悪魔の祓い方
マサミのアパート ジローがのんびりお茶を飲んでいると目の前に突然リューダが現れる。
「また土足でテーブルの上か。弥右衛門に叱られるぞ」
「しまった。あの人、どこにいるの?」
「買い物に出かけたところだ。靴の跡、拭いとけよ」
リューダ、テーブルから飛び降りるとジローの向かい側に座る。
「あなたは何してるのよ?」
「今日はやることないんだ」
「だからってここにいるわけ?」
「お前だって同じだろ?」
リューダ、苦笑いする。
「まあね。あたしにもお茶入れてよ」
ジロー、後ろの棚から湯飲みを取ると急須からお茶をそそぐ。
「マサミはお仕事?」
「ああ、明日が締め切りなんだってさ」
「真面目よねえ。あたしが弥右衛門の主人なら彼に働かせて自分はのんびりするんだけどな」
「あいつに金なんて稼げるのか?」
「資格もスキルもないから肉体労働しかできないでしょうけどね。跳べさえすれば泥棒なんて手軽でいいんだけどな」
「泥棒は犯罪だぞ」
リューダ、苦笑する。
「悪魔にそんな事言われてもね」
「そうか。お前なら銀行の大金庫にだって入り込めるんだよな」
「あんなところからお金が消えたら悪魔の仕業だってすぐにわかっちゃうでしょ?」
「誰が疑うんだよ?」
「何も知らないのね。そういう不可解な事件があればすぐに『悪魔祓い』に連絡が行くの」
「『悪魔祓い』って悪魔を祓うんだろ?」
「だから悪魔祓いって言うのよ」
「お前らを祓うにはどうしたらいいんだ?」
「おかしなこと聞くのね。あたしたちを厄介払いしたくなった?」
「だって殺してもすぐにほかの身体に乗り移るだけなんだろ? それじゃ倒すなんて無理じゃないか」
「確かにあたしたちは殺せないわ。自分でもどうやったら死ねるのかわかんないもん。でも悪魔を無力化することはできるのよ」
「どうやって?」
「悪魔を倒す方法は二つあるの。一つは悪魔に契約を結ばせて悪魔を支配してしまうこと。倒すのとは少しニュアンスが違うけどね」
「弥右衛門みたいにか」
「うん。ただ、悪魔に契約を結ばせられるほどの交換条件なんて滅多にないのよね。相手が自由と引き換えにしてまで欲しがるモノを与えなきゃいけないわけだから」
「なるほど、それは難しそうだな」
「二つ目は悪魔の『力』を奪ってしまうこと。人間や動物に取り憑けなくなるぐらいまで『力』を奪えば、もう危害は加えられなくなるわ」
「お前らが人間から『力』を奪うみたいにか?」
「そう。でもこれは悪魔にしかできないからね。つまり悪魔を祓うのはものすごく難しいってことよ。悪魔祓いと称して宿主を殺すのが一番危険ね。ネチっこい奴だとほかの身体に乗り移ったあと、仕返ししてくるわ」
リューダ、意地悪く笑う。
「あたしみたいにね」
「ほかの悪魔を見たらすぐにわかるのか?」
「かなり傍まで行けば感じるの。近づけば相手がどのくらいの『力』を持ってるのかもわかるわ」
ジロー、茶をすする。
「弥右衛門も『悪魔祓い』にやられたんだな」
「うん。だからその話はしたがらないんだ。指輪に縛られてるなんて気持ちのいいものじゃないもんね」
「でもそのお陰でマサミのところにやって来たわけだからな、マサミにとってはラッキーだったと思うんだ。あいつが来てからマサミはずいぶん変わっただろ? なんていうのかな、人に対して反応を示すようになった」
「そうね。最初に会った時は電柱に話しかけたほうがましだったもの」
「やっぱり弥右衛門と一緒にいるせいなんだよな」
「かいがいしく面倒見てるからね」
「あいつ、どう見てもマサミに気があると思うんだ」
「一目瞭然でしょ?」
ジロー、不思議そうにリューダを見る。
「でもこの間、契約で人を好きにはなれないって言ってなかったっけ?」
「マサミの前だからああ言ったのよ。彼は人を好きにはなれるの」
「それなら何の問題もないじゃないか」
「そうはいかないのよ。弥右衛門は人を好きになっても構わない。でも好きだと言葉で伝えることは許されないの。だからマサミから早く身を引けって何度も言ってるんだけどね」
「どうしてだよ? うまくいってるんだから邪魔する事ないじゃないか。好きだって言わなきゃ済むことだろ?」
「わからない? 好きなのに好きだって言えないのよ。そんな簡単なもんじゃないわ。口に出したらそれで終わり。弥右衛門はすべての『力』を失ってしまうの」
「『好き』って言うだけで? ただの言葉じゃないか」
「言ったでしょ? あたしたちはね、言葉に縛られるの。この契約は弥右衛門に罰を与えるために結ばれたものなのよ。彼を苦しめるための呪いって言ったほうがいいかもね」
「何があったんだよ? どうして奴は指輪なんかに縛られてるんだ」
リューダ、笑う。
「本人が嫌がってるのにあたしが話すわけにはいかないな。いつか彼が話す気になるのを待つしかないわね」
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弥右衛門、買い物袋をぶら下げて入ってくると仕事部屋を覗く。
「おい、帰ったぞ」
「おかえり」
弥右衛門、マサミの声がおかしいのに気づいて、怪訝な顔をする。
「どうした?」
マサミ、紅潮した顔で弥右衛門を見上げる。
「……どうしたんだよ」
弥右衛門、あわててマサミの額に手を当てる。
「うわ、熱あるぞ」
「熱?」
「そうだよ。気づかなかったのか? 仕事なんてやめて寝てなきゃいかん」
弥右衛門、マサミを立ち上がらせるとベッドの上に座らせる。
「ずいぶんと熱いな。こりゃ、流感だな」
弥右衛門、マサミの顔を手で挟むとしばらく考える。
「よし、ちょっと待ってろよ。今楽にしてやるからな」
弥右衛門、コップに水を入れると砂糖と塩を入れてかき混ぜる。
「これを飲め」
「悪魔のおまじない?」
「何を言ってる? 水分を取っといたほうがうまくいくんだ」
マサミ、素直に水を飲む。弥右衛門、手早くマサミのシャツとズボンを脱がせると自分も服を脱ぐ。
「ほら、横になれ」
「悪魔は病人とセックスするんだね」
「お前はさっきから何を言ってるんだ? 治してやるって言ってるんだよ。肌を直接くっつけたほうが効き目があるからな」
弥右衛門、自分も横になるとマサミを抱き寄せて布団を首までひっぱりあげる。
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数時間後、リューダがベッドの横に現れる。
「あれ、ご飯の支度はまだなの?」
「静かにしてろ。やっと寝たんだ」
リューダ、マサミを眺める。
「こんな明るいうちから襲われてマサミも大変なんだ」
「違う。マサミが熱を出したんだよ」
「なんだ、お医者さんごっこか」
「流感をこじらせると怖いからな。アメリカにいるころに流行ってずいぶん人が死んだぞ」
「薬を飲ませればいいじゃない。そこの薬局で買えるのに」
「ああ? ビィルスに効く薬なんてないだろ?」
「今は抗ウイルス剤ってのがあるの。50年前とは違うわよ。それにあなたの栄養バランスのいいご飯を食べててインフルエンザなんかで死ぬはずないでしょ?」
「それは本当か?」
「そんな嘘ついてどうするの?」
「なんだ、心配して損しちまった」
弥右衛門、ベッドから抜け出そうとして床に倒れこむ。
「いてて」
「……あなた、どれだけ『力』を使ったの?」
「こんなになっちまうぐらいだよ。他人の身体を治すには『力』を余計に使うからな」
「あーあ、惚れた女となると見境ないなあ。そのまま一緒に寝てなさいよ。私がフィッシュアンドチップス、買ってきてあげるわ」
「そんな脂っこいもの、病人に食わせられるか」
「あなた、起きられるの? だから『力』を蓄えときなさいって言ったのに」
リューダ、ベッドの横に座ると弥右衛門の手を握る。
「……すまん」
「何を作るつもりだったの?」
「うどんだよ」
「それならあとで日本から出前してあげるわ」
「そうか、その手があったな」
「文枝の家の近所に『たちばな』ってうどん屋があったでしょ? 今もまだあるのよ。もう孫の代だけど味は昔のままね」
「懐かしいなあ。俺はきつねうどんが食いたいよ」
マサミがうっすらと目を開ける。
「ヤエ?」
「ここだよ。心配しないで眠ってろ」
マサミ、にっこり笑うと目を閉じて寝息を立て始める。弥右衛門、驚いた顔でマサミを見つめる。
「い、今、こいつ思い切り笑ったな」
「うん、初めて見たわ。かわいい顔して笑うんだ」
「……なあ、起こしたらまた笑うかな」
「眠れって言ったのはあなたでしょ? 寝かしといてあげなさいよ」
リューダ、弥右衛門を見る。
「顔、赤いわよ」
「流感がうつったかな?」
「潜伏期間がそんなに短いわけないでしょ? ほんと、この子が好きなのね」
「やめろよ。聞こえたらどうする? 俺を消す気か?」
「平気よ。ぐっすり眠ってるじゃないの」
リューダ、弥右衛門を咎めるように見る。
「ねえ、この子を諦める気はないんでしょ?」
弥右衛門、黙ってマサミの顔を見る。
「それだけの覚悟があるんならあたしは止めない。でもやっぱりこの子には好きだとはっきり言ってくれる人間が必要だと思うんだ」
「わかってるよ。こいつに相応しい奴が現れれば俺は身を引く。それまでの間なら別に構わないだろ?」
リューダ、呆れた顔で弥右衛門を見る。
「都合のいい事、言ってるなあ。あなたがべったりひっついてるのに、ほかの男が寄ってくるわけないでしょ?」




