表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者と魔王、居酒屋始めました!  作者: あんずのかおり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/52

第四十六話 美沙、女神と邂逅する

東京の下町にある、とある商店街の一角。

その中にひっそりと佇む居酒屋――えにし屋。


深夜だというのに、店内の灯りは落とされていなかった。

だが、その明るさとは裏腹に、広い店内には人影がひとつしかない。


カウンターの奥、ぽつりと腰掛けているのは美沙だった。

両手を膝の上に置いたまま、背筋を伸ばして座っているものの、その表情は落ち着かず、不安がそのまま顔に浮かんでいる。


静まり返った店内に、かすかな機械音が混じる。

それは、カウンター越しに見える壁掛けテレビの音だった。


画面に映し出されているのは、臨時ニュース。

東京湾沿いの倉庫街で発生した大規模な爆発事故の速報だった。


瓦礫の山と化した現場。

かつて整然と並んでいたはずの倉庫群は原形を留めておらず、黒く焦げた鉄骨が無惨に露出している。

テレビ越しであっても、その凄惨さは一目で伝わってきた。


『えー、こちら東京湾の倉庫街です。本日未明、大規模な爆発が発生し、周辺の建物のほとんどが――』


リポーターの女性が、言葉を選びながら現状を伝える。

その淡々とした声が、静かな店内に虚しく響いた。


――数時間前の出来事が、美沙の脳裏をよぎる。


悠真とセリシア、そして矢島とのぞみが攫われたという衝撃的な知らせ。

美沙を店に残し、仲間たちは迷うことなく救出に向かった。


それから、誰からも連絡はない。

ただ時間だけが無情に過ぎていき、今こうしてテレビは倉庫街の爆発を報じている。


この事件が、セリシアたちと関係しているのかは分からない。

だが――胸の奥を締め付けるような嫌な予感だけは、どうしても拭えなかった。


美沙は思わず、ぎゅっと拳を握りしめる。


(……みんな、無事だよね……)


誰に聞かせるでもなく、心の中で祈るように呟く。

静かな店内で、その願いだけが、行き場を失ったまま漂っていた。


――そんな時だった。


店の入り口から、ガラガラと引き戸が開く音が、静まり返った店内に響いたのは。


美沙はびくりと肩を跳ねさせ、思わず入口を見る。


「……ただいま……」


聞き慣れた、少し疲れた声。

そこに立っていたのは――悠真だった。


「……悠真さん……!?」


言葉よりも先に、胸に溜まっていた不安が一気に溢れ出す。


そして、その悠真の背後から、もう一つの人影が現れる。

のぞみを抱きかかえたセリシアだった。


「セリちゃんも……のぞみちゃんも……!?」


次の瞬間、美沙は弾かれるようにカウンターを離れ、二人の元へ駆け寄る。

そのままセリシアにしがみつくように抱きついた。


「よかったぁ……! 本当に……無事でぇぇぇ……!」


声が震え、半べそになる美沙。

その様子に、悠真とセリシアは顔を見合わせ、どこか申し訳なさそうに目を伏せた。


「ごめん……美沙さん。すごく心配かけたみたいで」


「ううん……! みんなが無事なら、それでいいよぉ……!」


美沙は涙を拭いながら二人を見る。


「あ、でも……怪我とかしてない!!」


「ああ、大丈夫」

「うん。私も、見ての通り」


その返答に、ようやく美沙の肩から力が抜ける。


「……なら、よかった……」


ふと視線を落とし、セリシアの腕の中を見る。


「あ……のぞみちゃんは……?」


美沙はセリシアから一歩離れ、のぞみの顔を覗き込む。


「ふふ、大丈夫ですよ。美沙さん」


その声を聞いた瞬間、美沙は固まった。


「……え?」


ゆっくりと瞬きをし、首を傾げる。


「……の、のぞみちゃん……? なんか……話し方、おかしくない?」


恐る恐る悠真とセリシアを見る。

だが二人は、言い訳をするでもなく、困ったように苦笑いを返すだけだった。


その時――


「ほれ、いつまで入口で喋っておるんじゃ」


ずい、と悠真たちをかき分けるように、堂々と店内へ入ってくる人物。


ルシアだった。


「……あ」


その後ろから、グレイ、リア、シェリアも次々と姿を現し、えにし屋の中が一気に賑やかさを取り戻す。


さらに――


ちょこん、と軽い足取りで、白い何かが店内へ入り込んできた。


「……え?」


視線を落とした美沙は、思わず声を上げる。


「……えええっ!? き、狐!?」


真っ白な毛並みの小さな狐が、何食わぬ顔で床を歩いている。


しかし、美沙の動揺とは裏腹に、誰一人としてその狐を気に留める様子はなかった。


「……ちょ、ちょっと待って、誰か説明――」


と言いかけて、途中で言葉を止める。


今は、それよりも――。


美沙は、目の前に揃った顔ぶれを改めて見渡し、小さく、けれど確かな安堵の息を吐いた。


「……と、とりあえず……」


震える声で、そう締めくくる。


「……みんな、無事で……本当に、よかった……」


「御心配ありがとうございます」


穏やかな声で、シェリアが微笑む。

それに続いて、リアも柔らかく頷いた。


「心配してくれてありがとう、美沙」


二人の無事な姿に、美沙は胸を撫で下ろす。


「うん……ほんとによかった……」


そこへ、少し硬い声が差し込んだ。


「美沙。君も、あの後……何もなかったか?」


グレイの問いかけに、美沙は一瞬だけ息を詰まらせる。


「あ……え……う、うん。私は……何とも……」


ほんの僅かな間。

だが、その一瞬の逡巡を、彼女自身は強く意識していた。


「そうか……」


グレイは静かに頷く。


「緊急事態とはいえ、この場に君を一人残して行った。正直、気がかりだった。何もなかったのなら……それが一番だ」


その真っ直ぐな言葉に、美沙の頬がじわりと熱を帯びる。


「へ……あ……そ、その……あ、ありがとう……」


視線を泳がせながら、小さく礼を言う美沙。


「?」


グレイは、彼女の態度の変化に首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべていた。


「あ、そ、それよりっ!」


美沙は慌てて声を上げる。

明らかに話題を逸らそうとして、少し声が裏返った。


「や、矢島さんたちは……!?」


「あ、ああ……彼らなら……」


説明しようと口を開いたグレイだったが――


「……ふむ」


その言葉を遮るように、ルシアがカウンター越しに壁掛けテレビへと視線を向ける。


「ここの国は、情報の回りが早いのぉ……。ほれ、もう倉庫街の件が流れとる」


その一言で、全員の視線がテレビへと集まった。


瓦礫と化した倉庫街。

昼間とはまるで違う、夜の照明に照らされた惨状が映し出されている。


「矢島達は、あれの対応で手が離せんそうじゃ。キリのいいところで切り上げて……すぐ、こちらに来ると言っておったが……」


ルシアの説明に、美沙はごくりと喉を鳴らす。


「……そう、なんだ……」


そして、恐る恐る言葉を続けた。


「……や、やっぱり……このニュースの倉庫街の爆発って……」


視線を伏せたまま、問いを投げる。


「……うん」


答えたのは、セリシアだった。


「……私たち、なの」


どこか申し訳なさそうに、苦笑いを浮かべながら。


「えっと……じゃあ……一体、何が……?」


美沙の声は、困惑と不安が入り混じっていた。


「そうだよね」


悠真が、頭を掻きながら言う。


「美沙さんは、ここで待ってもらってたし……何が起きたか、分からないよね……」


一瞬、誰が話し始めるべきか、沈黙が落ちる。


「……そうよね」


その沈黙を破ったのは、セリシアだった。


「美沙。私から説明するね」


穏やかだが、覚悟の滲んだ声。


そうしてセリシアは、倉庫街で起きた出来事――

攫われた理由、そこで待ち受けていたもの、そして爆発に至るまでの顛末を、ゆっくりと語り始めるのだった。


「……な、なるほど……」


美沙は両手を膝の上に置いたまま、小さく息を吐いた。


「半グレに……九尾……しかも、禍尾まで出てきたなんて……」


話を反芻するように首を傾げ、恐る恐る問いかける。


「……それで……ちゃんと、倒したんだよね?」


「うん」


迷いのない声で、セリシアが頷く。


「もう、禍尾はいない」


その言い切りに、美沙の肩から力が抜けた。


「……そっか……」


胸に手を当て、心底ほっとしたように息をつく。


「ちょっと前まで“国を滅ぼす”とか言ってたからさ……この先どうなっちゃうんだろうって……正直、すごく怖かったんだよ」


それは、偽りのない本音だった。


「でも……よかった……本当に……」


安堵の余韻が残る中、美沙はふと視線を落とす。


店の床にちょこんと座る、白い狐へと。


「……で」


指を差すのは控えめにしながら。


「……この、狐さんが……?」


「うん」


セリシアが頷く。


「さっき話してた玉藻様。この土地の神様なんだって」


「ほ、ほほう……」


思わず、変な声が出る美沙。


「……神様……?」


疑いと戸惑いが入り混じった、その視線を受けて――


次の瞬間。


白い狐の身体が、ふわりと淡い光に包まれた。


「……え?」


光が収まった時、そこにいたのは、端正な顔立ちの白髪の女性。

白を基調とした小袖に朱い袴姿で、気品と妖艶さを同時に感じさせる存在だった。


「ふふ」


その女性――玉藻が、にこやかに微笑む。


「信じていただけていないようなので……。これで、どうでしょう?」


美沙の脳が、一瞬、理解を拒否する。


「…………え?」


そして、次の瞬間。


「う、うそっ!?」


素っ頓狂な声が、店内に響いた。


「き、狐がっ……! 狐が人間に……!? えっ!? な、何で!? ど、どうして!?」


見たことのない現象に、完全にパニック状態の美沙。


「……今さら、そこまで驚くこともなかろう?」


呆れたように、ルシアが肩をすくめる。


「……ん? ああ、そういえば」


何かを思い出したように、ルシアは続ける。


「お主は、我らの事情は知っておるが……こういう事象を目にする機会は、確かに少なかったのぉ」


「そ、それは……そうなんけど……!」


美沙は慌てて頷く。


「セリちゃんやルシアさんが魔法を使えるのは知ってるよ!? でも……でも……!」


視線を玉藻に戻し、苦笑いを浮かべる。


「いざ目の前で狐さんが人になったら……さすがに、びっくりするって……あはは……」


乾いた笑いを零しながら、ふと、ある存在に気付く。


美沙の視線は、セリシアの腕の中――

のぞみ(フェリシアーナ)へと向けられた。


「……それで……」


少し慎重に、言葉を選ぶ。


「……のぞみちゃん、じゃない……んですよね?」


「はい」


小さく、しかしはっきりと頷く。


「初めまして、美沙さん。フェリシアーナと申します」


丁寧で、落ち着いた口調。


「セリシアさんたちの世界――ラグノスの女神です」


「…………め、女神様……」


美沙は、思わず背筋を伸ばした。


「は、はい……! し、篠崎美沙です……! その……は、初めまして……!」


深々と頭を下げる。


傍から見れば――

大人の女性が、幼い少女にやけに丁寧な挨拶をしているという、何とも言えない光景。


店内には、一瞬、言葉にしづらい空気が流れた。


そして――

その場に漂っていた、言葉にしがたい空気を切り裂くように。


ガラリと、えにし屋の扉が再び開かれた。


「すまない、遅くなって」


「……どうも。失礼します」


低く落ち着いた声と共に、二人の男が店内へ足を踏み入れる。


矢島と、泉だった。


「矢島さん、泉さん」


悠真がすぐにカウンターを回り、二人を迎える。


「もう、向こうの対応は大丈夫なんですか?」


「ああ」


矢島は短く頷く。


「俺たちの出来ることはもう無い。だから早めに切り上げさせてもらった……」


そう言って、ふと店内を見渡す。


「……で?」


僅かに眉をひそめる。


「なんなんだ、この空気は」


妙に張り詰め、しかもどこかズレた空気。

それを一瞬で察知する辺り、さすが刑事だった。


「え、えっと……!」


セリシアが慌てて一歩前に出る。


「き、気にしないでください! ちょうど今、美沙に……今までの騒動の説明が、終わったところでして……!」


明らかに“空気を変えよう”としている声色だった。


「……そうなのか」


矢島は一瞬だけ視線を細める。


「なら……これから、ということか?」


その問いに、セリシアは小さく、しかし確かに頷いた。


「……はい」


そうして、セリシアはゆっくりと向き直る。


その先にいるのは――

幼い少女の姿をした、フェリシアーナ。


それは、セリシアだけではなかった。

悠真も、ルシアも、リアも、シェリアも、グレイも、そして美沙も。

店内にいる全員の視線が、自然と一点に集まる。


「フェリシアーナ様……」


セリシアは、静かだが真剣な声音で問いかける。


「説明していただけますよね」


一拍、間を置き。


「……なぜ、あなたがこちらの世界にいるのか」


さらに続ける。


「そして……矢島さんの娘さんである“のぞみちゃん”の姿をしている理由を」


その言葉に、矢島の表情がわずかに強張った。

だが、口は挟まない。


フェリシアーナは、全員の視線を受け止めたまま、静かに口を開く。


「……そうですね」


幼い見た目にそぐわない、落ち着いた声音。


「では、説明いたしましょう」


小さな手を胸元に添え、微笑む。


「私が、把握している範囲にはなりますが……」


その一言で、店内の空気は完全に切り替わった。


これから語られるのは、

“偶然”では片付けられない真実。


えにし屋は今、

人と異界と神が交わる、証言の場となる――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ