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第四話 魔王、厨房に降臨する

セリシアがこの“異世界の日本”に降り立ってから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。


夕方。橙色の空の下、今日もまた「居酒屋 えにし屋」の木戸がガラガラと音を立てて開く。


「いらっしゃいませ!」


店内に響く明るく澄んだ声。その声の主は、すっかり常連客たちの心を掴んで離さない、金髪碧眼の美少女、セリシア・ヴァン・アーデルハイトだった。


「何名様でしょうか?」

「では、こちらのお席へどうぞ」

「本日のお通しは、鶏と大根の炊き合わせになります」

「ご注文をお伺いしますね」


言葉は滑らかに、動きは機敏に。異国の少女が持つ可憐さと、一生懸命さが重なり、どの客の頬も自然と緩む。


「いや〜、セリシアちゃん相変わらず可愛いなぁ〜。心が癒されるよ〜。」

「日本語もうまくなったよね。最初はちょっとカタコトな所あったけど、今じゃほとんど違和感ないもん」


そんな会話が、自然とテーブルに花を咲かせる。


カウンターの厨房。包丁を手に、丁寧に食材を刻むこの店の店主――悠真は、そんなやり取りに小さく笑った。ふと、思い出したのは、セリシアがこの世界に来て間もない頃、彼が抱いたある疑問だった。


「……今さらだけどさ」


「はい?」


セリシアが声を返す。


「なんでセリシア、日本語話せるんだ? ほら、異世界の人なんだよね?」


「ああ、それはですね……多分、“勇者の加護”のおかげだと思います」


「勇者の加護……?」


「はい。天使様から授かる、特別な力です」


「天使!? いるんだ、君の世界には」


「いますよ? 悠真の世界にはいないんですか?」


「いないなぁ。神様や天使が出てくるのはせいぜい絵本とか、ファンタジー小説くらい」


セリシアは不思議そうな顔をする。そして、説明を続けた。


「勇者の加護を持つ者には、さまざまな恩恵があります。身体能力の上昇、再生力の強化や仲間に力の一部を授ける等があります。そして——“言語理解”の能力」


「言語理解?その能力で日本語が話せるって事?」


「はい。魔王討伐は色んな国や地域を巡るのでこの能力は凄く重宝していました」


「……じゃあ、俺も加護もらったら英語ペラペラになるのかな? 外国のお客さんにも困らなくなるかも」


「ふふ、勇者の仲間になれば、ですけどね」


「俺にはちょっと荷が重いかな」


「そんなことないと思いますけど? ……でも、言語理解にも限界はあります。自分が“常識”として理解できる範囲でしか反応しないんです」


「常識……か」


「はい。日本には、私の世界にはない常識がたくさんあって、それで最初はうまく言葉にならなかったんです。でも今は、だんだんこの世界のことが“常識”として理解できてきました。だから日本語もスムーズに話せるようになったんです」


「なるほど……それで最近、カタコトが減ってきたのか」


「ええ、努力しましたから!」


そう言って、誇らしげに胸を張るセリシア。彼女が着ている「えにし屋」のエプロンもすっかり板についた。見た目は異国の少女でも、もうこの店の立派な一員だ。


「悠真さん、生ビール二つと、店主のおすすめ“オクラの唐揚げ”一つ入りました!」


オーダーを取ってきたセシリアの声で、はっと我に帰る。


「了解」


悠真は手早くビールを注ぎ、揚げ物鍋に火を入れる。軽く衣をつけたオクラをサッと油に落とすと、パチパチと心地よい音が店内に響く。


カラリと揚がった緑のオクラは、うっすらと塩を振り、レモンを添えて提供される。シャキッとした歯ごたえと、優しい粘りが絶妙な一品だ。


「はい、お待たせしました。オクラの唐揚げです」


「うまそうーっ!」


「これ、ビールに合うんだよなぁ〜」


料理が運ばれるたびに、お客の喜びの声が広がる。その様子に、セリシアも満足げな笑みを浮かべるのだった。


そして——閉店後。


暖簾を下ろし、静かになった店内で、ふたりは今日の余韻を感じながら、まかないの食卓を囲む。


「いただきます」


「いただきます!」


サクサクの若鶏の唐揚げ、具沢山の味噌汁、そして山盛りのご飯と漬物。日本では定番ながら心温まるその食事は、ふたりが築きつつある“家族のような絆”を象徴していた。


こうして、セリシアの日常は少しずつ地球に馴染んでいく。


そして、二人が食事に箸をつけようとした瞬間。


ガシャーン!!


突然、店の奥――厨房から聞こえた大きな音に、二人はピクリと動きを止める。


「な、何だ!?」

「悠真はここに居てください!」


セリシアは素早く立ち上がると、勢いよく厨房の奥へと駆けていった。


「セ、セリシア⁉︎」


悠真も慌ててそのあとを追う。



厨房に飛び込むと、そこにいたのは――


かつて見たこともない、凛とした表情を浮かべるセリシアだった。


その手には、まばゆい光を放つ聖剣。かつて異世界で数多の魔物を斬り伏せた、勇者の剣だ。


「な、何故……あなたがここに……⁉︎」


セリシアの視線の先。調理器具が散乱するその中心に――一人の女性が座っていた。


艶やかな漆黒の髪。燃えるような紅の瞳。

まるで影から抜け出してきたかのような、美しき異形。

そして、闇夜をまとうような黒を基調とした異国風の着物。


(な、なんかデジャヴ……いや、でも……)


悠真が困惑する中、セリシアが言い放つ。


「答えなさい!何故、貴女がここにいるの⁉︎――魔王、ルシア!」

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