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勇者と魔王、居酒屋始めました!  作者: あんずのかおり


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第四十話 蹂躙

時は、悠真たちが襲撃される少し前。

矢島と泉が去ったあと、静けさが戻ったえにし屋。

扉の鈴がかすかに鳴り、余韻のように音が消えていく。


「それでは、私たちは……」

「うん、そうだね……」


矢島たちを見送った後、シェリアとリアはゆっくりとその場から動く。


「なんじゃ、もう帰るのか? まだ悠真たちが戻っておらんが……」


ルシアの問いかけに、シェリアは首を横に振った。

「いえ……」


そのまま、二人は静かにカウンターの席へと腰を下ろした。


「せっかくなので、ちょっと呑んでいこうかと思いまして」

「私、生ビールで」


「お主ら……」


ルシアが呆れたようにため息をつくが、リアはどこ吹く風だ。

「だって〜、私たちの話をしたの、すっごく緊張したんだもん。終わったら急にお腹空いてきちゃって」


ぐぅぅ〜〜

タイミングよく、リアのお腹が可愛らしく鳴る。


「はははっ……、だよねぇ。私も緊張したし」

と、美沙も笑いながらカウンター席へ。


「美沙、何故お主まで座る……」


「え? 私もお腹空いたし。あ、生ビールでお願いします」


「お主はここの従業員じゃろうが!」

とルシアがツッコむ。


「今日はオフだし〜」

と軽いノリで返す美沙。まるで常連客の様に注文を通す。


「あ、ルシアさん。私は冷酒をお願いします」

シェリアはしれっとルシアへ注文を出す。


「お、お主らなぁ〜……!」

額を押さえて嘆くルシア。そこへ、


「生、二つだ」

グレイがジョッキを二つ置いた。


「お主も何故当然のように出すのじゃ……!」


「ようやく肩の荷が下りたんだ。呑みたくなる気持ちは分かる。――ルシア、冷酒を頼む」

そう言ってグレイは静かにカウンター奥へ戻る。


「……はぁ、仕方ないの」

ルシアは不満げにしながらも、シェリアへ冷酒を注ぐ。


笑いと安堵が入り混じる、穏やかな時間。

しかし、そんな温かな空気を切り裂くように――店内に、ふと緊張が走った。


四人の頭の中に、声が同時に届いた。念話だ。


(みんな、聞こえますか?)


(セリシアか? どうしたのじゃ?)

ルシアが即座に反応する。だが返ってきたセリシアの声は、わずかに震えていた。


(はい……実は――)


その声を聞いた瞬間、ルシアの表情が険しくなる。シェリアとリア、グレイも同じく顔を引き締め、ただならぬ気配を感じ取った。

ただ一人、美沙だけは念話が使えず、状況が掴めていない。


「え? な、なに? どうしたの?」

きょとんとする美沙をよそに、四人は黙してセリシアの報告に耳を傾ける。


――矢島たちを見送る途中で襲撃されたこと。

――のぞみが何者かに連れ去られたこと。

――そして今、セリシアたち自身も車でどこかへ拉致されていること。


(……状況は把握した。すぐに助けに向かう)

ルシアの念話が短く響く。その声には焦りを押し殺した強さがあった。

彼女は隣の三人を見回す。リアは静かに頷き、グレイは拳を握り締め、シェリアの瞳には決意の光が宿る。


「ね、ねぇ? 一体何が起こったの……?」

不安げに尋ねる美沙に、ルシアはゆっくりと息を吐きながら答えた。


「どうやら……悠真たちが矢島たちの見送りの途中で、何者かに襲われたようじゃ」


「えっ!? そ、それって大丈夫なの!?」

美沙の顔色が一気に青ざめる。


「セリシアが一緒じゃから、そう簡単にはやられぬじゃろう……じゃが――」


ルシアの言葉が一瞬、途切れた。

その表情には、言い知れぬ緊張と焦りが滲んでいた。


「な、何か……問題があるの?」

美沙の問いに、ルシアは静かに目を伏せた。

重く、ただならぬ空気がえにし屋に広がっていく――。


「のぞみも一緒に攫われている。しかも別の車に乗せられ、現在、居場所は分からんらしい」


「そ、それって超ヤバいじゃん!」

美沙は飛び上がるように席を立った。


グレイは薄く眉を寄せ、冷静に言う。

「すぐに動いた方がいい。のぞみの所在は攫った連中に直接聞くのが手っ取り早い」


「そうですね。襲撃者たちの目的は不明ですが、のぞみさんが人質に使われる可能性は高いでしょう」

シェリアは顎に手を当て、起こりうる事態を考え込む。


「あんな小さな子に危害を加えようとするなんて――許せない!」

リアの顔が怒りで歪む。


ルシアは即断した。

「グレイ、シェリア、リア。まずは先行して、セリシアたちの居場所を追え。セリシアの魔力の痕跡を辿れば、追跡は可能じゃろう」


三人は頷く。

「分かりました」


美沙は不安そうに手を挙げる。

「えっと……私は?」


「美沙、お主はここで待つのじゃ」

ルシアの声は柔らかいが断固としている。

「これから向かう場所は危険じゃ。お主を連れて行く訳にはいかん」


「う、うん……分かった」

美沙の表情が一瞬切なくなる。


「ルシア、お前はどうする?」

グレイが問う。


「我は泉の様子を見に行く。話では、泉だけは攫われず路地で倒れているらしいからの。無事を確認したら、そちらに合流する」

ルシアは短く答えた。


「分かった。シェリア、リア、行くぞ」

グレイの号令で二人が頷く。


「ね、ねぇ!? 警察には連絡しなくていいの?」

美沙が慌てて訊ねる。


「時間が惜しい。警察へ連絡しても即座に動くとは限らんし、逆にこちらの行動を制約してしまうじゃろ」

ルシアが冷静に説明する。


グレイもうなずく。

「この状況は少数精鋭で迅速に動くべきだ。引き延ばす余裕はない」


「うん……分かった。必ず、のぞみちゃんたちを連れ戻してね!」

美沙が強く言うと、皆がそれに応えるように頷いた。


「もちろんじゃ」

「ああ」

「任せて」


短い決意が交わされ、えにし屋の空気は再び鋭く引き締まる。


そして、現在――。

ルシアはグレイたちからの報告を受け、泉を伴って東京湾沿いの倉庫街へとたどり着いていた。


「ほ、本当にここに矢島さん達がいるんですか……?」

潮の匂いが漂う夜の風の中、泉は不安げに周囲を見回した。


「ああ、間違いない。セリシアの魔力を感じる……。あの中央の倉庫じゃな」


ルシアは静かに視線を上げた。高く積まれたコンテナの上、ルシアは夜の倉庫街を一望している。


泉は隣で、落ちないように足を踏みしめ、端に寄らないように慎重に後ずさる。

眼下には無数の倉庫とトラックが並び、警備のライトが断続的に瞬いていた。


「……ま、魔力って。はぁ……もう驚くのにも疲れましたよ」

高所で微かな恐怖を感じながらも、泉はため息をついた。


裏路地で目を覚まし、ルシアと合流したのはつい先ほどのことだった。

矢島たちが襲撃され、セリシアたちが拉致されたと聞かされるや否や――


「では、行くぞ」


その一言で視界が白く染まり、気が付けばこの倉庫街のこの場所に立っていたのだ。


「……あの。ちなみに、僕達どうやってここまで来たんですか?」


「転移魔法じゃよ」


「……もう、なんでもありっすね……」

泉は苦笑いを浮かべ、現実感を失っていた。


「それで、これからどうするんですか?」


「決まっておろう。これより我らでセリシアたちを救い出す」


「じ、自分たちだけで!? あっちは大勢いるんですよ!?」

泉が声を荒げる。だがルシアは平然としたまま、夜の海風に銀髪を揺らす。


「そんなことは分かっておる」


「ならせめて応援を――!」


「それには及ばん」

ルシアの瞳が冷たく光る。

「警察が来るには時間がかかる。今は一刻を争うのじゃ。それに、警察が来れば我らの動きも制約される」


「で、でも……!」

泉の声を遮るように、ルシアは低く呟いた。


「お主はここで大人しくしておれ」


その声音には、議論の余地がなかった。泉は口を噤む。


「さて……」


ルシアは夜空を仰ぎ、そっと念話を送る。

(セリシア、聞こえるか?)


(ル、ルシア!?)

(ああ。今、近くまで来ておる。お主の位置は把握しておる。状況はどうなっておるのじゃ?)


(のぞみちゃんが……人質に取られているの……)


(……何じゃと!? あやつら、滅ぼしてくれようかの……)

ルシアの紅い瞳に、怒りの炎が灯る。


(ルシア、お願いがあるのだけれど……)


(何じゃ、言ってみよ)


(彼らの気を一瞬でもいいから逸らしてほしいの)


(ふむ……派手に暴れれば、注意を逸らすこともできよう)


(なら、お願い……!)


(分かった。待っておれ)


続けて、仲間たちへ。

(グレイ、シェリア、リア、聞いておったか?)


(ああ)

(こちらはいつでも動けます)

(暴れればいいんだよね!?)


(うむ。一発、我が魔法を撃ち込む。それが合図じゃ)


(了解)

(急ぎましょう、セリシアさんを救うために)

(さっさと終わらせて、みんなで帰らなきゃね!)


念話が途切れる。沈黙の中で、ルシアは微かに笑った。


「……始めるかの」


「は、始めるって……な、何を!?」

泉が慌てて問いかける。


ルシアは応えず、手を前に掲げた。紫紺の光が迸り、空中に精緻な魔法陣が浮かび上がる。


「――まずは、結界じゃな」


低く呟くと同時に、眩い光が倉庫街全体を包み込んだ。

轟音と共に、透明なドーム状の結界が広がっていく。


「なっ……! これは一体……!?」


「これで、外に騒ぎが漏れることもあるまい」

ルシアは淡々と告げ、再び手を掲げる。


今度は紅蓮の魔法陣が展開された。

泉はその圧力に思わず息を呑む。


「ま、まだ何かする気なんですか…… !?」


(ふむ……あの倉庫は無人か。ならば、あそこに撃ち込むとしよう。威力は最小限に抑えるが……目立つぞ)


ルシアの瞳が赤く輝く。


「――《炎獄発火えんごくはっか》!」


瞬間、空中に赤い魔法陣が現れ、巨大な火球が生まれた。

それは音を置き去りにし、一直線に倉庫の屋根へと落ちる。


ドォォンッ――!


耳をつんざく爆音とともに、夜が炎に呑まれた。

業火が天へと立ち昇り、爆風が辺りのトラックを吹き飛ばす。

倉庫の鉄骨は赤熱し、崩れ落ちる瓦礫の雨が火花を散らした。

その光景に、泉は声を失った。


「なっ……な、なんですかこれぇぇぇぇ!?」


ルシアはコンテナの上で微動だにせず、炎に照らされた横顔で静かに呟く。


「……これで注意は引けたじゃろ。それでは我らも動くかの」


紅い炎が夜風に揺れ、戦いの幕が静かに上がった。



燃え上がる倉庫街の夜。

闇を裂くように、爆ぜる火柱が空を焦がした。


「い、いったい何が起こったんだ……!?」


半グレたちは突如の爆発に混乱し、ざわめき立つ。

その時、炎の向こうから次々と悲鳴が上がった。


「ぐぁっ!」

「ぎゃあっ!」

「な、なんだ今の声は!?」


様子を見に行った仲間たちが、次々と呻き声を上げて崩れ落ちていく。

闇の中、火の粉が散るたびに誰かが倒れる。

それはまるで、見えぬ死神がひとりずつ命を刈り取っているかのようだった。


「だ、誰か状況を報告しろ!」

叫んだ男の前に、一人の仲間が駆けてくる。

顔は蒼白、息は荒く、足元もふらついている。


「しゅ、襲撃だぁぁぁぁっ――がっ!」


叫びの途中で、彼の体が横一文字に弾け飛んだ。

血飛沫が火の光に照らされ、空中で煌めく。


仲間たちが息を呑む。

倒れた男の背後に、ひとりの人影が立っていた。


炎を背にしたその影は、まるで地獄から現れた復讐の鬼。

右手には剣。刃に映る炎がゆらめき、その瞳には怒りの焔が宿っていた。

茶色の髪が風に揺れ、無言のまま半グレたちを見据える。


「な、なんだ……あの野郎は……?」

「お、おい、あの手に持ってるのって……剣じゃねぇか!?」


常識が崩れる音がした。

現代の倉庫街に、剣――そんなものを携えている男がいるはずがない。

だが、確かにそこにいた。


――グレイ=ヴァルフォード。


グレイは静かに剣を構え、低く呟く。


「……殺しはしない。だが――自分たちが犯した愚かさは、骨の髄まで刻ませてもらう。」


刹那、グレイの持つ剣に稲妻が奔る。

紫電が走り、空気が弾け、耳をつんざく轟音とともに閃光が閃く。


「なっ――!?」


誰かが声を上げる間もなく、男の姿がかき消えた。

次の瞬間、稲妻の軌跡が半グレたちの間を走り抜ける。


――ズバッ!


遅れて風が爆ぜる音。

男たちの体が次々と宙を舞い、鉄製のコンテナに叩きつけられる。

視界が暗転する中、彼らが最後に見たのは――

炎を背に歩き去る、剣士の背中だった。


まるで怒りそのものが人の形を取ったかのように。



夜の倉庫街。

炎の柱が遠くの空を赤く染め、焦げた鉄の匂いが漂っていた。


「くそっ……いったい何が起こってるんだよ!」

「はぁ、はぁ……畜生っ! 一体なんなんだ!」

「無駄口叩くなっ! 止まるな、やられるぞ!」


怯えたように走る半グレたちの足音が、暗い路地に響き渡る。

額には汗、背中には焦り――彼らはまるで“何か”に追われているかのようだった。


その様子を、少し離れた高く積まれたコンテナの上から一人の少女が静かに見下ろしていた。

銀色の短髪が夜風に揺れ、月明かりを受けてきらめく。

その手には、白銀に輝く一張の弓。


――リア=フローリス。


少女は冷たい瞳で逃げ惑う男たちを見つめ、そっと息を吐いた。


「……逃がさないよ」


弓を構えると、彼女の腕が淡く光を帯びる。

その光は弓全体へと流れ込み、やがて一本の光の矢を生み出した。

それはまるで、月の涙が形を成したように美しく、そして冷たい。


「セリちゃんやのぞみちゃんに――酷いことをしたんだ。だったら、それなりの痛みは……受けてもらうよ。」


弦を放つ音が、夜を裂く。


――ヒュッ。


光の矢が空を駆け、疾風のように男たちへと突き進む。


「ぎゃっ!」

「うわっ!」

「な、なんだこれぇぇっ!」


次の瞬間、走っていた男たちの体が弾け飛び、電撃のような衝撃に地面へ叩きつけられた。

光の残滓が淡く宙に舞い、夜の闇の中で消えていく。


「《ショック・アロー》」


リアは静かに呟いた。

風が吹き抜け、銀の髪がさらりと揺れる。


「安心して。死にはしないよ……ただ、しばらくは立てないと思うけどね」


弓を下ろしたその瞬間、彼女の姿は夜風とともに消えた。


残されたのは、光の矢に貫かれてうずくまる半グレたちと――

夜空に淡く残る、銀の弓光だけだった。



倉庫街の一角。

その古びた倉庫には、灯りひとつ点っていなかった。


月明かりと、遠く離れた場所で立ち上る炎の光が、

割れた窓ガラスから差し込み、鈍く埃まみれの床を照らしている。


「ひっ……!」


倉庫の隅で、一人の男が腰を抜かしていた。

荒い息を吐きながら、震える手で後退る。

彼の目の前には――仲間だったはずの十数人が、既に地面に転がっている。


そして、静寂の中。

コツン……コツン……と、硬い靴音が響いた。


その足音は、ゆっくりと、しかし確実に――彼の方へと近づいてくる。


「ひぃあぁぁっ……!」

恐怖に顔を歪め、壁際まで後ずさる男。


「そんなに怖がらないでください」


やわらかい声が、夜の倉庫に響いた。


月明かりが差し込む中、姿を現したのは――

長い蒼髪を揺らし、淡く光る杖を手にした女性だった。


――シェリア・エルネス。


その瞳は湖のように澄み、

その微笑みは、夜の闇の中でも不思議なほど穏やかだった。


「く、来るなっ……! くるなぁぁっ!」


「すみません。そのお願いは――聞けません」


淡々とした声でそう告げ、シェリアは静かに歩み寄る。


「な、なんなんだお前……! ま、魔女なのか……っ!?」


「魔女、ですか?」

シェリアは小さく笑った。


「はぁ……一応、聖女なんですけどね」


コツン――。


杖の先が、床を叩く。


瞬間、彼女の足元に淡い光が走り、青白い魔法陣が展開された。

それは空気を震わせ、倉庫の中の影がざわめき始める。


「では――」

穏やかな声。けれど、その瞳には一片の情けもない。


「今まで貴方たちがしてきたことを、悔い改めなさい」


幻影邪禍げんえいじゃっか


男の背後――。

暗闇がうねり、黒い靄が生まれる。


その靄は瞬く間に形を変え、虎のような巨大な影獣の姿となり、

真っ赤に光る眼で男を見下ろした。


「ひ、ひぃ……あ、あああああぁぁっ!」


影獣が咆哮し、男の体を闇が包み込む。

悲鳴が夜に溶け、やがて倉庫は再び静寂に包まれた。


シェリアはその光景を見届けると、

静かに目を伏せ、胸の前で両手を合わせる。


「それは――貴方が今まで周りに振り撒いてきた“悪意”です。幻の中で、自分の罪を見つめ、悔い改めなさい」


彼女の声は冷たくも優しい。

まるで、赦しと罰を同時に与える“神の使い”のように。


やがて魔法陣の光が消え、倉庫は再び闇に沈んだ。


「……これで、少しは救われるといいのですけれど」


そう呟き、シェリアは月光の差す出口へと歩き出す。

背後にはまだ、男の苦しげな呻き声が微かに響いていた。


だが彼女は振り返らない。


夜風に揺れる蒼髪が、月の光を受けてきらりと輝いた。



夜の倉庫街――。

冷たい海風が吹き抜ける細い通路を、四人の男たちが必死の形相で駆けていた。


「くそっ、何でこんなことになってんだよ!」

「矢島って刑事を攫ってくるだけの、簡単な仕事のはずだったんだぞ!」

「うるせぇ、今は逃げることだけ考えろ!」

「他の連中はどうなった!?」


重い靴音が路地に響く。

焦燥と恐怖が入り混じる中――男たちの前に、ひとつの影が立ち塞がった。


「止まれ。」


その声は低く、冷たく響いた。

月光が照らし出したのは、剣を手にしたグレイだった。


「なっ……! て、てめぇは――!」


一人の半グレが目を見開く。


「俺のことを……知っているのか?」

グレイが静かに問いかける。


「し、知らねぇわけねぇだろ! この間、ソラマチで――!」


「……ソラマチ?」

眉をひそめるグレイ。

「悪いが、覚えていない。だが――武器を持っている以上、戦う覚悟はできているんだろう?」


カチリ、と剣が鳴る。

銀の刃が月光を反射し、夜の闇に冷たい光を放った。


「な、なぁ……あいつ、剣持ってね?」

「……ああ、ガチのやつだな」

「やばくない?」

「てか……反則じゃね?」


四人は思わず後退る。

そのとき――背後から、しっとりとした女の声が響いた。


「グレイ、ここにおったのか?」


男たちが振り返る。

そこに立っていたのは、漆黒の着物に身を包み、紅い瞳を輝かせる黒い長髪の女――ルシア・クロウ。


その一歩ごとに、空気が凍る。


「あ……あ……」

「う、うそだろ……」


「ん? 何じゃお主ら?」


ルシアが首を傾げた瞬間、四人の男たちに異変が走った。


一人は、立ったまま白目を剥いて倒れ、

一人は下半身を濡らしてその場に崩れ落ち、

もう一人は泡を吹いて痙攣し、

最後の一人は頭を抱えてしゃがみ込み、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していた。


ルシアとグレイは、ぽかんとした表情で視線を交わす。


「お前……何かしたのか?」

「いや、何もしとらんが……ただ、話しかけただけじゃ」


グレイは軽くため息をつく。

「お前の顔を見ただけで倒れるとは……恐ろしい話だ」


ルシアは肩をすくめる。

「前に少し“躾”をしたことがあったかもしれんの……」


その時だった――。


突如、遠くの方からぞわりとした“気配”が空気を震わせた。


ルシアの表情が一変する。紅の瞳が鋭く細められ、

遠く、闇の向こう――セリシアたちのいる方角を真っすぐに射抜いた。


「セリシアのところへ急ぐぞ」

グレイが低く言い放つ。


「うむ。悠長にしておる暇はないの」


二人は倒れ伏す半グレたちを一瞥すると、夜風を切り裂くように走り出した。

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