第四十四話 白と黒
東京湾に面した、とある港の倉庫街。
その一帯は、淡く揺らめく光のドームにすっぽりと覆われていた。
――だが、その異変に気づく者はいない。
港を行き交う車両も、遠くを歩く人影も、誰一人として足を止めることはなかった。
まるで最初から「そこ」が存在しないかの様に。
ドームの内側だけが、現実から切り取られ、静かに隔離されている。
そして、その結界の内。
倉庫街の一角に建つ古びた倉庫が軋む音を立てて歪んだ。
次の瞬間――
倉庫を押し潰すようにして、巨大な影が姿を現す。
漆黒の体毛に覆われ、周囲の倉庫を遥かに見下ろす巨躯。
九本の尾が禍々しくうねり、大地を震わせる。
――大妖、九尾。
その名を、禍尾。
禍尾は天を仰ぎ、顎を大きく開いた。
喉奥に、灼熱の力が凝縮されていく。
やがて、赤黒く脈動する巨大な火球が形成され、周囲の空気を歪ませた。
その瞬間だった。
夜空を切り裂くように、五条の光が飛翔する。
四つは純白の輝き。
そして一つは、鮮烈な赤。
白光の正体は――
セリシア、グレイ、シェリア、リア。そして赤い光は、ルシア。
彼女たちは一直線に禍尾へと迫る。
結界に隔てられた無人の戦場で、今まさに――
人知れず、この街――否、日本の存亡を賭けた戦いの火蓋が、今まさに切られようとしていた。
「あれは……!?」
セリシアの視線が、禍尾の口元に凝縮されていく火球を捉えた。
赤黒く脈動するそれは、見るだけで肌が粟立つほどの力を孕んでいる。
(……とても大きな力が蓄えられています! みなさん、十分に気をつけて下さい!)
シェリアの念話が、警鐘のように全員の意識に響く。
次の瞬間だった。
禍尾が咆哮を上げ、火球を吐き放つ。
灼熱の奔流が空気を引き裂き、一直線にセリシアたちへと迫った。
「ここは我が行こうかの……」
ルシアが鉄扇に手をかけ、前へ出ようとした、その時。
(待って! ここは私が行くわ! 私が引き付けている間に、みんなは禍尾の元へ!)
セリシアの念話が、迷いなく響いた。
一瞬の静寂。
だが、次の瞬間には全員が頷く。
(……分かった。任せたぞ、セリシア)
(俺たちは禍尾の尾を落とす!)
四人は即座に散開し、戦場を分断するように動き出す。
残されたのは、迫り来る巨大な火球と――セリシアただ一人。
セリシアは静かに息を整え、腰に差した日本刀へと手を伸ばした。
その時。
――声が、響いた。
(……力の使い方は、私が教えてあげましょう)
(……っ!? こ、この声は……!?)
驚きに心を揺らすセリシアに、しかし声は優しく、しかし厳しく告げる。
(集中して下さい。――来ますよ)
(は、はいっ!)
その瞬間、セリシアの意識に、奔流のように“何か”が流れ込んできた。
刀の重み。
刃に宿る力の性質。
そして、体内を巡る白く澄んだ力の流れ。
(……分かる。この日本刀の……いえ、“力”の使い方が……)
セリシアは、静かに刀を構えた。
「――神狐・白流《楓》」
鞘から引き抜かれた刃は、驚くほど静かだった。
風を裂く音すら立てず、ただ凛とした白光を纏う。
次の瞬間。
五つの斬撃が、放射状に走る。
それは荒々しさとは無縁の、繊細で洗練された一太刀。
巨大な火球は悲鳴を上げるように裂かれ、六つに切り分けられる。
キィン――
澄んだ金属音と共に、セリシアは納刀する。
「――《後時雨》……」
その言葉が落ちた刹那。
切り分けられた火球の内部に、無数の斬撃が走った。
まるで雨が降り注ぐかのような連撃が、火球を内側から斬り刻む。
次の瞬間、
火球は――跡形もなく、霧散した。
信じられない光景に、禍尾は一瞬、動きを止める。
その獣の瞳に、確かな動揺が宿っていた。
「なっ……何だと!? それに、今の技は――っ!」
禍尾の獣眼が、信じられないものを見るように大きく見開かれる。
人の身で、あの力。
理解が追いつかぬまま、思考が一瞬止まった。
その刹那――
上空から、冷ややかな声が降ってきた。
「……よそ見をしていても、良いのか?」
禍尾がはっとして振り向く。
そこにいたのは、赤く染まった長い髪を風になびかせる女。
魔力の高まりに呼応するように、瞳までもが紅く輝いていた。
――ルシア。
「……落ちよ」
低く告げたその言葉と同時に、ルシアの前に赤い魔法陣が展開される。
幾重にも重なった術式が、禍々しいまでの熱量を放つ。
「――《炎獄発火》」
次の瞬間、圧縮された灼熱の火球が生まれ、重力に引かれるように禍尾へと落下する。
空気が悲鳴を上げ、夜空が赤く染まった。
だが――
「その程度で、我を倒せるとでも?」
禍尾は嘲笑を浮かべ、口を大きく開く。
喉奥から、同質――いや、それ以上の火球を生み出し、迎え撃つ。
二つの火球が空中で激突する。
轟音。
爆炎。
衝撃波が結界の内側を揺らし、倉庫群の壁が軋む。
「ふん……」
禍尾がなおも余裕を崩さぬ、その瞬間だった。
――バチッ。
背後で、紫電が走る。
「がぁっ!?」
禍尾の咆哮が夜を裂いた。
突如、尾に走った激痛。
思わず振り返ったその視界に映ったのは――
宙を舞う、二本の尾。
血の飛沫が、闇に散る。
「な……に……っ!?」
その光景を見下ろしながら、ルシアは口元を歪め、楽しげに笑った。
「……我の攻撃は、ただの囮じゃよ」
紫電が走ったその先。
雷を纏い、地に降り立つ一人の男がいた。
剣を構え、静かに息を整える――グレイ。
「人間如きがぁぁぁっ!!」
怒りと屈辱に歪んだ禍尾の咆哮が、結界の内に轟く。
だがそれは、すでに――
形勢が覆り始めた証でもあった。
「おお、怒ってる怒ってる。さすがグレイ、もう人間の動きじゃないよねー」
少し離れたコンテナの上。
夜風を受けながら、リアは軽やかに弓を構え、禍尾へと狙いを定めていた。
(……おい、リア。俺を人間じゃないみたいな言い方はやめろ)
苛立ち混じりのグレイの念話が飛ぶ。
(えー? 間違ってないと思うけどなー)
間の抜けた返答に、戦場の緊張感が一瞬だけ緩む――が。
(リアさん。ふざけないで、集中を)
シェリアの念話が、ぴしりと空気を引き締めた。
「はいはい、分かってますよっと!」
リアは楽しげに笑いながらも、指先の力を微塵も緩めない。
放たれた矢は白光を帯び、軌跡を描いた瞬間――
加速。
視認すら不可能な速度へと跳ね上がり、空間を歪める。
次の瞬間。
矢は、正確無比に――禍尾の右目を射抜いた。
「ぐぁぁぁぁぁっ!!」
禍尾の絶叫が結界の内に轟く。
巨体が大きくよろめき、獣の動きが一瞬鈍る。
その隙を、シェリアが逃すはずもなかった。
「――二系統魔術」
彼女は神杖を強く握り締める。
目の前に、緑と青、二つの魔法陣が同時に展開され、互いに干渉し合いながら回転を始める。
「《水流颯牙》」
解き放たれた水は、ただの濁流ではなかった。
意思を持つかのようにうねり、禍尾へと襲いかかる。
水流は絡みつき、尾へと巻き付く。
締め上げ、捻じり、圧縮し――
鈍い音と共に、三本の尾が根元から引き千切られた。
更に血が飛び散り、地面を濡らす。
「がぁぁっ……! ――舐めるなァァァァァッ!!」
怒りと痛みに歪んだ咆哮と共に、禍尾の残る尾が暴れるようにうねり、地面を、倉庫を、コンテナを無差別に薙ぎ払う。
鋼鉄が軋み、破片が宙を舞い、結界の内側は一瞬で破壊の嵐と化した。
だが――
その破壊の奔流の中を、白い影が縫うように駆け抜ける。
セリシア。
瓦礫を踏み、尾の攻撃の隙間をすり抜け、彼女は一気に禍尾の真下へと潜り込む。
「――神狐・白流《螺旋昇龍》」
抜刀。
刃が描いた軌跡が、そのまま渦となる。
白光の斬撃は螺旋を描きながら天へと昇り、禍尾の巨体を内側から切り刻んでいく。
「グガァッ!?」
肉が裂け、妖気が霧散する。
禍尾の動きが、明確に――止まった。
その瞬間を、誰一人逃さない。
グレイの剣が、再び紫電を纏う。
雷鳴のような魔力が刃を走り、空気が震える。
一方、リアの前には幾何学的な紋章が展開されていた。
構えた矢へ、次々と術式が流れ込み、白い光が収束していく。
呼吸が重なる。
そして――
「――《雷帝・雷閃破》!」
グレイが剣を振り抜く。
紫電の斬撃が一直線に走り、禍尾の尾を二本、断ち切った。
「――《アローレイ》!」
ほぼ同時。
リアの放った矢は、光そのものとなって空を貫き、残る尾の一本を正確無比に撃ち抜く。
尾が、三本――
立て続けに宙を舞う。
「か……ぁ……!?」
禍尾の声は、もはや咆哮ですらなかった。
巨大な体が大きく揺らぎ、崩れ落ちそうになる。
――残るは、一本。
言葉にせずとも、全員の意識が一つに重なる。
離れたコンテナの上から、その光景を見守っていた悠真たちは、ただ息を呑んでいた。
「す……すごい……! もう、尻尾が残り一本……!」
「こ、これ……夢じゃないですよね……?」
「このまま行けば……倒せる……!」
三人は、目の前で繰り広げられる常識外れの戦いに圧倒されながらも、
確かに――禍尾が追い詰められていることを感じ取り、小さな希望を胸に灯していた。
だが。
「……しかし、油断は禁物です」
フェリシアーナの静かな声が、空気を引き締める。
次の瞬間――
禍尾が天を仰ぎ、口を大きく開いた。
その前に、闇を凝縮したような黒い球体が生まれる。
光を拒むその球は、脈動しながら不気味に膨張し――
――弾けた。
黒球から、無数の“矢”が放たれる。
影を削り出したかのような黒い矢は、禍尾を中心に放射状に広がり、地面を穿ち、コンテナを砕き、大地を抉っていく。
そして――
その一部が、悠真たちのいる方向へと迫ってきた。
「ま、ままま……まずいですよ! ヤバいのが、こっちに来てますってば!?」
泉が青ざめ、後ずさる。
「皆さんは、そこから動かないで下さい」
フェリシアーナが一歩前に出る。
その仕草は、恐ろしく落ち着いていた。
彼女が手を前へ翳すと、清らかな光を放つ魔法陣が展開される。
「――《聖域結界》……」
囁くような詠唱と同時に、
悠真たちの立つコンテナごと包み込む、巨大な虹色の球体が出現した。
ドームの外周には、黄金の鎖が三本。
それぞれが円環を描きながら、ゆっくりと回転している。
「な……っ……」
思わず声を失う悠真たち。
次の瞬間。
悠真たちへ向かってきた黒い矢が、結界に触れ――
霧散した。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「こ……これは……?」
悠真が、驚きを隠せないままフェリシアーナを見上げる。
「聖域結界です。この中にいる限り、皆さんに危害が及ぶことはありません」
「……結界……」
悠真は、呆然と呟く。
「はは……なんかもう……完全に、剣と魔法の世界なんですけど……」
泉は引き攣った笑みを浮かべながら、現実感のない光景を見渡していた。
「それより……彼女たちは無事なのか……!?」
矢島の視線の先。
そこには、もはや“倉庫街”と呼べるものは何一つ残っていなかった。
瓦礫と炎、そして抉れた大地。
戦場の爪痕だけが、無残に広がっている。
「セリシア……みんな……」
悠真は胸の奥に込み上げる不安を押し殺しながら、
荒れ果てた光景を、ただ見つめ続けていた。
⸻
荒れ果てた倉庫街の中心。
瓦礫と抉れた大地の只中に――禍尾は、なおも立っていた。
「……く、かかかかか……」
低く、粘つくような笑い声が響く。
「所詮、人間など羽虫よ。我の手に掛かれば――」
そこで、禍尾は言葉を切った。
「……ん?」
獣の眼が、一つの人影を捉える。
「……貴様は……!?」
視線の先に立っていたのは、セリシアだった。
彼女は日本刀を構え、禍尾を真っ直ぐに睨み据え、静かに佇んでいる。
「何故だ……」
禍尾の声音に、困惑が滲む。
「何故、貴様は……あれを受けて、なお立っている?」
禍尾の脳裏に、黒い矢の光景が走る。
妖気を極限まで練り込んだ、魂を侵す一撃。
「……あの矢には、我の妖気を多く込めた。並の者なら、とうに飲まれ、命を失っているはず……なのに、何故――」
そして、禍尾は“気づいた”。
「……そうか……」
低く、唸るような声。
「……お前か……玉藻」
その瞬間――
セリシアの体から、淡い光が溢れ出す。
「あっ……」
驚くセリシアの前で、光は一つの玉となり、やがて形を成す。
白い狐。
柔らかな白毛を揺らし、凛とした気配を纏う存在。
「やはりな……」
禍尾は、確信に満ちた目でそれを見据える。
「この小娘が使った剣技……そして、あの身から感じる神通力……すべて、お前が与えたのだな?」
白い狐は、静かに姿を変えた。
白銀の髪。
セリシアとよく似た袴姿。
肩口まで流れる髪を夜風に靡かせ、碧い瞳で禍尾を真正面から見つめる女性。
――玉藻。
「……ええ。その通りです」
澄んだ声で、はっきりと答える。
「まさか……この時代になっても、お前に会うとはな……」
禍尾は、玉藻を射抜くように睨んだ。
「……もう、終わりにしましょう……夜月姉様……」
玉藻の声には、僅かな震えと、拭いきれぬ哀しみが滲んでいた。
「……夜月……姉様……?」
背後で、セリシアが思わず呟く。
その問いに、玉藻は振り返らずに答える。
「はい……彼女の、本当の名前です……」
「……ふん……」
夜月は鼻で笑う。
「とうに、捨てた名よ……」
玉藻は静かに語り始めた。
「私と夜月姉さんは……遠い昔、この地を守る土地神でした」
夜月の九尾が、僅かに揺れる。
「人々の祈りを受け、共にこの地を見守っていた……
ですが、いつの日か……姉さんは、人の魂を喰らうようになった」
玉藻の声が、少しだけ低くなる。
「穢れに染まり……月のように美しかった毛並みは、黒へと変わり……やがて、人々から恐れられ――禍尾と呼ばれる存在になってしまったのです……」
「……元々は……神様だったの……?」
セリシアの声は、驚きと戸惑いを隠せなかった。
「……ふん。神、か……」
禍尾――夜月は、嘲るように低く笑った。
「その神に、人間共は勝手な願いや欲望を押し付け、挙げ句の果てにはこの地を穢していった。そんな存在……最初から、いない方が良かろう?」
九つあった尾の名残が、禍々しく蠢く。
「だから、喰らってやったのだ。人の魂をな……」
その声音には、もはや迷いはない。
「するとどうだ?魂の味ときたら、どれも美味。恐怖を孕んだ魂は、なお格別……」
夜月の獣眼が、妖しく光る。
「――故に、我は魂を喰らう」
「……姉さん……」
玉藻は、拳を強く握り締めた。
「……あの時、私は……姉様を、止めることが出来ませんでした」
声が、わずかに震える。
「だから……今度こそ…… 必ず、夜月姉様を止めます……!」
「止める……?」
夜月は、鼻で笑った。
「この我を、か?」
嘲笑と共に、圧倒的な妖気が立ち上る。
「尾が失われたとて、我はすでに完全体。残るは、お前たちだけ……そんなもので、我を倒せると思うな」
夜月は、玉藻を真っ直ぐに見据える。
「終わるのは……お前だ、玉藻」
そう言って、再び口を大きく開いた。
闇が収束し、黒い球体が形を成し始める。
その時――
「セリシアさん……」
玉藻が、振り返る。
「どうか……姉様を止めるために、力を貸してください」
セリシアは、一瞬も迷わなかった。
「……はい」
力強く、頷く。
「一緒に、止めましょう」
黒球の内部で、再び黒い矢が生まれようとした――
その、瞬間。
「――そう何度も、同じ攻撃は喰らわんよ」
聞き覚えのある声が、空から響く。
「《重力圧縮》!」
次の瞬間。
形成されかけていた黒球が、内側から押し潰されるように歪み、
音もなく――消滅した。
「……な……っ!?」
夜月の目が見開かれる。
「な、何だと……!? い、今……何が起こった……!?」
予想外の事態に、夜月は明らかに動揺した。
その時――
セリシアの横に、ふわりと一つの影が降り立つ。
赤く染まった髪。
余裕を含んだ笑み。
――ルシア。
「簡単な話じゃよ」
ルシアは、肩をすくめる。
「重力で、押し潰しただけじゃ」
「……馬鹿な……!」
夜月が声を荒らげる。
「押し潰した、だと……!? それに、貴様……何故、生きている……!?」
「ルシアだけじゃないよー!」
軽やかな声と共に、もう一人が宙から降り立つ。
――リア。
「少し焦りましたけど……何とかなりましたね」
その直後。
「礼を言う。お前の結界で助かった」
紫電を纏った剣を肩に、グレイが姿を現す。
続いて、神杖を携えたシェリアも合流した。
「全員……無事、ですね」
五人が並び立つ。
玉藻とセリシアの前に、再び――
異世界の仲間たちが、揃った。
夜月は、それを見渡し――
初めて、確かな焦りを、その瞳に宿らせた。
「何故だ……! 何故、生きておる……!?」
禍尾の声が、荒れ果てた戦場に響き渡る。
「神通力を持つその小娘ならまだしも……貴様らは、それを持たぬはず……! 何故、我の妖気に飲まれぬ……!? 何故――この場に立っていられる……!?」
「確かに……」
静かに口を開いたのは、玉藻だった。
「この妖気が渦巻く場所に、神通力を持たぬ者が踏み入れば……魂は蝕まれるでしょう」
「だから――」
今度は、セリシアが一歩前へ出る。
「私が、みんなに力を分け与えたの」
「……与えた、だと……!?」
禍尾の目が、驚愕に見開かれる。
「神でもない貴様が……一体、何者なのだ……お前たちは……!?」
セリシアは、日本刀を正眼に構え、真っ直ぐに告げた。
「私は――セリシア・ヴァン・アーデルハイト。この世界とは異なる世界、ラグノスの勇者」
隣で、ルシアが鉄扇を広げる。
「我はルシア・クロウ。同じく、その世界の魔王じゃ」
「私たちは――」
リアが弓を構え、
シェリアが神杖を掲げ、
グレイが剣を構える。
「その仲間だよ!」
「勇者に……魔王だと……?」
禍尾の声が、怒りに震える。
「戯言を……我を愚弄するのも――いい加減にせよォォォ‼︎」
巨大な爪が振り下ろされる。
「――神狐・白流《銀桜一紋》」
セリシアの剣が閃く。
白銀の斬撃は、禍尾の腕を駆け上がるように走った。
「グゥッ……!人間共めぇぇぇ!!」
禍尾は怒りに任せ、炎を吐き出す。
それは波となり、全てを焼き尽くそうと押し寄せる。
「……私の後ろへ」
玉藻が前に出た。
「――《六芒結界》」
六芒星が展開され、炎を完全に遮断する。
「く……玉藻ぉぉ……!」
「では――」
低く、愉悦を帯びた声。
「最後の尾を、貰おうかの?」
いつの間にか――
ルシアは、禍尾の背後に立っていた。
「――《空絶》」
風圧の刃が地を走り、
最後の尾が宙を舞う。
「ぐ……ぁ……!? わ、我の……尾が……!?」
「悪いけど――」
上空へ跳び上がったリアが、弓を引き絞る。
「一気に、勝負を決めさせてもらうよ!」
「――《アロー・レイン》!」
一本の光の矢が、無数に分かれ、雨のように禍尾へ降り注ぐ。
(……何なのだ……この、人間共は……!?)
禍尾の視界に、三つの魔法陣が映る。
赤、青、緑。
(な……何だ……あれは……!?)
「――三系統魔法《氷嵐》」
凍てつく嵐が、禍尾の身体を切り刻む。
(ば、馬鹿な…… 完全体の我が……手も足も出ぬ……!?何故だ……何故、こんな人間が――この世界に……!)
禍尾は無理やり嵐を抜け出す。
(……受けた傷が……大きすぎる……ここは、一旦――)
その瞬間。
紫電が、空を裂いた。
雷を纏った剣を構え、
グレイが、真正面に立つ。
「――《雷帝・雷牙一閃》!」
一閃。
紫電が、禍尾の身体を一直線に貫いた。
「……ば、馬鹿な……我が……こんな……人間共に……」
禍尾の身体が、霧のように崩れ落ちていく。
霧は集まり、やがて――黒い球となった。
「あれが――禍尾の本体です!」
玉藻が叫ぶ。
「セリシア、今じゃ!」
「セリちゃん……お願い!」
「今です、セリシアさん!」
「頼むぞ、セリシア!」
セリシアは一瞬で、黒球の前へ。
静かに――
抜刀の構え。
淡く、白く、刀が輝く。
(……まずい……逃げねば……)
黒球が、その場を離れようとした瞬間――
「神狐・白流――奥義・神断」
それは、あまりにも静かな一太刀だった。
白の剣閃が、すっと走る。
神通力を宿した刃が、
黒球を――二つに断つ。
「……そ、そんな……我は……」
黒球は、霧となり――
完全に、消え去った。
その光景を、玉藻は静かに見つめていた。
「……さようなら……夜月姉様……」
漏れたその言葉は、
戦いの終わりを告げる――
あまりにも、切ない別れだった。




