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第十六話 真夏の波間に芽吹く恋

まもなくやってくるお盆を前に、人々の動きもどこかせわしないが、空を見上げても、いっこうに暑さが和らぐ気配はない。


そんな商店街の一角――

「カランカラン!」


陽気な鐘の音が響いた瞬間、周囲から歓声が上がる。


「おめでとうございますっ! 大当たりでーす!」


ぱちぱちと拍手が起きる中、当の本人はキョトンとしていた。

セリシア・ヴァン・アーデルハイト。異世界から来た勇者。今は「えにし屋」の看板娘。


「……おお、あたり?」


呟いた彼女の手には、鮮やかなブルーの封筒。


「こちら、今年オープンしたばかりのレジャープールのペア入場券です! 二等賞ですよ、おめでとうございます!」


そう言われてもピンと来ないのか、セリシアは封筒をそっと開き、チケットをまじまじと眺めた。

水と青空を背景にした、楽しげなペアのイラスト。


「……レジャープール……」


小さく呟いた声に、夏の風鈴がチリンと応えた。



その日の夕方、開店準備中の〈えにし屋〉。


「へぇ〜、すごいじゃないか、セリシア!」


厨房から顔を出した悠真が感心する。


「それ、今すっごい人気のプールだよ? オープンしたばっかで、チケット取れないんだから!」


そこし興奮気味の美沙。


「プール……水浴びをする施設、だったかのう?」


ルシアが首を傾げる、やや不思議そうな顔をしている。


「で、どうするの? せっかくだから行ってきたら?」


美沙が声を弾ませると、セリシアは少し戸惑った顔で問い返す。


「これは……二人で行くもの、なんですね?」


「そうそう、ペアチケットだもん。誰か誘って行ってきなよ!」


「誘う、って……」


セリシアの瞳がふと、厨房の奥――仕込みをしている悠真の背中を、ほんの一瞬だけ見つめた。

その視線に気づいた美沙の目が、悪戯っぽく細くなる。


「ねぇ、悠真さん。今週のお休み、空いてますよね?」


「え? まあ……別に予定はないけど?」


「なら決まり! セリちゃん、悠真さんと二人でプール行って来なよ!」


「えぇっ⁉︎ で、でも……それなら皆さんも一緒に……」


いきなりの美沙の提案に驚くセリシア。


「私? あ〜その日、ちょっと用事があるんだよね〜」


「我は別に……」


「あっ、ルシアさん! あの日、あれがあるじゃないですか。ほら、あれ!」


「……あれ?」


「あるんですよ、絶対にね。ねっ?」


無言の圧。ルシアがたじろぐ。


「う、うむ……忘れとったわい。そうじゃ、あれがの……」


「ほらね? だから行ってきなよ、二人で!」


セリシアと悠真は互いに顔を見合わせ、少し気まずそうに視線を逸らす。


「……お誘い、するのですね。では……」


セリシアが、少しだけ頬を赤らめながら、意を決したように言った。


「悠真さん。よければ……その、私と……一緒に、行ってくださいませんか?」


その声はかすかに震えていたけれど、瞳は真っ直ぐだった。


悠真は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにふっと微笑む。


「うん。じゃあ、行ってみようか、セリシア」


「……はいっ!」


その返事は、嬉しさを隠せない明るい声だった。

その瞬間、セリシアの頬は、真夏の空に負けないくらい赤く染まっていた。


————


—真夏の陽射しが肌を刺すように照りつける。

蝉の声がけたたましく鳴き、遠くでは子どもたちの歓声が水音と混じり合っていた。

入り口を抜け、館内の更衣室前で悠真はじっと佇んでいた。


(いや、想像以上に混んでるな……美沙さんが言ってた通り、相当人気の場所なんだな)


周囲には家族連れ、友人同士、カップルたちの笑い声が絶えない。

悠真はタオルを肩にかけ、少し緊張した面持ちでセリシアの到着を待っていた。


その頃、更衣室の中。

セリシアは、鏡の前で硬直していた。


(だ、大丈夫なのでしょうか……こんな姿、私……///)


鏡に映る自分の姿を見て、頬を染める。

選んだのは、淡いブルーを基調にした清楚なビキニ。胸元と腰には小さな白いフリルがあしらわれており、少女らしい可憐さと、戦場で鍛えられたしなやかなボディラインを自然に引き立てている。


思い出すのは、数日前、美沙と一緒に訪れた水着ショップでの出来事だった。



「えぇっ⁉︎これを着るんですかっ⁉︎」


セリシアは、目の前に差し出された幾つもの水着に固まった。

ビキニ、タンキニ、ワンピース…いずれもセリシアの感覚からすれば、それは布面積が極端に少ない、まるで戦う鎧とは真逆の“防御力ゼロ”の衣装。


「だってさぁ、セリちゃん、めちゃくちゃスタイルいいんだもん。これはもう、水着映えの天才でしょ!」


美沙は目を輝かせて次々とセリシアに試着を勧める。


「こ、こんなの、まるで…下着じゃ……///」


「下着じゃないよ!れっきとした水着ですっ!」


「で、ですが…悠真さんに見られると思うと……///」


「そう!悠真さんに見られるからこそ、魅せるのが大事なのっ!」


「私、べ、別に、そういうつもりじゃ……///」


「でも、悠真さんに褒めてもらえたら、嬉しいよね?」


その言葉に、セリシアの心臓が一瞬跳ねた。

想像してしまう――悠真が笑って、「似合ってる」って言ってくれる姿を。


セリシアは真っ赤になって俯く。

その横で美沙はにやりと笑い、最終的に「ほどよく可憐で、でもちゃんと色気もあるやつ」を選んであげたのだった。



(……ふ、不思議なものです。あんなに怖くなかった戦場よりも、今日のほうが緊張するなんて)


セリシアは深呼吸をひとつして、更衣室の扉を開ける。


「お、お待たせしましたっ…!」


その声のする方へ振り向いた悠真の動きが、一瞬止まる。


「ゆ、悠真?どうしました?」


「あ、いや……」


セリシアはバスタオルを肩からかけながら、少し不安げに見上げる。

その姿に悠真は、ようやく言葉を返す。


「……あっ、いやっ、えっと……すごく……似合ってる。うん、本当に」


そう言った悠真は、明らかに照れていた。

その反応に、セリシアも自然と顔が火照る。


「そ、そうですか?……ありがとう、ございます…///」


セリシアは口元を手で隠し、そっと視線を逸らす。

照れながらもどこか嬉しそうに微笑んだ。


(……可愛い。ほんと、来てよかったな)


悠真がそう思った時、遠くの植え込みの陰から、こそこそと視線を向ける二つの影があった。



真夏のプールサイドの賑わいを背景に、少し離れた日陰のベンチに二つの影が潜んでいた。


「ふっふっふ…あの二人の様子、まさに計画通りね!」


サングラスをくいっと上げながら、美沙は満足げに頷いた。

彼女は白を基調にしたビキニの上から、軽く羽織ったパーカーとキャップでカジュアルに身を包んでいた。


その隣で、やや呆れた様に溜め息をつくのはルシアだ。

彼女は水着の上にジップアップの黒パーカーを羽織り、腕を組んで美沙に目を向けていた。


「のう、美沙よ。なぜ我らまでここにおるのじゃ…?」


美沙はまるでそれを待っていたかのように肩をすくめる。


「これは“戦略的支援活動”! セリちゃんと悠真さんの初デート、見守りなしには成立しません!」


「いや、放っておいた方がよかろう。二人の時間じゃろ……」


「ふふ、分かってないですねルシアさん。これは“未来を育むための間接的干渉”なんですよ?」


ルシアは頭を抱えた。


「……それを世間では“お節介”と呼ぶのではないか?」


ルシアは冷静な口調で問い返す。


「しかも、ここは人気のレジャープール。チケットの入手も困難と聞いておったはず。どうやって手に入れたのじゃ?」


美沙は、顔を悪戯っぽく歪めて低い声で答えた。


「ふっふっふ……甘いですねルシアさん。私の人脈とコネクションを総動員すれば、このくらい朝飯前です。」


ルシアは小さくため息をつきながら、目を細める。


「なるほどの。深く聞くのはやめておいた方が良さそうじゃの。」


「そんな事より、二人が動き出しましたよ!早く行きましょう!」


強引にルシアの手を掴み、二人を追う美沙とルシア。


ふたりはサッと人混みに紛れ、まるでスパイ映画のような身のこなしで悠真とセリシアを追う。


その背中は、どこか本当に楽しそうで――


遠巻きに見守る二人の姿は、どこか優しく、頼もしくもあった。



レジャープール施設内は、まさに夏の楽園だった。

カラフルな浮き輪と水しぶきが飛び交い、子どもたちの笑い声が空に弾ける。

流れるプール、波のプール、ウォータースライダーにグルメ屋台――まるで異世界の祝祭のような賑わい。


「わぁ……ここ、本当に楽しそうですね……!」


目を輝かせるセリシア。普段は真面目で控えめな悠真も、童心に帰ったように目を輝かせ、二人で肩を並べて歩いていく。


楽しそうに歩いている悠真の横で、セリシアはある違和感を感じ始める。


「……ゆ、悠真。なんだか周囲の視線が……すごくて……」


少し戸惑い気味に、彼女は視線を下げる。


――無理もない。

セリシアは、金髪に澄んだ青い瞳、淡いブルーの清楚なビキニ姿というまさに“人目を惹く”存在。

ただでさえ美しい彼女が、照れながら髪を耳にかけたり、日傘代わりのタオルで肌を拭う仕草だけでも、男子たちの視線が釘付けになる。


(やっぱ、目立つよな……あんなにかわいいんだから)


悠真は苦笑しつつも、周囲の男たちの視線が気になる。中には明らかに値踏みするような目も混じっていた。


(セリシアにとっては、きっとああいう目は不快だよな。なら――)


「セリシア」

不意に、悠真は彼女の手をそっと握った。


「えっ……!?」

驚いたようにセリシアが顔を上げる。


「……大丈夫。今日は思いっきり遊ぶって決めたんだろ? だったら他人の目なんて気にしなくていいさ」


そう言って、にかっと笑う悠真。


その言葉に、セリシアの胸が少しだけ熱くなる。

握られた手の温もりと、まっすぐな瞳に――顔を真っ赤にして、でも、そっと笑った。


「……はい。行きましょう、悠真」


手を繋いだまま、二人は波の出るプールへと向かう。


そのプールの隅、美沙とルシアはビーチチェアにもたれてアイス片手に、向こうで遊ぶ二人を見守っていた。


「で、お主の目から見て、どうなんじゃ?」


ルシアが長い脚を組み直しながら訊く。


「本当にあの二人、好きおうておるんか?」


「うーん……悠真さんの反応は、まぁ普通に“若い女の子と遊びに来た男性”って感じかな」


美沙はアイスを食べながらも目は離さない。


「でもね、セリちゃんは――気づいてないだけで、たぶん惹かれてるよ。表情がいつもとちょっと違うし」


「ふむ。まぁ、確かに……いつもは凛とした真剣な顔じゃしな」


「そうそう。それが今は……あっ」


二人の視線の先、プールの中央。

セリシアが両手を広げてバランスを取りながら波に揺られていた。


「悠真、見てください!」

「おぉ、上手い上手い。けど、気をつけて――ほら、波が来るよ!」


「きゃっ⁉︎」


次の瞬間――

大きな波が押し寄せ、セリシアの身体がふわりと揺れたかと思うと、そのまま悠真の胸元に飛び込むように倒れ込んでしまった。


「わっ……!」

「す、すみませんっ!」

セリシアの頬がみるみるうちに染まる。


濡れた金髪が頬に張り付き、赤くなった顔と相まって、まるで湯上がりのような愛らしさを見せる。

一方の悠真も、思わず自分の胸に収まった小さな背中にドキッとする。


一瞬の静止。


そして、慌ててお互い身を離す。


「ご、ごめん…!」

「い、いえ、私の方こそ…!」


沈黙。


それでも、お互いの耳まで真っ赤なのが、言葉よりも雄弁だった。


「そ、そうだ! 次、流れるプール行こうか? 浮き輪借りてさ!」


「は、はい! い、行きましょう!」


ぎこちないテンションのまま、二人はバシャバシャと水を弾いてその場を後にした。


──その背中を見届けて。


「……あぁあああぁもう、なんか惜しい!」


美沙がアイスを握りつぶしそうになって呻いた。


「あと数秒、あのまま見つめ合ってたら……! チャンスだったのに!」


「何のチャンスか知らんが、むず痒いのぉ、あれでは“胸キュン”ではなく“胸ムズ”じゃ」


ルシアも半ば呆れ顔で肩をすくめる。


「でも、セリちゃん、本当に人を好きになるの初めてなんだと思う。あの反応、まさにそれ。自分の感情が追いついてないんだよ」


「それで、どうするんじゃ?」


「最初はね、手ぇ繋いだり、ちょっと寄り添ったり……そういうのって、誰かに背中押してもらわないとできない時ってあるじゃん?」


「それで節介を焼きたかった、と」


「うん。でもね」


美沙はサングラスを外して、ふっと目を細める。


「ここでのセリちゃんの表情や仕草、すっごく自然だった。嬉しそうで、恥ずかしそうで……。悠真さんもさりげなくセリちゃんの手を取っていたし。あれは、もう手出さなくてもいいんだって思えちゃった」


「ふむ。ようやく気づいたか」


ルシアは満足そうに頷き、アイスをひと口かじる。


「お主がセリシア達に何かしてあげたい想いは悪くはなかった。だが、見守る者の距離感というのも、また大切なのじゃ」


「うん……たしかにね。背中押すだけが“友達”じゃないしね」


ふと目をやると、セリシアと悠真が浮き輪を手に、流れるプールへと移動していくのが見えた。


セリシアは時折、恥ずかしそうに笑いながら悠真に何か話している。


その瞳は柔らかく揺れ、笑みは花のように儚くこぼれる。

勇者と称えられた彼女からは想像もできない――そこにいるのは、戦場ではなく日常の中で息づく、初々しくも愛らしい一人の少女だった。


「……いい風、吹いてるね」


美沙がつぶやいた。ルシアもまた、小さく微笑む。


「さて、美沙。これからどうするのじゃ? 見守るだけと決めたなら、ここで引き返すのも手だぞ」


「いや、流石に気になるから、あとちょっとだけ尾行しよっか」


「やはり、やめぬのか……」


ルシアは呆れつつも、立ち上がった美沙の後を追って立ち上がる。

二人の距離が少しずつ近づいていくのを、静かに見届ける者として。


この日、プールの波間には恋の種が小さく芽を出していた。

それはまだ、不器用で、頼りなくて――

けれど、確かに温かい想いだった。


夕暮れの帰り道。

真夏の太陽もようやく西の空に傾き始め、街はオレンジ色の光に包まれていた。


「今日は……付き合ってくださって、ありがとうございました」


セリシアの声には、はっきりとした喜びがにじんでいた。

その横顔は、まるで陽射しを受けた向日葵のように眩しい。


「こっちこそ、誘ってくれて嬉しかったよ。楽しかった」


「本当に……楽しかったですか?」


セリシアは、ふと不安げな表情で見上げる。


「もちろん! また行こう、今度は海とかもいいかもな」


悠真の言葉に、セリシアの顔がふわっと綻ぶ。


胸の奥が、トクン、と小さく鳴った。

それは初めて感じる鼓動。けれど、不快ではなかった。

むしろ――心地よい熱。


(これは……一体何なんでしょう?)


「セリシア?」


「っ……ご、ごめんなさい!なんでもないです!」


恥ずかしさを隠すように、一歩前へ出て並び歩くセリシア。


小さな歩幅で、しかし確かに、少女の心は前へ進み始めていた。



その頃、とある居酒屋――


「っしゃああああぁあああぁ!かんぱあああああああいッ!!!」


大ジョッキのビールを掲げて叫ぶのは美沙だった。

テーブルには枝豆、唐揚げ、ポテト、そして推しの恋バナ。


ルシアはというと、冷酒をちびちびやりながらその暴走を冷めた目で見つめていた。


「見ましたか!? ルシアさん‼︎」


「うむ、見ておったが……」


「まず波のプール!あの、セリちゃんがふわって倒れて、悠真さんの胸にっ!! からのっ‼︎」


美沙は空になったグラスを振り回しながら、テンションを急上昇させていく。


「“す、すみません……!“って‼︎あの言い方っ!顔真っ赤っ! で、悠真さんも”ご、ごめん!“って‼︎こっちがごめんって言いたいわ!! ごちそうさまです!!!!」


「あれはまぁ、可愛かったの」


「でしょ!? でしょ!? しかもそのあと流れるプールで、セリちゃんが浮き輪に乗ってバランス崩した瞬間‼︎ 悠真さんがスッと腰を支えてあげて!そしたらセリちゃんが”あ、あの、そこは……っ!“って!!」


バンッとテーブルを叩きながら、美沙は身を乗り出す。


「プラトニックかよォォォ‼︎ これが、これが”純愛”か‼︎ 令和にまだこんな尊い関係が存在したなんて!! 私、令和に生きてて良かったーーー!!」


完全にオタクモードの美沙に、隣のサラリーマンがちらっと振り返る。


ルシアはというと、ぽつりと呟いた。


「……それにしても、我らあんなに必死に見守って、酒飲みながら語り合って……」


美沙のテンションが少し落ちた。


「……何か……むなしくないかの?」


沈黙。


美沙がジョッキを両手で抱きしめながら、潤んだ目で言った。


「うぅ……私だって……! あんなトキメキしたいよぉぉぉ……! あんな風に自然にくっついたり、照れたり、恋したいぃぃぃっ!!!」


「……泣き上戸か、お主は」


美沙の肩を軽く叩きながら、ルシアは苦笑いを浮かべた。


「我らは今、“尊い”という感情で酔っておるだけじゃ。……たぶん、恋に一番近いのはあの二人ではなく、我らなのかもしれんぞ?」


「はぁ!? どういうことですか!?」


「つまり、我らが”推し”に恋しておるという話じゃな。恋する女を見て、恋するという……」


「やっ、やめてぇええぇ‼︎ 私の心を抉らないでぇぇ!!」


泣きながら顔を両手で覆う美沙。


その声は、夏の夜の喧騒に溶けて、少しだけ賑やかに、少しだけ寂しく響いていった。


そして翌日――。

えにし屋の開店準備を手伝いながら、美沙はカウンターに突っ伏していた。


「……何を語ったか覚えてないけど、めっちゃスッキリしてる。怖い……」


昨日の夜、飲みの席で何かを熱弁した記憶はある。だが、その中身は完全に霧の中だ。


そんな美沙の前に、ルシアが悪い笑みを浮かべてやってくる。

手にはスマホ。そして画面には「ボイスメモ・23分42秒」の文字。


「再生するか?」


その声には、まるで宝の地図を見せびらかす海賊のようなワクワク感がにじんでいた。


「絶対やめてッ‼︎」


美沙はカウンター勢いよく立ち上がり、必死でスマホを奪い取ろうとする。

しかしルシアはひらりとかわし、まるでネコが獲物を翻弄するように距離を取った。

店内に響く悲鳴と笑い声。

こうして、えにし屋の平和な一日は今日も始まろうとしていた。




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