第二十話 裂かれた大地と紅の瞳
果てしなく広がる荒野。
焦げた大地を切り裂くように、光と雷、そして灼熱の炎が交錯していた。
空を裂く轟音と爆風の中、勇者の仲間たちは魔王ルシアに迫る。
リアの弓は、矢羽根が唸るたびに銀光を引き、ルシアの魔法の隙間を縫うように放たれる。
グレイの剣は雷鳴とともに瞬間移動のごとき踏み込みを見せ、ルシアの喉元を狙い鋭く閃いた。
そこから離れた場所では、シェリアの詠唱が進み、赤・青・緑・茶色の四色の巨大な魔法陣が宙に浮かび、淡い震動を荒野に響かせている。
だが――。
彼らは戦いの最中に、同じ違和感を覚えていた。
(……妙だ)
グレイが鋭く念話を送る。
(私も同感)
リアの声が続く。
(ええ……何か、動きが不自然です)
シェリアも詠唱の合間に応じた。
ルシアは魔法障壁や攻撃魔法で攻撃を捌き続けていた。
放ってくる反撃も確かに強力だが、どこか致命傷を避けている――そんな手加減のような色が見える。
まるで、こちらに深い傷を負わせぬよう戦っているかのように。
(……何を考えているの?)
(俺たちを油断させて罠にかける気かもしれん)
(ありえます。距離も動きも計算されすぎています……何かを狙っている)
戦況は依然激しいが、彼らの胸中にはじわじわと不信感と警戒が広がっていった。
(どうする?)
リアの声が短く問う。
(……乗るぞ、あえて誘いに)
グレイが決断する。
(好機に変える……というわけですね)
シェリアの口調が、わずかに力を帯びる。
(そうだ。セリシアがここにいない以上、この場で決着をつけるしかない)
(なら――全力で畳み掛けよう)
リアの瞳に闘志が宿った。
グレイが念を飛ばす。
(シェリア、例の魔法は?)
(……詠唱完了。発動は合図一つです)
(よし。リア、俺とお前でルシアの動きを封じる。シェリアの魔法を直撃させるぞ)
(了解!)
三人の意志が一つになった瞬間、空気が変わった。
雷光が地面を走り、矢羽根が風を裂き、四色の魔法陣がまばゆく輝き始める――。
宙に浮かぶルシアの黒髪が、ゆらりと夜風に揺れた。
その紅の瞳は、地上で動き出す三人を鋭く射抜く。
(……来るか。やはり、このままやり過ごすのは無理じゃの)
わずかに口角を吊り上げ、鉄扇を手の中で翻す。
瞬間、地面が砕け散る轟音と共に――。
「はああああッ!」
グレイが疾風の如く距離を詰め、雷光を纏った剣を振り上げた。
しかし、その刃が届くよりも早く、ルシアは鉄扇を薙ぎ払う。
「暴嵐招来!」
轟きと共に、足元から天へと竜巻が立ち昇る。
風圧で地面の瓦礫が舞い上がり、グレイの動きが一瞬止まる。
だが、そのはるか上空――。
「……今っ!」
リアが弓を引き絞り、淡い翠光を矢に宿す。
その光は次第に膨れ上がり、弓弦から放たれる瞬間、十にも百にも分かれて降り注ぐ。
「――レイン・アロー!」
夜空を裂く無数の光矢が、枝分かれしながら雨のように降り注ぐ。
一本一本の威力は小さいが、数は尋常ではない。
ルシアは舌打ちし、二重の魔法障壁を展開した。
光矢が障壁に弾け、金属のような衝撃音を響かせる。
防ぎ切ってはいる――しかし、その場から動けない。
(足止めか……!)
背後から、低く鋭い声。
ヴァルフォード流剣術――
「雷帝・雷牙一閃!」
雷鳴が走る。
グレイの剣が閃光そのものとなってルシアを切り裂いた。
二重障壁が粉砕音を立てて砕け、直撃の衝撃がルシアを吹き飛ばす。
地面に叩きつけられた瞬間、大地が陥没し、中心から盛り上がるように隆起した。
土煙が激しく舞い、周囲は一瞬、視界を奪われる。
それでも――。
「……流石に今のは効いたぞ」
土煙を払い、ルシアは立ち上がる。
口から血を滲ませながらも、その瞳の魔力は衰えていない。
しかし、リアは一歩も退かない。
「チェーン・アロー!」
リアの放った矢がルシアの右肩を穿ち、瞬時に鎖へと変じる。
「うっ….!こ、これは!?」
ルシアの顔が歪む。
鎖は幾重、にも絡みつき、容赦なく彼女の身を締め上げる。
その矢は大地に深く突き刺さり、まるで逃走を許さぬ鋼の錨のように彼女を拘束していた。
「今だ、シェリアっ!」
グレイの声に呼応して、ルシアの足元が四色の光で満たされる。
水・火・風・土――四つの巨大魔法陣が一斉に輝きを放つ。
(……何故じゃろうな。あの者たちの顔を、もう一度見たいと思うとは。まぁ――ここで魔王として終わるのも悪くはないか)
「……四系統術式魔法・四織」
呟きと共に、魔法陣から暴威が解き放たれた。
荒れ狂う濁流が地を呑み、灼熱の炎柱が天を焦がす。
切り裂く暴風が全てを裂き、大地の槍が次々と突き上がり貫く。
周囲一帯の大地が、音もなく“消滅”していった。
四系統の魔法が轟音と共に解き放たれた場所。
そこには、深く巨大な穴がぽっかりと口を開けていた。
三人は穴の縁からその異様な光景を見下ろしている。
リアが声を震わせて呟く。
「倒したの……?本当に、倒せたの?」
だが、グレイは即座に厳しい表情で警戒を促す。
「気を抜くな、リア。魔王がこれで終わりとは限らん。あれが罠なら、何が起こるかわからないぞ」
一方、シェリアは巨大な魔法を使い、殆どの魔力を使い果たし膝をついていた。
「はぁ、はぁ……まだ、空間が消えていない……」
シェリアは辛そうに体を起こすと、念話を繋ぐ。
(皆さん、まだこの空間は完全には解けていません!魔王は生きています!)
その言葉に、グレイとリアは背筋が凍る思いをした。
二人は瞬時に周囲を見渡し、警戒を強める。
すると、シェリアの声が再び響く。
「グレイ、あそこ!」
魔法陣の残響の中、離れた場所に地面に膝をついた魔王の姿があった。
その身体は無数の傷と血で覆われ、まさに満身創痍の状態だ。
「ぐ、ゲホッ……」
ルシアの口から血が零れ落ちる。
(まさか……ここまで追い詰められるとは……。我も焼きが回ったかのう)
リアの目が輝きを取り戻す。
「グレイ!今がチャンスだよ!ここで仕留めないと!」
その声に応え、グレイは雷のような速さでルシアに襲いかかる。
剣を高く掲げ、一閃の剣撃を振り下ろした。
だが――。
ガキィィィンッ!
鋭い金属音が空間に響き渡った。
その剣撃を受け止めたのは、浴衣姿のセリシアだった。
手には眩く輝く聖剣を携え、涼やかな風が彼女を包み込む。
その瞳は凛と輝き、揺るがぬ決意に満ちていた。




