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第二十一話 終焉の刻に降り立つ者

そこにはセリシアがいた。セリシアは自分が知らない服を纏い、力強い目でこちらを見ていた。


「セ、セリ……シア……?」


グレイは驚きを隠せなかった。

目の前で起きている光景が信じられない。

自分が魔王に最後の一撃を与えようとしたその剣を、セリシアが受け止めたのだ。


その衝撃は、グレイだけでなく、リアとシェリアにも重くのしかかる。


「セリちゃん……?どうして?」


「セリシアさん……?」


グレイの握る剣の力が緩み、その場から少しずつ後退る。


「ルシアっ!」


セリシアはすぐに倒れそうなルシアに駆け寄り、彼女の身体を優しく支えた。

傷だらけの彼女の姿を見て、セリシアの顔がみるみる青ざめていく。


「ルシア……そんな……」


そこへ、ルシアは苦しげに口を開いた。

「なんちゅう顔をしとるんじゃ……お主らしくないぞ……?」


セリシアは少し離れた場所にいるシェリアに大声で呼びかける。


「シェリア、お願い!彼女に治癒魔法を!」


その言葉が放たれた瞬間、グレイとリアは動揺の色を隠せず声を荒げた。


「な、何故だ !?何故だセリシア!?コイツは魔王だぞ!俺たちの敵だ!」


「そうだよ、セリちゃん!彼女は倒すべき敵なんだよ!?」


二人の声は、彼女の行動に反発し否定の響きを帯びていた。


しかしセリシアは一歩も引かず、強い意志を込めて答える。


「確かに、ルシアはかつて敵でした。けれど、今は違う――彼女は私の仲間、いえ、大切な友達なんです!」


その言葉は三人の胸に強い衝撃を与えた。


「な、何を言って……」

「セリちゃん……」


リアとグレイは動揺しつつも、その言葉の重みに戸惑いを隠せない。


その時、シェリアが軽やかに飛翔し、ルシアの元にたどり着いた。


「セリシアさん、後でちゃんと話してくれますよね?」


そう言うとシェリアは残りわずかな魔力を振り絞り、治癒の魔法をルシアにかけ始めた。


「シェ、シェリア……一体、何を……?」

グレイは戸惑いと困惑を隠せず問いかけた。


シェリアは静かに口を開く。


「魔王――彼女の行動がずっと引っ掛かっていたんです。よくよく考えれば、彼女は私たちと戦ってなどいなかった。彼女が本気を出せば、いつでも私たちを殺せたはずなのに……そうはしなかった」


「どういうこと?」

リアが疑問を口にする。


「真意は分かりませんが……今の彼女を見ていると、私たちを……セリシアさんの仲間である私達を傷つけたくなかったんじゃないかと思うんです」


「うそ……そんなこと、あるわけない!」

リアは信じられず、声を震わせた。


「魔王が俺たちを……だと!?」

グレイも否定を続ける。


「ですが……そうでなければ今までの行動の説明がつきません。それに、今の彼女の様子を見ると、自分から命を絶とうとしている節も感じられます」


その言葉を聞き、セリシアが静かに問いかける。


「ルシア……本当に、そんなことを?」


ルシアは弱々しく口を開いた。


「お主たち、人族にはずいぶんと恨まれておるからな……。それなら、ここで命を差し出すのも悪くはないと思っただけじゃ」


その言葉に、リアとグレイがひどく驚く。


「……魔王が、そんなことを?」

「これが……私達が倒そうとしていた魔王、なの?」


驚愕と戸惑いが混ざった視線が、倒れ込むルシアに向けられる。

やがて、シェリアの治癒魔法が淡い光を放ち、魔王の傷がゆっくりと塞がっていった。


「……教会の娘、すまんの。助かった」


「いえ。セリシアさんの頼みですから」


ルシアが身体を起こした瞬間、セリシアはためらいもなく飛び込むように抱きしめた。


「……よかった……。本当に……心配したんですから」


不意の抱擁に、ルシアは目を瞬く。しかし次の瞬間、ふっと力を抜き、セリシアの背に腕を回した。


「……すまんかったの」


「もう、自分が犠牲になろうなんて思わないでください。そんなことしたら……悠真も美沙も、それに……ルシアに会いに来るお客さんたちだって、すごく悲しみますから……」


その言葉に、ルシアは小さく目を見開く。


「……そうじゃな。忘れとったわい……我も、随分弱気になっとったようじゃ」


二人の間に、ほんの一瞬、穏やかな空気が流れた。

しかし、グレイ・リア・シェリアの胸中には複雑な感情が渦巻く。


――その空気を破ったのは、あまりにも異質な声だった。


「いやー、惜しかったなぁ。あのまま勝負が着くと思ってたのに」


軽く響くその声には、不釣り合いなほどの圧が混じっていた。

全員の視線が、ゆっくりと声の主へと吸い寄せられる。


そこに立つのは――荒涼たる空を背に、四枚の光翼を悠然と広げた存在。

その面差しは、彫刻の神が理想を追い求めて創り上げたかのごとく整い、冷徹な氷の青を湛える瞳は、見つめる者の心を凍てつかせる。

月光を削り出して紡いだような銀髪は、淡く輝きながら頬をかすめ、白のローブは風なき空間で、まるで命を宿すように静かに波打つ。


それは、あまりにも美しく――同時に、抗うことの許されぬ天使の威光を纏っていた。


「これは参ったねぇ。まさか勇者と魔王が分かち合うなんて、想定外だったよ」


「て……天使?」


リアが言葉を詰まらせる。他の者も、目の前の存在がこの場に似つかわしくないことに息を呑む。


特にセリシアとシェリアは、全身を硬直させていた。

――この声、この気配。

シェリアにとっては聖職者時代から導きをくれた「神の声」。セリシアにとっては、天使から授かった力の記憶を呼び起こすもの。


「……天使さま……? なぜ、この場所に……」

シェリアが掠れるような声で呟く。


「やぁ、シェリア。直接会うのは初めてだね」


「……はい。この声は……いつも私を導いてくださった天使様の……」


まるで崇拝するように見上げるシェリアに、天使は薄く笑みを浮かべた。


「そうそう。僕がシェリアを通して魔王を倒すための助言をしていたんだよ」


「では……私の勇者の力も、あなたが……?」

セリシアが一歩前に出て問いかける。


「あはは、違う違う。君に力を与えたのは僕じゃないよ」

軽い調子で答えるが、その声は耳に刺さるような圧を持っていた。


「……では、ここに現れた理由は?」

シェリアの問いに、天使は口元を吊り上げる。


「理由?ただの“観客”さ。あのまま勇者と、その仲間たちが本気でぶつかる展開……ちょっと期待してたんだけどねー」

軽く肩をすくめながら、青い瞳が愉悦に細まる。


「それに、どっちか――勇者か魔王のどちらかが消えてくれれば、こっちとしては大助かりだったんだけど……いやぁ、惜しかったな。まぁ、それでも十分楽しませてもらったよ」


その無神経な言葉に、ルシアの表情が険しくなる。


「相変わらず傲慢な連中じゃな……。他人の命のやり取りを、娯楽のように楽しむとは……反吐が出る」


「わぁ、ひどい言われよう」


わざとらしく肩を落とす天使。


「……ルシア。彼らを知っているんですか?」

セリシアが驚きの色を隠せずに問う。


「ふん……生きる時代が違えば、嫌でも会うてしまうこともある。ただそれだけのことじゃ」


ルシアは天使を睨み据えたまま、吐き捨てるように言う。


「そうそう。君は歴代の魔王の中で一番長生きだったねぇ。それに……その様子だと、“ラグノスの世界のシステム”にも気づき始めてるみたいだ」


「システム……?」

セリシアが眉を寄せる。


天使は少し考える素振りを見せたが、すぐに口角を上げた。

「……本当は見ているだけのつもりだったんだけど、君をこのままにしておくと、面倒なことになりそうだ。ミカエルには怒られるかもしれないけど……やっぱ魔王にはここで死んでもらおうかな」


その瞬間、凄まじい圧が場を覆い、全員の呼吸が一瞬止まった。


「――名乗っておこうか。知らない奴に殺されるのは、嫌だろう?」

天使は不敵に笑い、冷ややかに告げる。


「僕は大天使ウリエル。知恵と啓示を司る天使だよ」


次の瞬間、張り詰めた空気が、刃のように場を切り裂いた。

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