携帯電話のお告げ
約20年前に執筆した超短編小説です
「いらっしゃいませ。
只今込み合ってるので、カウンター席でもよろしいでしょうか」
「いえ、連れがいるのでボックス席、いいですか?」
駅の改札口が良く見える窓際の席に案内される。目の前に座った彼女が手に持った携帯電話を僕のほうに向けた。
『私はコーヒーね』
ディスプレイに表示されている文字を見て、僕は珈琲を2つ注文した。これから向かう場所に合わせ、僕も彼女も暗めの色のスーツを着ている。今日は彼女の弟との待ち合わせで、彼と会うのは1年ぶりになる。
ふと彼女が携帯電話を手にとった。
「お告げ?」
僕の問いに彼女は頷く。彼女には鳴っていないはずの電話の音が聞こえる。それが聞こえた時、身の回りの誰かに不幸なことが起こるというのだ。
『この着メロだと弟ね。多分待ち合わせには遅れてくると思うわ』
携帯電話に打ち込んだ文章を見せる。
「昔は家にいるときだけだったんだけど、今は携帯電話があるでしょ? どこにいても聞こえるようになっちゃって……」
はじめて僕の目の前で「お告げ」を聞いた彼女はそんな風に言っていた。その力が進化してしまったのは僕のせい。
「身の回りの人ごとに着メロを設定したらどうなるかな?」
そう提案してみたところ「お告げ」もきちんと鳴り分けるようになったのだ。しかしあの日。「お告げ」はいつもの着メロではなく、マナーモードのバイブ音で知らせてきた。彼女自身の不幸を。
そんなことを思い出していると、彼女の弟が店に入ってきた。僕の姿を見つけると、息を切らせながら近づいてくる。
「大丈夫だった?」
「電車の事故で。姉さんのお告げですか? 相変わらず一緒にいるんですね」
「……うん。何で本人を連れて墓参りしなきゃいけないんだか」
「まったくですね。それじゃ新しい恋愛なんてできないでしょう?」
目の前の彼女が携帯電話を僕に見せる。
『そんなことしたらとり殺す』
頼む。
僕の好きなその笑顔でそんな物騒な文章を打たないでくれ。
─了─