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第十七話 夏夜の光、裂ける空

聖王国エルディア――

王都の教会、その奥深くにある「転移の間」。


高い天井からは色ガラス越しに淡い光が差し込み、中央には幾重にも術式が刻まれた巨大な転移陣が、淡く脈動していた。

その周囲では、聖職者と宮廷魔術師たちが休む間もなく詠唱を繰り返し、魔力を流し込み続けている。

術式の再構築、膨大な魔力の充填、結界の安定化――その全てが同時進行で行われ、転移陣はまるで巨大な生き物のようにうねりを見せていた。


急を要するため、王国の各部署からも人員がかき集められ、この場はすでに一国の総力戦の様相を呈している。


その構築現場の手前に、異界遠征を担う三人――グレイ、リア、そしてシェリアが立っていた。


「……本当に、行けるのか?」

グレイが低く呟く。


彼の視線の先には、各国から集められた魔力と技術を注ぎ込み、ようやく安定の兆しを見せ始めた転移魔法の陣があった。


「……大丈夫じゃありません」

シェリアの声は静かだった。だが、その奥に決意が滲んでいる。


「それでも――これ以上の手段はありません。魔王が異界に逃れた今、我々があちらへ渡らぬ限り、全ては終わってしまうのです」


彼女の言葉に、わずかな間だけ沈黙が落ちる。


リアが周囲を見渡し、ため息を漏らした。

「にしても……この規模。転移魔法って、こんな大事になるものなの?」


「転移先が異界である以上、当然のことです」

シェリアは淡々と答える。


そして、手元の魔術書をそっと閉じ、二人に視線を向けた。


「本来であれば――魔王が用いた転移魔法を再現できれば、それが最も確実でした。しかし解析の結果、あの術式は我々の常識をはるかに凌駕していたのです。高度かつ精密、そして次元の壁すら容易く越える構造……人が扱える代物ではありません」


「そんなものを……魔王は一人で使ったっていうのか?」

グレイの声が低くなる。


「はい。しかも、自分だけではなく――セリシアさんを伴って、です」


その言葉に、リアの瞳が怒りで鋭く光る。

「そんな力、出鱈目にも程がある……!」


(でも……あの術式、本当に魔王が一人で、最初から組み上げたのでしょうか?)


脳裏に残る微かな違和感。明らかに異質な一部の構造。

それは、魔族の魔法体系とも、人間の魔術理論とも一致しない――どこか、別の“何か”の痕跡。


(まさか……外部からの干渉? だとすれば……あの時、反応した可能性があるのは聖剣の力?)


浮かび上がる数々の仮説に、シェリアの思考はもつれかける。

けれど――思考の迷路をどれだけ巡っても、たどり着く答えはひとつだった。


《セリシアは、確かにあの日……異界へと転移した》


それが揺るぎない事実。だからこそ、今やるべきことは、目の前にある。


「……シェリア?」


深く思索に沈む彼女に、リアが心配そうに声をかけた。


「……いえ。考えるのは、また今度にしましょう。今は――現実を見据えるべきです」


そう言って、シェリアは思考を振り払い、静かに仲間たちの方へと向き直った。


「……魔族の中でもとりわけ魔術に長けていた彼女は《緋眼の魔女》と呼ばれ、その後魔王として君臨し、“千の魔法を使う魔王”として恐れられた。

私たちはずっと、あの戦いの中でその真価を見誤っていたのかもしれません」


その名を口にした瞬間、風が止まったかのように感じられた。


ルシア――

鮮紅の瞳を持ち、幾世代にも渡り“恐怖”の象徴として世界に在り続けた存在。

失われた魔法、神代の術式、空間干渉、因果操作――

いくつもの禁呪や魔法を一人で操ったとされる、かつての”災厄”。


そのルシアが異界へ渡った。


「彼女の目的は、何なのか……セリシアさんを連れてまで、異界で何をするつもりなのか」


「けど、私たちは行かなきゃ。セリちゃんが向こうにいる。」


リアが弓を背負い直し、力強く言った。


「ええ。今夜、転移陣が完成します。今度こそ魔王を倒し、あの方を……セリシアさんを、私たちの世界に連れ戻しましょう」


三人の決意が交差する。


彼らの前で、転移陣が静かに光を灯し始めた。


この世界と、異界の狭間で。



八月も終わりが近づいていた。


昼間の蝉時雨はまだしぶとく続いていたが、夕方になると空気がふっと軽くなる。

涼やかな風が、どこか懐かしい気配を運んでくる。

それは、季節がほんの少しだけ、次へと歩み始めた合図だった。


えにし屋の暖簾はすでに下ろされ、店内には閉店後の静かな空気が漂っていた。


カウンターでは、セリシアが丁寧に天板を拭いている。

その仕草は、まるでそれ自体が儀式のようで、彼女の几帳面な性格が表れていた。


一方、美沙は背伸びしながら酒瓶のラベルをチェックしている。

高い棚に手を伸ばすたびに、軽やかな足音が床に響く。


そして――隅のテーブル席。

そこには、和装の女性……ルシアが頬杖をつきながら、見事なまでに力を抜いた姿で寝息を立てていた。


「……もう完全にインテリア扱いだね、ルシアさんは」


美沙が小さく笑ってつぶやいたが、誰も起こそうとはしない。

もはやこの光景は、えにし屋の「日常」そのものだった。


その穏やかな空気の中、片付けを終えた悠真がふと口を開いた。


「なぁ……今度の休み、みんなで夏祭りに行かないか?」


何気ない、けれどどこか風を変えるような提案だった。


「夏祭り……ですか?」


セリシアが手を止め、静かに首をかしげる。

その瞳には微かにきらめく期待の光が浮かんでいた。


「近くの河川敷で開催されるんだ。毎年あるやつなんだけど、今年はちょっと特別でさ」


「特別って、なに?」


美沙がすぐに身を乗り出す。


「ドローンショーをやるらしい。何百機もLED付きのドローンが夜空に絵を描くんだってさ」


「えっ、それ話題のやつじゃん! SNSで見たことある!めっちゃ幻想的なやつでしょ!?」


すぐさまスマホを取り出し、動画を検索する美沙。


一方で、セリシアはそっと息を呑みながら聞き返した。


「ドローン?……空飛ぶ機械が、絵を……描くのですか?」


「うん。光で線を描いて、空に模様を浮かび上がらせる。まるで魔法みたいだよ」


「……それは、見てみたいです」


セリシアの声は小さく、それでいてまっすぐだった。


「セリちゃん、これだよ!」


美沙が見せる動画の画面には、夜空に浮かぶ鮮やかな光の動き。

星座、桜、竜、そして最後には大輪の光の花がぱっと咲く――


セリシアは息を呑み、画面をじっと見つめたままつぶやいた。


「……こんな世界が……あるのですね」


そして、そっと胸に手を当てて言う。


「行ってみたいです。夏祭りも、ドローンショーも……全部」


その瞳の輝きに、悠真も自然と笑みをこぼした。


「じゃあ、決まりだな」


「私も行く!むしろ、絶対行きたい!!」

美沙が勢いよく手を挙げたその時――


「……まつり……とな……」


とつぜん、隅の席から低くうなるような声が響いた。


「……って、起きてたのルシアさん!?」


「我は常に世界の波動を感じておる……たとえ眼を閉じていようともな……」


「いやいや、普通に寝息立ててたでしょ!?」


美沙のツッコミを華麗にスルーし、ルシアはどや顔で腕を組む。


「ふむ、夏祭りとな……文化研究の対象として、ぜひ視察せねばなるまい」


「というか、ただ楽しみたいだけでは……?」


セリシアがくすっと笑うと、ルシアはほんの少しだけ照れたように目を逸らした。


「でさでさ!せっかく行くなら、みんなで浴衣着ていこうよ!」


美沙がパッと雰囲気を変えるように言った。


「浴衣……ルシアさんの着ている服と、少し似たものですか?」


セリシアがきょとんとしながらも興味を示す。


「そうそう!夏限定の軽めの着物って感じ。絶対セリちゃん似合うと思うんだよね〜!あ、でも今の時期でも、まだ売っているのかな?」


「佐和子さんのとこに行けば、きっと何かあるよ。季節物のプロだから」


悠真の言葉に、美沙も大きく頷いた。


「確かに!あそこならサイズも豊富だし、選ぶのも楽しいよ!」


セリシアは静かに息を吸い込み、そしてうなずく。


「……ぜひ、着てみたいです。そういう文化も、触れてみたいから」


小さな決意のこもった声に、三人の表情が優しく緩む。


えにし屋の夜は、いつものように静かで、どこかぬくもりがあった。

しかし、その奥底に、ほんの少しだけ“非日常”が芽吹きはじめている。


八月最後の土曜日。

陽が落ちきる寸前の、あの特別な“青”が街を包むころ。


涼やかな風がそっと通り抜けるえにし屋の前で、悠真は玄関先に立っていた。

いつもの居酒屋のエプロン姿の代わりに、浴衣を身にまとい、どこか少し照れくさそうな顔で。


黒と灰の市松模様。

すっきりと開いた襟元に、品のある白い帯。

控えめながら確かな存在感を放つその姿は、いつもの穏やかな雰囲気に、大人びた凛とした印象を重ねていた。


――ガラリ、と引き戸の音。


「……セリちゃん、行くよ?」


美沙の呼びかけに続いて姿を現したのは――浴衣姿のセリシアだった。


淡い藤色の浴衣には、繊細な銀糸で描かれた桜模様。

夕暮れの光を受けて、布地はまるで淡雪のようにきらめく。

深紺の帯は大人びた蝶に結ばれ、背中でそっと静かに羽ばたいていた。


左に流した髪は、緩やかなカールが施され、サイドアップにまとめられている。

その根元には、佐和子から譲り受けた薄桃色の花飾り。

夏の名残と秋の予感を両方抱いたような、儚げな美しさがそこにあった。


悠真は思わず息を呑んだ。

言葉より先に、目が、心が奪われる。


「……すごく、似合ってるよ、セリシア」


その声は、自然と優しくなっていた。


セリシアは小さく瞬きし、はにかむように笑った。


「本当……ですか? 初めてのことで、ちょっと不安で……」


「全然。完璧。……というか、街で見かけたら振り返られるレベルで」


悠真の半分冗談まじりの言葉に、セリシアの頬がふわりと紅に染まる。


「そんな、目立ちたくないです……けど……嬉しい、です」


すぐ横でそのやりとりを見ていた美沙が、満足そうに笑いながら言った。


「いやいや、セリちゃん、マジで天使かと思ったわ。えにし屋の看板にしよう?」


そう言いながら、くるっと一回転。


赤と白の格子柄の浴衣が、軽やかに揺れる。

ポニーテールに結んだ髪の先には、小さな鈴飾りが控えめに音を立てていた。


「そして私は、元気系で攻めてみました! どうどう?」


「美沙もすっごく似合ってます。明るくて、いつも通りで……でも、いつもより凄く、綺麗」


「なにそれ、めっちゃ褒めてくれてるじゃん〜! セリちゃん最高!」


照れ笑いを浮かべながら、美沙が思わずセリシアの腕に抱きつく。


その瞬間、もうひとつの気配が、すっと背後から現れた。


「ふむ……我の登場、待ちわびていたであろう?」


ルシアである。

一見するといつもの和装だが、今日の彼女は細部が違っていた。


帯は粋な“貝の口”に結ばれ、黒地に金糸の刺繍がわずかに光を反射する。

その中央には、祭り用に選ばれた小ぶりな金の飾りがあしらわれ、彼女らしい威厳と風格を損なわない絶妙な華やかさだった。


「おお、ルシアさん! いつもの和服なのに……なんか、違って見える!」


「ふふ、装いとは“芯”に手を加えることでいくらでも表情を変えるものよ。帯ひとつで、人の目線は変わるのじゃ」


「……さすがというべきですね。まるで本物の……」


「女将?」


「いや、陰陽師です」


「どちらにせよ、褒め言葉と受け取っておこう」


そして最後に、三人が改めて悠真を振り返る。


「……あれ? 悠真さん、その浴衣……いつの間に?」


美沙が目を丸くする。


「さっきこっそり着てた。……似合ってる?」


「え、なにそれ反則。カッコよすぎ……」


「うん……なんだか、旅館の若旦那さんみたいで……」


セリシアがぽつりとこぼすと、悠真は少し照れたように後頭部を掻いた。


「着てみたのはいいんだけど、慣れてなくてちょっと落ち着かないな」


「ふっ。よいではないか、今宵くらいは“日常”を脱いでも」


ルシアがにやりと笑みを浮かべる。


誰かの小さな笑い声が、えにし屋の玄関先にふわりと広がった。


「――じゃあ、行こうか」


セリシアが帯の端をそっと整えながら一歩を踏み出す。

その後ろに、美沙、ルシア、そして悠真が続いた。


夏の夜の空は、群青色に染まりつつある。

河川敷からは、遠く提灯の灯りがちらちらと揺れ、風に乗って屋台の匂いと祭囃子の断片が届いてくる。


浴衣の布が風を受け、髪飾りがわずかに揺れた。


歩くたびに、ささやかな“非日常”がその足元に広がっていく。


この夜が、記憶に深く残る一夜になることを、まだ誰も知らない。


でも、それでいい。


ほんのひととき、夏の終わりに浮かぶ、夢のような夜が――

静かに、静かに始まろうとしていた。


河川敷の夏祭り。

屋台がずらりと立ち並び、浴衣姿の人々で賑わっていた。

香ばしい匂い、弾けるような笑い声、チリンと鳴る風鈴の音。

そんな中、セリシア、悠真、ルシア、美沙の四人は、それぞれ思い思いの楽しみ方で祭りを満喫していた。


「ん〜っ、このたこ焼き、外はカリッとしてて中はとろとろ……最高ですね!」


「でしょ!祭りといえばやっぱりこれだよ〜」

たこ焼きを頬張るセリシアと美沙は、どこか姉妹のように楽しげに笑い合う。


一方その頃、ルシアは金魚すくいに挑戦中。真剣な表情でポイを構えるが、なかなかうまくいかない。


「……むむっ。思ったよりも、難しいのう。だが我は魔王ぞ。見ておれ、金魚よ……!」


そのすぐ近く、悠真は射的の台の前で悪戦苦闘していた。

標的は、棚の奥に鎮座するふわふわのぬいぐるみ。


「……っく、あと少しなんだけどな……っ」


そんなふうに、四人はそれぞれの楽しみ方で、賑やかな夜を過ごしていた。



「セリちゃん! 次、何食べる⁉︎」

口の端についたソースを拭きながら、美沙が声をかける。


「あの、珍しい食べ物は何ですか?」

セリシアが屋台の先を指差す。そこには、棒に巻きつけられたお好み焼きのような食べ物が並んでいた。


「あれは“箸巻き”だよ。珍しいね、ここで見るの」

「はし……巻き? 初めて見ました!」

「箸にお好み焼きを巻いて食べやすくしたやつだよ」


「なるほど。これは……酒に合いそうじゃの!」 


ルシアの目がキラリと光る。


「じゃあ、皆で食べよっか!」


「賛成です!」


「なら我は酒を買ってくるかの。あっちに生ビールがあった気がする」


「じゃ、私も行く! 悠真さんもいるよね?」


「ああ、頼む」


「セリちゃんはジュースだね。何か飲みたいのある?」


「リンゴジュースが良いです!」


「了解!じゃ、2人は箸巻きお願い! ちょっと並んでるみたいだし」


そう言って、美沙とルシアは飲み物を買いに歩き出した。


悠真とセリシアは、並んで屋台の列に並ぶ。

夜風がほんの少しだけ涼しくなり始め、隣り合う2人の距離をやさしく近づけていた。


「皆んな、楽しんでるみたいだね」


「はい。……すごく楽しいです」

セリシアは小さく微笑みながら、屋台の灯に照らされる悠真の横顔を見つめた。


——こんな時間が、ずっと続けばいいのに。

心の奥で、そう思いながら。



やがて4人は再び合流し、冷えた飲み物と熱々の箸巻きを手に乾杯した。


「じゃあ、せーのっ――」

「「「「かんぱーい!」」」」


笑顔と共に、夏の夜は深まっていく。

祭囃子が遠くで響く中、四人の笑い声は、夜空にゆっくりと溶けていった。



ガチャリ――


鍵の開く音とともに、重たい扉がゆっくりと開かれた。

軋む音と共に扉の向こうから現れたのは、悠真、セリシア、ルシア、美沙の四人。


彼らが立っているのは、河川敷近くに建つビルの屋上だった。

夏の夜風が心地よく吹き抜け、眼下には光と人で賑わう夏祭りの会場が広がっていた。


「おおーっ! ここならドローンショー、バッチリ見えるじゃん!」

真っ先に声を上げたのは美沙。高揚した声に、他の三人も自然と笑顔になる。


「まさに特等席じゃな」

夜風に黒の髪をなびかせながら、ルシアが腕を組んで満足げにうなずく。


「こんな場所で観られるなんて……嬉しいです」

セリシアは感動したように夜空を見上げた。目の前に広がるのは、誰にも遮られない絶景だった。


「ほんとだよ。まさかこんな形で見れるなんて思ってもみなかった」

悠真がそう呟くように言うと、ふと手に持っていたカギに視線を落とした。


このビルは、河川敷沿いに並ぶ建物のひとつ。

その持ち主は、喫茶店〈さくら〉のマスター・神原。えにし屋の常連でもあるその男に、何気なく「夏祭りに行く」と話したことがきっかけだった。


「それなら、屋上を使うといい」

そんな一言で、まさかの特等席が用意されることになるとは――。



やがて、場内の照明がふっと落とされた。

瞬間、河川敷の空に無数の光が舞い上がる。


「始まった……!」


夜空に広がる、光の軌跡。

ドローンが織りなす光のショーが、静かに、しかし確実に人々の心を奪っていく。


星のような光の粒が集まり、やがて一つの花となり――

大輪の光の花が空に咲いた。


「……きれい……」

セリシアが、小さな声で呟く。


「ほぅ。魔法ではないが、なかなか見応えあるではないか」

ルシアもどこか感心したように、口元に笑みを浮かべる。


「こんなにも静かで、でも派手で……すごい技術ですね」

セリシアの瞳は、夜空の光に照らされて揺れていた。


悠真は、そんな彼女たちの横顔をそっと見る。

誰かと一緒に、こうして何かを見上げる――そんなささやかな時間が、どれだけ貴重かを実感していた。


「神原さんに、ちゃんとお礼言わないとだな」


「そうですね。……でも、まずは」


「――この夜を、楽しみましょう」


再び光が弧を描き、星が流れ、蝶が舞い、巨大な鯨が空を泳ぐ。

ドローンたちは、まるで夢の住人のように夜空を彩っていく。


夏の夜。

騒がしさが少し遠のいた静かな場所で、四人はただただ、無言のまま光のショーを見上げていた。


それぞれの胸に、小さな思いを灯しながら――。



幻想的なドローンショーが終盤を迎え、空には光の花が幾重にも咲いていた。

誰もが見上げることに夢中になり、拍手と歓声が夜空に溶けていく。


そんな中――


「ねぇ……アレ、なんかおかしくない?」


ふいに、美沙が不安げな声を漏らした。

指さす先には、無数のドローンたちが宙を舞っていたが……そのうち数機が、明らかに異質な動きをしていた。


「ライトが、バチバチ点滅してる……? 演出じゃないよね、あれ」


「本当だ……なんだ、アレ……?」


悠真も眉をひそめてドローンを見上げる。


しかし、セリシアとルシアの反応は、明らかに違った。

楽しげだった顔が、氷のように冷えた表情へと変わる。

ルシアの瞳は鋭く細められ、空をにらむ。

セリシアもまた、すぐに異変の本質を察知していた。


そして次の瞬間――


ザザッ……


まるでノイズが走ったように、残りのドローンも次々とライトを不規則に点滅させ始めた。

まるでウイルスが広がるように、異常な挙動が全体に伝播していく。


ドローンたちは一斉に動きを乱し、空中で渦を描きながら旋回を始めた。


その“渦”の中心が、ぐにゃりと歪んだ。


まるで空間そのものが捻じれ、ひび割れるような異様な現象。

そこから、雷鳴のような音を伴い、ひときわ大きな光が放たれた。


ビィイィ――ッ!!


「伏せてっ!!」


セリシアの叫びと同時に、閃光が矢のように一直線に屋上を貫いた。


――ドォォォォン!!!


轟音と共に爆発が起き、屋上が激しく揺れる。

舞い上がった瓦礫が宙を舞い、鉄骨が悲鳴を上げるように軋む。


「っ……セリシア、大丈夫!?」


「私は平気です!美沙は!?」


「っ、だ、大丈夫……!一体何なの……」


屋上は一瞬で砂煙に包まれ、視界が奪われた。

下からは、パニックに陥った祭り客たちの悲鳴が響いてくる。


そして――

煙の向こうで、ただ一人立っていたルシアが、空を睨む。

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