアーナの呼びかけに、灯ははっとして顔を上げる。
周囲を見渡すと、桃園はすでにドリンクバーのコーナーへ向かっており、フェリシアーナは不思議そうにこちらを覗き込んでいた。
「は、はい……」
少し慌てながらも、灯はテンション高めのフェリシアーナの後について、ドリンクバーへと向かう。
あれこれ迷いながらジュースを選び、席へ戻ると――
すでにフェリシアーナと桃園は、プ◯キュアの話で盛り上がっていた。
「――だから、あの回の演出は相当攻めていたんですよ!」
楽しそうな二人の様子に、灯は一瞬、足を止める。
会話の輪に入るのが、少しだけ怖かった。
すると、そんな灯にフェリシアーナが気づく。
「あ、灯さん!丁度いいところに来ました! 今、桃園さんがプ◯キュアの二シリーズ目・二十三話のラストについて、制作の裏話をしてくださってるんですよ!」
その言葉に、灯の胸が小さく跳ねた。
「あ……あの……最後、味方が……裏切る……」
思わずこぼれた一言。
「ええ、そうです!実は本当は、あの話は別の展開の予定でしてな――」
「凄く気になりませんか!?」
「は……はい!わ、私も……すごく……気になります……!」
灯の声はまだ小さく、少し震えていたけれど。
その言葉は、確かに会話の一部として受け止められていた。
こうして三人は、再びプ◯キュアの話に花を咲かせていく。
戸惑いながらも、灯は少しずつ言葉を重ね、それぞれの知っていること、感じたこと、好きな場面を語り合っていった。
気づけば、笑い声が自然に混ざり、時間は驚くほどあっという間に過ぎていた。
「おや……もうこんな時間でありますな」
桃園はそう言って、腕時計に目を落とした。
時刻はまだ十八時前。だが、冬を迎える少し前のこの季節は、日が落ちるのが早い。窓の外には、すでに夕闇が広がり始めていた。
「外もだいぶ暗くなってきました故、ここらでお開きといたしましょう」
「あら……もう終わりですか……」
フェリシアーナは、名残惜しそうに肩を落とす。
「あ……」
灯も、思わず小さく声を漏らした。
気づけば、時間を忘れるほど話し込んでいた。
――こんな感覚、いつぶりだろう。
胸の奥が、じんわりと温かい。
「流石に、若い女性が夜遅くまで外にいるのはよろしくありませんな。それに、橘殿は未成年。根倉殿も……見たところ、同じくらいのお歳のようですが?」
「あ……はい。私も、十六歳です。高校一年生で……」
「まぁ!私と同じ十六歳でしたか!」
ぱっと表情を明るくしたフェリシアーナが、嬉しそうに言う。
「それはもう、ますます仲良くならないといけませんね!私たち、友達ですし!」
「は、はい……」
灯は頷きながらも、胸の奥がざわつくのを感じていた。
(友達……そうだ……!)
会話に夢中になるあまり、言いそびれていた大事なこと。
ちゃんと、自分の口で伝えなければいけないこと。
(橘さんに……言わなきゃ……)
その小さな決意が、灯の胸の中で静かに芽生えていた。
「あ、あの……」
伝えたい言葉は、確かに胸の中にあった。
けれど、いざ口にしようとすると、喉の奥で引っかかってしまう。
――もし、友達になることを否定されたら?
そんなはずはないと、頭では分かっている。
それでも、たった一歩を踏み出す勇気が、どうしても出なかった。
その間にも、時間は待ってくれない。
「二人とも未成年であるなら、やはり遅くなる前に帰るべきですな。あまり遅くなれば、親御さんが心配されますぞ!」
「はぁ……そうですね。残念ですが、今日はこれでお開きにしましょうか」
「うむ。では、会計はこちらで済ませておくといたしましょう」
そう言って、桃園はテーブルの上に置かれていた伝票を手に取った。
「そ、そんな……悪いです!自分たちの分は、ちゃんと払いますから!」
「わ、私も……じ、自分のは……」
フェリシアーナと灯が慌てて止めるが、桃園は穏やかに笑って首を振る。
「いえいえ、ここは大人の務めというもの。未成年のお二人に出してもらうわけにはいきませんな。それに……こんな楽しい二次会に誘っていただいた御礼でもあります!」
そう言い残し、桃園はレジへと向かっていった。
その背中を見送りながら、二人は顔を見合わせる。
「……ありがとうございます」
「……ありがとう、ございます……」
やがて会計を終えた桃園が戻り、三人は揃って店の外へと出た。
外はすっかり暗くなり、夜の気配が街を包み込んでいた。
「それでは、お二人とも気をつけて帰られよ!」
そう言い残し、桃園は軽く手を挙げてその場を後にした。
その背中を見送りながら、フェリシアーナが柔らかく微笑む。
「ふふ……今日は本当に、楽しかったですね……」
そう言ってから、灯の方へと振り向く。
「それでは灯さん、私もこれで。また、会ってお話ししましょうね?」
その言葉を残し、フェリシアーナは踵を返そうとする。
「あ……」
引き止めようと伸ばした灯の手は、宙を掴むだけだった。
(言わないと……! ここで言わないと……何も……変わらない……!)
伸ばしかけた手を胸元へ引き戻し、ぎゅっと強く握りしめる。
そして――
「あ、あの!」
絞り出すような声に、フェリシアーナは足を止め、振り返った。
「……はい?どうかされましたか?」
「私……」
視線を落としそうになったその瞬間、灯は自分を叱咤する。
(ダメ……!俯いたら……。ちゃんと……言わなきゃ……!)
顔を上げる。
前髪に隠れがちな瞳を、まっすぐフェリシアーナへ向けて。
「私、今日……橘さんと……お友達に……なれて……
……すごく、嬉しかった……!」
震えながらも、それは偽りのない、灯の本心だった。
フェリシアーナは一瞬、驚いたように目を見開き――
それから、ふっと優しく笑う。
彼女は一歩、また一歩と近づき、灯の両手をそっと包み込んだ。
「ふふ……やっぱり。私たち、仲良くなれそうですね」
その笑顔につられるように、灯の頬も自然と緩む。
「……うん……」
「あ、そうだ! 私たち、もう友達なんですから――」
フェリシアーナは、少しだけいたずらっぽく言った。
「灯さんも、私のこと……フェリシアーナって呼んでください!」
「え……い、いいの……?」
「はい!」
一瞬の戸惑いのあと、灯は小さく息を吸い――
確かな声で、名前を呼ぶ。
「フェ……フェリシアーナ……?」
その呼びかけに、フェリシアーナは満面の笑みで応えた。
「はい!」
こうして灯は、オフ会を通して“友達”を得ることができた。
そしてまた、異世界の女神も、この地球という自分とは異なる世界で、
確かに――新しい友を得たのだった。




