『天使』
数日後 マサミのアパート 弥右衛門とジローが話しているところに突然リューダが現れる。
「タイピンから連絡があったわ。『天使』が一人こっちの方面に送られてくるって」
ジロー、不思議そうな顔でリューダを見る。
「タイピンって誰だよ?」
「情報屋よ。高くつくけど情報は確かなの」
弥右衛門、憂鬱そうな表情になる。
「『天使』か。俺たちが目当てってことはないよなあ?」
「そこまではわかんないって。あたし、あいつら苦手なのよね。目的が分かるまでしばらく南アメリカにでも行こうかしら」
ジロー、笑う。
「そんなに嫌なのか。腹黒い悪魔は穢れなき天使が苦手ってわけだな」
「穢れなき天使?」
リューダ、馬鹿にしたように笑い出す。
「ほんと、あなたって何も知らないのね。『天使』っていうのはね、思い込みの激しい悪魔の集まりなのよ」
「はあ?」
「あいつらはね、自分たちは神から使命を与えられていると本気で信じ込んでるの」
「神? 神様なんているのか?」
弥右衛門、肩をすくめる。
「さあな、長いこと生きて来たが、俺はまだ見たことないよ」
「昔はちょくちょく神様扱いされたわね。いつだったかな、イキガミ様だって祀られてなかなかいい気分だったのに、最後にいけにえにされちゃった」
弥右衛門、懐かしそうに笑う。
「そういうこともあったなあ」
ジロー、リューダに尋ねる。
「天使達はどんな神様を信じてるんだ?」
「知らないわ。人間の信じてる神様とは明らかに違うわね。上級天使になれば神とコミュニケーションを取れるって言うんだけど、あたしに言わせりゃただの妄想よ」
リューダ、顔をしかめる。
「あたしたちと同じ存在のくせして、自分たちが特別だと信じてるのよね。邪悪な悪魔から人間達を守ってやらなきゃって思い込んでるの。それが神から与えられた使命なんだって」
「つまり、『天使』の仕事は悪魔を退治することか」
「退治って言っても嫌がらせ程度なんだけど、一度目をつけられると本当にしつこいの。あたしが逃げ出したいって言ったのはそういうことよ。 それにあいつら、あたしの気に障ることしかしないんだもん。あの人たちの人間の使い方ときたら胸が悪くなるわ」
「人間の使い方?」
「『天使』を崇める団体や秘密結社が世界中にあるの。それこそ中世以前から続いてるようなね。奴らは『天使』に忠誠を誓う人間達を僕にして、楽して暮らしてるわ。もしも信者の子供の中に優れた能力や外見を持った者がいれば、自分好みに育てて憑り代に使うの。人間なんて家畜ぐらいにしか思ってないんでしょうね」
「人間を守ってくれてるんじゃないのか?」
「悪魔の魔の手から人間を守るためには、多少の犠牲は必要なんですって」
リューダ、うんざりした表情でジローを見る。
「やってることはあたし達と変わらないくせに、自分こそが正義だって顔しちゃってさ、『天使』って聞くだけで虫唾が走るわ」
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数日後 テーブルでお茶を飲んでいた弥右衛門が急に立ち上がる。
「なんか近づいてくるな」
リューダ、周囲を見回す。
「それだけはあなたの方が敏感よね。悪魔なの?」
「悪魔が一人だな。外に出よう。この間みたいに追い詰められちゃまずい」
弥右衛門、ドアを開けて外に出ると、すばやく階段を下りる。リューダが後に続く。
「あなたは跳べないから不便ね。いざとなったらあたしが連れて跳んであげるわ」
「そんな事態にならなきゃいいけどな。手足が欠けちゃ困る」
「身体なんて壊れたら乗り換えれば済むことでしょ?」
「この身体、気に入ってるんだよ」
リューダ、驚いた顔で弥右衛門を見る。
「ええ? そんな役立たずの身体を?」
「役立たずとはなんだ。『力』がうまく使えないってだけだろ? それに急に別人になっちゃマサミだってびっくりするぞ」
「あの子がびっくりすると本当に思ってる?」
「……いや。思わないな」
リューダ、道路の先に目をやる。
「近いわ。『天使』だったらすぐに跳んで逃げるからね」
「たいした『力』は持ってないようだ。お前なら勝てるだろ?」
「油断しちゃだめよ。『力』を持ってないってことは『力』を奪う余裕があるってことかもしれないわ」
「あの程度の『力』じゃいくら余裕があっても俺たちを押さえつけるのは無理だよ。どんな奴か見てやろう」
弥右衛門、角を曲がると大通りの反対側を指差す。
「あの男だ。目立つ奴だな」
プラチナブロンドの長髪に薄茶色の目をした若い男が、弥右衛門たちに気づいて優雅に頭を下げる。
「ほんとだ。モデルみたい」
男、きょろきょろと道路の左右を見渡すがその場から動かない。
「来ないな」
「どうしたのかな?」
「気をつけろ。何か企んでるのかもしれん」
男、弥右衛門たちに向かって大声で声をかける。
「すみません。近くに横断歩道はありませんか?」
リューダ、怒鳴り返す。
「あっちにあるけど……あなた跳べないの?」
男、にっこり笑うと姿を消し、弥右衛門たちの前に現れる。
「そうでした。最近、跳び方を覚えたところなのです。自分が跳べることをすぐに忘れてしまうのです」
「車なんて来てないんだから、渡っちゃえばいいのよ」
男、怯えたように身体をすくめる。
「轢かれたことがあるので自動車は苦手なのです」
「変なの」
男、姿勢を正すと弥右衛門たちにもう一度頭を下げる。
「初めまして。私はミカエルと言います」
「あなた、どっちなの?」
男(以下ミカエル)、首を傾げる。
「どっちとは?」
「悪魔なのか『天使』なのか聞いてるのよ」
ミカエル、憤慨した顔で両腕を広げてみせる。
「私は『天使』ですよ。見て分かりませんか?」
「見た目で分かるわけないでしょ? それにしても豪華な身体ね。やっぱり信者から巻き上げたの?」
「この青年は身も心も喜んで捧げてくれました。あなたたちのように無理やり奪い取るよりはましでしょう?」
弥右衛門、ムッとする。
「俺はそんなことしてないぞ。死んでるのを貰ってきたんだ。今の時代、廃品利用はエコだといって喜ばれるんだぞ」
リューダ、ミカエルの顔を覗き込む。
「それであなたは何しに来たのよ?」
「もちろん悪魔が悪事を働くのを阻止しに来たのです」
「でもあたしたち、別に何も悪いことしてないのよ」
「そんなはずはありません。二人も悪魔がいれば恐ろしいことを企んでいるに決まっています。さてはこの国の転覆をはかっているのでしょう」
「この国が転覆したら誰か困るかしら?」
弥右衛門が笑う。
「羊の輸出が止まったらジンギスカン屋が困るかも知れんなあ」
「真面目に話をしてください。それでは何を企んでいるのですか?」
「何も」
「本当に?」
ミカエル、困った顔で二人を交互に見る。
「あら、本気で悩んでるわよ」
「もしかしてお前、新米か?」
「ど、どうしてわかるんですか? さては悪魔の技ですね?」
リューダ、呆れた顔で弥右衛門を見る。
「この人もあまり頭はよくないみたいね」
「近頃はこんなのばかりなんだな。この時代の流行りなのか?」




